視察 VIII カイダタ牧場と職人のまち
カイダタ牧場のある地域が本日最後に視察する地域である。
「さぁ、降りるよ。」
レオンさんに手を差し伸べられて私は馬車から降りた。
そして例によってノエルに手を差し伸べる。
そして思った。
「レオンさん、レオンさんは誰の手を借りて降りるの?人には手を貸しておいて、自分が借りないなんて、理屈が通らないじゃありませんか。それとも何ですか?年上は年下に手を貸すとでも?なら公爵さまの手を借りることもできますよね?」
貴族の慣習というのはよくわからないものだ。
全員が誰かに手を差し伸べられなければならないとなると、初めの人が既にこの地に降りてなければならない。つまり、出迎える側が一人目に手を差し伸べることになるはずだが、このエマール領で出迎えなどあるはずがない。あったら緊張してなんかヤダ。
「ぷっ、ふふふふふ。いいね。次からは私がレオンに手を貸そう。ふふふふはははは。」
公爵さまが笑っている。
ツボに入ったか?
沸点低くない?というか、貴族の慣習について尋ねただけなのだけど。
「俺はそんな年齢ではありません!!」
レオンさんが怒ってる。というより、ムキになっている?
心配せずとも、どんな年齢になろうとも年上というのは存在するのですよ。
「姉さん、その目はなに?遠い目というか、なま温かい目、みたいな?」
「微笑ましいな、と思っただけ。」
「意味わかんないよ。」
ノエルには理解してもらえなかったようだ。
「私は嬉しいよ。レオンは成長が早かったからね、ここずっと勝手に降りていってしまうんだ。久々に手を貸すというのも楽しそうだ。」
公爵さまの話だと最近レオンさんは人の手を借りていないみたいだ。
「レオンさん、人に慣習だからと手を貸しておいて、自分は借りないって......」
ちょっと、自分勝手じゃないかな。
「そうだよな。セシルもそう言っていることだし。にしても面白いよ。本当に。」
公爵さまは揶揄っている。
「ああああ、なんでこうなったんだー!!」
レオンさんが雄叫び声を上げているけど、こうなったのは貴族の慣習をエマールに持ち込んだのが原因だよ。
エマールなら貴族の慣習なんて関係なく生きていけるのにさ。
カイダタ支部からカイダタ牧場近くの教会にポータルで移動した後、まず眼前に広がっているのが牧場だ。
ムエ同様、乳牛、羊、鶏が多い。
ムエとの違うのは集落が一つでまとまって暮らしているということ。先に見たゾバールのようなイメージだ。
そして、また違った雰囲気があるのが職人のまちである。
"時計職人"のほか建築関係の人間がいて、他の地域で建築に関する依頼があると彼らが出向するのだと。支部の宿泊所は彼らが仕事中に寝泊まりするのにも使っていると聞いている。
ただ、少し違和感が。
他の村と変わらないと言えばそうなんだけれど、少しずつ違う。
他の村のロストテクノロジーが使われていない建物はどこか歪んでいた。真っ直ぐではあるが、地面が傾いていたらそれに合わせて傾くというイメージだ。ここの建物も大半はそうだが、一つだけ異なる建物がある。
「お父さま、教会と屋敷、それに孤児院以外は最近建てられた建物、つまり古くからある建物ではないのですよね。」
不思議に思ってそこら辺に立っていたお父さまに尋ねた。立っているものは親でも使えってね。
「そうだが。それがどうかしたか?」
そうだ、本来気にすることでもないはずなのだ。
「いえ、少し気になったので。」
私はその建物に近づいた。
「セシル、何をするつもり?」
例によって手を繋いでいたレオンさんに聞かれたけど、そのまま無視して進んだ。
「姉さん?」
関係ない、振り解いていないのだから別に構わないだろう。
「ねぇ、そこの方?」
そこに居た地元民(多分)に尋ねた。
「この建物は誰が建てたのか、ご存知ですか?用途は?誰の所有物なのですか?」
「あんたら、見ねぇ顔だが、あん建物はな。ここらに住んどる人ならみぃんな知っとる。ありゃな、妖精が建てたんだと。」
