閑話 : 執事・セルジュによるエマール伯爵家の賑やかな日常
おはようございます。
エマール伯爵家で執事をしているセルジュと申します。
以後、お見知り置きを。
さて、本日はエマール伯爵家についてお教えしようと思います。
エマール伯爵家はエナム王国に仕えていて、現当主、つまりエマール伯爵とはパトリス・フォン・エマール様のことを言います。エマール伯爵家の方々は総じて優しいです。昔は彼ら以外の貴族を見たことも、ましてや接触する機会もなかったので、貴族とは彼らでした。しかし、貴族というのは彼らのような人ばかりでないと知ってからは、彼らの優しさに余計に感謝してしまうものです。
私、セルジュは孤児でした。
エマール伯爵家は代々使用人を孤児でまかないます。
「全員を連れてこられずにすまない」とよく謝っていらっしゃいますが、とんでもない。
連れてきてもらうだけでありがたいのに、連れて来られないからと孤児院にはたくさん出資していらして、将来の職業に困っている孤児を見たことがありません。
そして、連れてこられた私たちは、文字の読み書きを教わり、マナーを教わり、仕事を教わって、一人前にしてもらえた。
執事になるまでに貴族の前に出しても問題ないくらいの教養をつけさせてくれた。
感謝しかありません。
孤児がこれほど高待遇なら孤児が増えるのではないか、つまり、意図的に子を捨てる親が増えるのではないかと考えたこともありましたが(それを考えられるようになったのも教養を与えてくださったおかげですが)、それ以外の領民にもたくさんの支援をしていて、領民はそれぞれの仕事に誇りを持って、やり甲斐を持って生きております。
エマール伯爵家の面々は基本領地で過ごされます。
エマール伯爵家の領地は広大です。
伯爵家の中では最も広いと聞いたことがあります。
そして、豊かです。
税として納めてもらっている量も多い上、国に献上している量はかなり多く、領地がより広い公爵家に並ぶくらいと聞きます。なのに、誰も飢えていない。納めてもらっているのは苦もなく出せる量なのです。
不作の年もまたありますが、そのときも、是非受け取って欲しいと、自分たちが空腹でも差し出すのですから領主の人望は計り知れません。そういった年は、領主の方から蓄えてある食料を分けるのですが、とんでもないと受け取ってもらえない。無理矢理にでも受け取らせるのですが。
エマール伯爵家の皆様はもっと自身の人望を理解してほしいと思っております。
エナム王国には17(**)の公爵家・侯爵家があり、1(**)の辺境伯家があり、26(**)の伯爵家がある。子爵家は37(**)、男爵家は47(**)あって、騎士爵には制限がないが、一代限りです。
※作者注釈 17(**)=14(10) 1(**)=1(10) 26(**)=20(10) 37(**)=28(10) 47=(**)35(10)//
同じ爵位の家の中でも序列があるのですが、伯爵家の中ではエマール伯爵家は最下位なのです。私や使用人たちの中でそれを知っているものたちは、甚だ不本意だと憤っていますが、伯爵家の皆様が気にされないので、私たちも気にしないことにいたしました。が、そう思っている貴族は少なく、<灰色の研究一族>と馬鹿にしております。
伯爵家の皆様は社交会がお好きでない方が多く、余り出られないと言うことがひとつの理由です。1年17(**)ヶ月のうち、畑の収穫が終わった14(**)月から年が明けて4(**)月あたりまでが社交シーズンで多くの貴族が王都・エナーメルに滞在しますが、伯爵家の皆様は"年初めの夜会"という、絶対に外せない夜会のために一週間ほど滞在してすぐに去ります。社交こそが貴族の嗜み、社交でいい結婚相手を、より高い地位を、とか考えている貴族と比較すると、異端であることに違いありません。勿論、地位の高い人、有用な人との商談などで領地を豊かにすることは可能だから、いいことでもあるとは教えられましたが、だからといって、別の方向から領地を豊かにしようとしている人を貶めることとは違うと、私個人は思います。"年初めの夜会"以外にも必須の行事も当然ありますし、国の要職につくという義務もありますが、多くの税を納めることでその義務は国王陛下直々に長きに渡り免除されているそうです。
※作者注釈 17(**)=14(10) 14(**)=11(10) 4(**)=4(10)//
ふたつ目の理由が、伯爵家の皆様の研究内容にあります。
この世界では魔法研究以外の研究をする人はほとんどおりません。というのも、7(**)歳の洗礼式のときに貴賤問わず、固有能力を受け取ります。固有能力は洗礼式の際に一番欲しかったものや適正の高いものが与えられ、以降変わることはありません。対して、魔法というのは魔力を使って使える一般化されたものです。教えられれば使うことができますが、先天的に決まる魔力の大きさによっては使うことができません。一般的に魔力が大きい貴族は問題なく使うことができます。
なぜ貴族は魔力が大きいのかと尋ねたら旦那様、パトリス様は、「親子って似てること多いでしょ?だから魔力の量も似通ってくるんじゃないか?で、最初は魔力が大きい人を貴族にしたとか?まぁ、想像だけどね。」とおっしゃっていた。私もこの意見に賛成です。
