視察 XIV サエルウィラスと......
サエルウィラスさんの家は小さいと思っていたが、見た目よりもずっと中は広かった。思ったより、というか、不思議なまでに広いので何らかの魔法を使用しているのではないかと疑っている。
「ここに座んな。茶でも飲んで話そうか。あぁ、あと私の名前は長いからサエラで構わない。ここらの集落の人間にもそう呼ばれている。」
独特な薬草の匂いがする小さなワンルームには小さな台所と食卓、そしてたくさんの植物があった。
サエラさんが私たちの前に茶を入れたカップを置いて席についてから私は話した。
「サエラさん、集落の人間に採集の知識を教えたのは貴女ですか。」
私の発言にレオンさんやノエルは驚いたようだが、別に特別なことではない。これだけの植物、生薬を扱うならば、採集に関する知識を持つことは当然のことであり、私の中では人間がそれだけの知識を持っていることがこの世界で不自然でならなかったからだ。そして...
「このお茶、薬膳茶の一種ではありませんか。効能は分かりませんし、もともと生薬の類に詳しいわけではありませんが紅茶じゃないということくらいは分かりますし、なんか、似ているんですよ。」
何に、とは言わなかった。似ているのは漢方薬。現代で漢方薬というのは顆粒にされていて粉薬として飲むことが多く、本当の意味での漢方薬、煎じて飲むものではなかったかもしれない。でも、それは味もそのまま。他の薬のように錠剤状になっていなかったから味はとてもわかる。苦かったり甘かったり、色んな味のものがあった。
「ドワーフの知らせ通りだね。その類の者でも、随分と賢く、好奇心の多い質だったのだろう。察しの通り、私は薬をつくっている。そのための薬草の栽培や採集にも一通り精通していてね。魔法薬ではなく、製造過程に魔法を使うことはあるが、純粋に草木の効能だよ。偶に迷い込む人間に教えてはいるが、人と暮らしているわけではないよ。」
その言葉からは人間への嫌悪を感じることはなかった。
「そうですか。私もいくつか本を読みましたが、魔法薬、魔法を使ったポーションが主流だと書かれているものが多く、食べた物が体を作る、という概念は見当たりませんでした。栄養学も。貴女は、食べたものが体を形作り、それを利用して体を治す、医学に精通していると考えてもいいですか?」
「あぁ。間違いない。あんたが言った栄養学もだ。その茶の効能は疲労回復。疲れているんだろう?慣れない外出で。」
その最後の言葉を聞いた瞬間、私とレオンさん、ノエルの空気が変わった。
「私は一言も申し上げていませんが。どこで知ったのでしょう。」
二人はサエラさんを黙って睨み据えるだけで、何も言わなかった。
「不思議なことじゃないだろう。あんたの顔色、雰囲気を見れば疲れていることは誰だってわかる。それに、あんたが既にここを訪れていたなら、私らに興味を持たないはずがない。出会っていて当然だろう。」
まぁ、それなら不思議じゃないね。
確かに、私が既に視察をしていたなら此処を逃すはずがない。
「成る程。納得しました。」
私は微笑んでお茶を飲んだ。
「外出に不慣れとは限らないだろう?」
ん??ノエルにレオンさん?
「ここに来たことがないだけで外出に不慣れとするのはいささか強引だと私は思います。」
久々に"私"と言うレオンさんを見た気がするな。
「本人が納得しているならそれでいいだろう?私はセシルを家に入れたんだ。お前たちはただのついでだ。」
サエラさんは随分と毒舌ですね。
人間を嫌っているようではないけれど、自分の会話を妨げられるのは嫌いなのかな。
「はい。私は気にしていません。」
「姉さん??」
ノエルが驚いて叫ぶ。
私が緊張したのは別にそんな理由じゃない。
サエラさんは私の敵になろうという気はしなかったし、それならば茶に毒を入れる方が早い。もし毒を飲ませたいなら必要以上にお世辞を言って、気分よく過ごしてもらう。だから、わざわざ適当な対応をする必要がないはずだ。毒殺という考え方はないんだろうか。それに、銀のスプーンを曇りもなく磨き上げて出してくれた。私はその意味を理解できる。それが銀でなければ問題だが、かき混ぜても全く黒ずんだりしなかった。
問題はもう一方、狩りが得意な戦闘に特化した集団。その集団の得意とするものが狩りだというのなら、その集団が得意とする戦闘は騎士のように真正面から戦うことを意味しない。暗殺を意味することになるだろう。真夜中の捕食者、梟のように、静かに忍び寄って、殺されたことに気づくことなく死ぬ。
仮にその推測が正しかったなら、私は、私たちはずっと見張られていた、会話を聞かれていたことになる。なら、簡単なことだ。彼らがどこまで知っているのかに興味がある。
「私が気になっているのは、採集を教えたのが貴女だとして、狩りを教えたのは誰かということです。」
「今の話とどう繋がっているのかい?」
サエラさんが聞いた。
「繋がっていますよ。例えば...」
そこで一度言葉を切った。
「ドワーフから何らかの方法で連絡を受ける前から私たちの動きを知っていた、とかですかね?」
サエラさんは目を見開いて驚いたようだった。が、すぐに元の表情に戻り、そして笑った。
「セシル、あんたの推測は正しい。まぁ、鎌をかけたつもりだっただろうがね。」
これが彼女の欲しい答えだったんだろうか。
「ドワーフからの知らせであんたを此処に招待したのは事実さ。あの件がなければ、私はあんたを呼び寄せたりはしなかった。あんたには興味あったが、それだけでは人間の貴族に会う理由には弱いからね。」
転生したことはドワーフからの連絡で知ったが、道中の様子はずっと見ていたと。
「別にそれだけが理由じゃないよ。エマール家の人間は、いや、この領の人間は、洗礼や魔法以外も大事だと思っていた。だから、いくつかの種族がここの近辺で隠れて暮らしている。人間に見つからぬように暮らす理由の一つは自らの手で得た知識や技術を蔑ろにしたからだ。それがないこの領で隠れて暮らす種族が多いのも納得できるだろう。」
レオンさんやノエルも静かに、興味深く聞いている。
「だから、ドワーフや私、そして、もう一つ私の近くに暮らしている種族は、領民と小さな関わりをもち、他の種族との橋渡しをすることもある。だが、貴族となるとまた違う。ただの関わりで済まなくなってくるからね。だから、知識や技術を大事にするだけじゃ足りなかった。」
足りない?何を求めるのか、何故、転生者である私が引っかかったのか。
「その知識と技術を高めた先のビジョンを持っている人でないといけなかった。明確にビジョンを持っているあんたのようにね。」
成る程。その社会の形を一つ知っているから。
「貴女が褒めるほど良いものではないと思いますよ。」
私は言った。
「それでもさ。全てがいい訳がない。それを絶対と信じていないところは好評さ。」
以前にいたのだろうか。地球の現代社会が最良として近づけようとした人が。
その人は何をもたらしたのだろうか。
「聞きたいことは他にもあるんだろうが、そこまでたどり着いたなら紹介しようかね。降りておいで。」
その合図でスッと音なく現れた影はどこかで見たような格好をしていた。