視察 XVI 人生相談
二人きりになって。
「今は誰も聞いていない。悩みがあるなら吐き出したらどうだい?」
そう切り出された。
「悩みですか?」
「まずは、その貼りつけたような笑みをやめたらどうだい?」
営業用スマイルだったのバレてたか。
いくら貴族社会に行かないから、営業用スマイルを使う機会はほとんどない。一応、営業用とは少し違うけど、授業するときはある程度仮面を被っている。正直、両親はちゃんと社交界で仮面を被っているのか心配だ。
営業用スマイルを使う機会に恵まれていなかった、生まれてからは。前世では嫌というほど使ったものだから、今回も自然に使うことができた。いや、使えてしまったかな。
私はふっと息を吐いて仮面を外すように努力した。
自然な顔とは無理に作れないものだ。
「女性に年齢を聞くのは野暮だというけど、サエラさんはいくつですか。」
「別に構いやしないさ。エルフは見た目なんかある程度自由なんだ。私は好きでこの姿でいる。年齢なんざ百を超えたあたりから数えるのをやめたさ。そんなに年齢が知りたいかい?」
「いいや。特に重要ではありません。ただ、私の人生2度分よりも長いかを知りたかっただけ。10進数で表して現在4歳、前世に換算すると私の見立てから恐らく6歳くらい。そして、前世で生きたのはおそらく17年。そこまでしか記憶がないのだから、その後何年も歳を重ねていようが、私の中では生きた年数は17年だ。合わせて、約23年。本当に精神年齢が23かはわからないけれど。」
「随分と短いものだったんだね。17ならば大人になったという年齢かい?」
「いえ。成人、大人として正式に認められるのは20です。18に引き下げるという案もありましたが、どちらにしても大人ではありません。それに、21歳くらいまでは教育機関で勉強を重ねます。だから、働いた経験もありません。総じて、私は子どもでしょう。未熟で、生きる力をもたない子どもです。」
「未練はあるのかい?」
「.........ない、と言えば嘘になるでしょう。」
「今の生活に満足しているかい?」
「......はい。私は、今の私は恵まれすぎているくらいです。」
「なら、何故?」
「??」
「何故、あんたは泣いているんだい?」
ハッとした。
頬に触れると涙が伝っていて、涙の粒が机に落ちた。
「いつ、から......。なんで?こんなに恵まれているのに......?なぜ?」
「恵まれていると幸せや満足はイコールじゃないよ。」
「でも!!こんなに恵まれているのに満足しないだなんてっ!」
「他の人に申し訳が立たないって?それともなんだい?自分には分不相応で怖いって?」
目を見開いた。
おそらくはその表現が一番近しいだろう。胸にストンと落ちた。
「自分を卑下するにも程があるね。」
「卑下じゃない!!事実だ!!私は!!!私は何もしていない!!何ももっていないのに!!どれも私のアイディアなんかじゃない!!全部パクリ、真似なんだ!!私はただ前世の偉人の発見を自分のことのように見せて!!身近な人をも騙して!!それなのにっ!!みんなが、優しくて......耐えられない.....」
「その前世の記憶?をもっていたら誰しもが同じことができると?」
「そう。私は凡人だよ??何も専攻したことがない、一般教養の域を全く出ない!!ただの凡人なのにっ!!なんで!!なんでさ、なんで!!なんで......」
「それは違うだろう。あんたじゃない人が全く同じことをすることはできない。」
「えぇ。それはそうでしょう。きっと、私より上手くやってくれる!!私は教師でもなんでもない!!私はっ!!私個人にっ!!まだ、なんの価値もないんだ......それを得る前に死んでしまったから。誰かのために尽くすための何かを私はもっていない!!誰の役にも立てない。私なんかより、覚えがいいノエルやレオンさん、そして今仕事に従事している領民、両親、使用人、彼らの方がよっぽど凄いに決まってる!!」
「そりゃ、ただの無い物ねだりさ。気にすることないだろう。」
「それでも!!本当は何もないのに賞賛される私がっ!!偽物なのにっ!!それを価値というのがっ!!何もかもが......ほんっとに...なんで私が...??」
「なら、生まれてこなきゃよかったかい?自害したいなら楽になれる茶を淹れるよ。」