閑話休題。
魔法は詠唱といういい感じの言葉を使うことによって使うことができます。その詠唱を研究するのが主流なのです。どういうふうに言ったら大きな威力になるのか。どういうふうに言ったら小さな威力になるのか。女神様にお願いするというのが基本の詠唱らしいですが、7(**)回繰り返し唱えるととても大きな威力になるというのが最新の研究だそうです。11(**)回ではダメらしいです。
魔物と戦いや、他国との戦争に備えるなら、確かに魔法の強化は大事でしょう。
もうひとつが魔道具です。
使っている人の魔力を使って生活に便利なものをつくろうという研究で、多くの貴族の家には魔道具があります。魔道具に使う魔力はとても少ない上、勉強の必要もないので、魔法が使えない人でも使うことができる便利なものです。威力は小さいので軍備には使えませんが、生活が豊かになります。複写機というものもあって、紙に書いてあることをもう一枚の紙に写すことができるのです。
エマール伯爵領では村というか集落にいくつか配備してあって、集落にひとつ夜でも明るい部屋があるとか、水が出る水道がいくつかあるとか、水洗トイレが集落にひとつあるとか、たくさんの魔道具が配備されています。
他の領では王都や王族直轄領・いくつかの公爵領くらいにしか貴族の屋敷以外の場所にはありません。経済的な問題か、領民への配慮の問題か、どちらにしても幸せな領に生まれて感謝します。
では、伯爵家の皆様の研究内容とはどんなものでしょう。
今の旦那さまが研究されているのは農業です。
多くの領民がやっている農業のノウハウについて研究をなさっていて、前にその研究をしていた先先代の伯爵様の腐葉土という研究に加えて害虫対策や違う季節に作物を育てるという研究をなさっています。先先代の天気を予測する研究をより発展させた形です。よって我が伯爵家は庭師の人数が恐ろしいほどに多いです。
現在の伯爵夫人であるクラリス様は料理の研究をなさっています。食べられるけど、美味しくないから食べないものを美味しく調理する方法を生み出して不作の時に役立てようという研究です。実はこれも異端で、料理人は常に貴族のために高級品でより美味しく美しくを目的としていますので、わざわざ美味しくない食材など使わないのです。前回の不作の時はそれが大当たりで、そこらへんにへんに自生している雑草を食べることで多くの人が救われました。
先代の伯爵様は、牧畜の研究をしながら、主にしていたのは魔力を使わずに勝手に回る道具を作ることでした。風や川の水によって勝手に回るようになったものは利用法を検討中で、今のところは液体を混ぜることに使っているそうです。もっと研究に没頭したいと今の伯爵様にさっさと爵位を譲られました。
先代の伯爵夫人とその娘、つまり現伯爵様のお姉様は、木についての研究を現在も続けています。木の生育よりも、木材の性質について研究しており、新しい木材加工を見つけようと必死です。
このように魔法に関わらない研究をし、社交にも積極的でない伯爵家について悪くいうものは多く、よい関係を築けているのは、王家・アズナヴール公爵家・バルテレミー公爵家・カステン辺境伯家・シャノワーヌ子爵家・ダンデルヌ子爵家・ラコルデール男爵家・ローラン男爵家くらいです。派閥にも属していないからそれ以外はほぼ敵と言ってもいいでしょうが、彼らは絶対的な味方として動いてくださる、貴族の家同士では珍しいほど関係が深いと聞いております。わかる人はやはりわかってくださるのでしょう。
そして、現在2(**)歳の誕生日を控える、セシリア・フォン・エマール様。
お嬢さまは天才なのではと僭越ながら思っております。
年齢にしては異常に中身の成長が早く、もう既に文字もマスター目前です。
エマ、イーヴ、そして私。
任されている以上、しっかりと役目を遂げてみせますぞ。
お嬢さまがどんな研究をするのか、私は楽しみで仕方がありません。
セシル(七瀬)以外の回想に出てくる数字は全て異世界数と思ってください。念のため(**)をつけていますが、彼らはそんなことは意識していません。ついてなかったらミスだと思ってください。
<エマール伯爵家と良い関係の家>
王家
アズナヴール公爵家
バルテレミー公爵家
カステン辺境伯家
シャノワーヌ子爵家
ダンデルヌ子爵家
ラコルデール男爵家
ローラン男爵家
<1年について>
1年 = 14(10)ヶ月
この事実をセシルはまだ知りません。
知った時彼女は絶望するでしょう。
<平民について>
貴族以外は基本的に文字の読み書きができません。
文字なんて分からなくても仕事できればいい。貴族の使用人も真ん中くらいまではマナーさえできればいい。
"7"信仰があるため数を数えることは誰でもできますが書けません。
貴族だった人たちは子に文字を教えることはありますが使わないので忘れられます。
貴族の家に勤める人たちは基本元貴族です。それ以外は使用人同士の子供です。
軍などは適当に孤児をかき集めますが、上司などは皆貴族です。
<学校について>
存在しません。
裕福な貴族は教師(という仕事はありませんが)を呼び寄せて教えます。
他は親が教えます。
<貨幣>
あります。
貴族がたまに使う程度。
貨幣というより、今度何かあげるよ券に近い。