「それはっ......できない。私はこんなに恵まれている......。だから。命なんて絶っちゃいけない。そんなことを考えるなんて許されない。」
「死にたいとは思わないのかい?」
「思いません。思わないからこそっ!!生きてていいのかなって...。」
「随分と捻くれているねぇ。死にたいと思わないなら生きていればいいんじゃないのかい?」
「私は、命をっ軽んじている訳じゃない、ですけど。死にたいって思うことくらいあっても、おかしくない、って思うんです。なんというか、あまりにストレスに晒されなさすぎて、酷く不安なんです。こんな甘い、怠けたような自分でいいのかなって。マトモになれるかなって。ダメにならないかなって。」
「上手くいきすぎて怖いか......。自信がないねぇ。」
「ありませんよ。私は天才でも何でもないんですから。大人びていていると言われても、精神的に23歳ならば当然のことですから。」
「まだまだ若いねぇ。」
「若い自覚はありますが。あの集団じゃ少し浮きますよね。ストレスがなさすぎるのもまた問題なんですよ。夜には十分寝られて、仕事はたくさんあるけど、寝食を削らねばならないほどではない。誹謗中傷の山もなく、私に明らかなる敵意や害意をぶつけてくる人がいない。」
「そんなにストレスが欲しいかい?」
「そうじゃない。ストレスが無いに越したことはありませんよ。ただ、自分の身に余るというだけ。.........んっ!!言葉が纏まんない!!」
「纏まんなくて当然さ。」
「はぁ。でも、纏まってしまった方がスッキリしますよ。......ここでの私の価値は人に前世の受け売りでモノを教えることだけ。前世みたいにテストで自分の価値がわからないから、そうでもしないとっ!!生きている意味が、ないじゃありませんか。もう教えるものがなくなってしまったならまた学んで何かを提供しなければいけない。それは生きていく上で当然のこと。」
「何かを提供しなければ生きてはいけないのかい?」
「少なくとも自分が生きてていいって思えないだけ。他の人に強制するつもりはないよ。承認欲求......あんなところで生きていたせいか、異様なほどに高くて、執着してる。」
「その価値ですら盗んだようで嫌だと。」
「えぇ。っっ、高く評価されすぎなんですよ。私が!!それが一番、一番、気に食わない。怖い。」
「面倒な子だねぇ。」
「面倒で結構です!!」
「はっはっは!!面白いねぇ。で、自分はその教えることですら、何かの仕事にできるほどに前世で高めていないからと...随分と自分が嫌いみたいだ。」
「嫌いですよっ!!何もかもが中途半端で盗人のような自分が!!」
「情緒不安定、メンヘラっていうんだっけね?」
「好きに言ったらいいですっ!!......でも、少しスッキリしました。ありがとうございます。」
「解決なんてするとは思っていないさ。ただ、ここでくらい本音を吐き出したらいいと思っただけだよ。」
「ふふっ。助かりました。これで暫くは大丈夫そうです。」
きっと、私に吐き出させてくれたのだろう。人に話すだけで人間、悩みなんて随分と軽くなるから。
「目は擦るんじゃないよ。ほら、布に湯を染み込ませてある。」
温かいタオルで目元を優しく拭って、息を落ち着けた。
「あと、アンタに聞かれたことは最初から聞かれると思っていたから纏めておいたものがある。」
彼女は引き出しから封筒を一枚取り出して、私に手渡した。赤い封蝋が綺麗だ。
封蝋は貴族も使っていたような気がするが、香り付きのものは恐らくなかっただろう。
「ありがとう、ございます。」
「情報料は貸しにしておくよ。覚えておきな。」
ぶっきらぼうに言うが、とても優しい。
「何かあったらすぐに連絡しな。相談にのるくらいはするよ。」
背を向けたまま言った。
私は嬉しくなって頷いた。
「本当にありがとうございます。このご恩はいつかきっと返します。」
立ち上がって、世界の貴族では通じない日本の礼をした。
長く、長く、頭を下げた。
「礼はいいから、さっさと行きな。他のが待ってる。」
そう言われて私は家を追い出された。
「ノエル、レオンさん、待たせて申し訳ありません。そろそろ時間でしょう。皆のところへ戻りませんか。」
壁に寄りかかって待っていたレオンさんと宙に浮いていたノエルに言った。