地元の人なら皆顔見知りな感じだから見たことがない私たちに驚いたのだろう。
だが、ちゃんと教えてくれた。良い人だな。
「妖精?」
「んだ。妖精かどうかは大した問題じゃねぇ。建物の形もたまに変わってるしな。オレらは、週に何度か大量の食べ物を供ておく。すると、それがな、不思議なことに便利な道具に変わってるのさ。一度な、領主さまの依頼についてな、供える時に紙に書いてみたんだ。領主さまたちがオレらにまで文字を教えてくれたからな。そんだばよ、それが完成しとったんだ。不思議なことに。作り方まで詳しくて助がっぢまった。文字を扱えて一番よがったことさな。はっはっは。次のときはいつもより沢山の食料を供えたさ。むっ、あんだら、なんが、領主さまの授業を教えてくれる人に似とるな。はっはっは。」
「よく似ていると言われるのですよ。」
と私はその人に返答した。
「ま、気になるなら入ってみればいいさ。盗みはいけねぇが、供えるのは自由だ。」
妖精、彼らの技術はとんでもないだろうな。
「行くよ、姉さん。」
レオンさんに繋がれていない方の手を引っ張ってノエルが言うけど、これは何が何でも解決しなければならない問題だ。
「待って。これは今すぐに解決したい。あの建物の中を観察して、できれば妖精の正体を明かしたい。できれば接触して交渉までもっていけたら最高なんだが。」
私がブツブツと言って建物に近づこうとするが、ふたりが手を離してくれない上、一緒に着いてきてもくれない。
「妖精を探す??なんでそこまでこだわるんだ?」
「そうだよ、姉さん。他の人じゃだめなの?」
妖精じゃなければダメだ。
「二人はあの建物を見て何も思わなかったの?」
「綺麗な建物だとは思ったけど。」
「あぁ、ただの建物だ。上に高いわけでもなければ、特別な装飾もない。この職人のまちは発展しているようだから、あのような地味な建物では見劣りするだろう。」
確かに、この建物は四角くて装飾なく、平家だ。
「まずは建物の歪み。他は地面に沿って建てられているのに対して、この家は高床式、地面から床が浮いていて、地面が斜めでも床は真っ直ぐだ。塗料が定期的に塗り直されているようだし、メンテナンスが完璧。そして、他にはない素材。硬くて丈夫。倒れにくいような耐震性も備えていて、何となくだけど、断熱材も使われていると思う。」
高床式にする理由というのは色々あるけど、ここの気候条件がわからないと断定できない。
断熱材が使われている根拠は足りないけど、ここまで機能が充実しているならあり得そう。
「セシル、それはつまりどういうこと?」
「見た目は何てことなさそうな普通の建物だけど、機能面がめちゃくちゃ高い。つまり、これは地味というよりも、機能重視なシンプルイズザベスト。」
Simple is best は文法的に間違っていると聞いたことがある。
最上級の前にはやっぱり the が必要だよね。
Simple is the best !!
「キノウジュウシナシンプルイズザベスト??姉さん、何それ?」
「無駄に華美に豪華にしないで、必要な機能だけをつけた無駄のないものが最も優れているという考え方だよ。」
「見た目より中身ってことかな?」
さすがノエル、理解が早い!!
「ザッツライ!!そういうことです。」
That's right!!
「貴族社会の正反対をいく感じ、さすがエマールと言ったところか。」
レオンさんはそう言って感心しているようだけれど。
「ノー!!それは違いマース。」
「姉さん、さっきから、その頭につけている言葉は何なの?」
「ちょっと興奮してアメリカ〜ン!!が出ているだけデース。ちょっとだけ、感情の起伏がおかしくなっているだけデース!!」
まあ、英語ならアメリカというよりイギリス、Englishなんだけどね。
「余計に分からなくなったけど、もういいよ。」
なんか、ノエルに呆れられた??私がお姉ちゃんだよ?
「心外です。レオンさんの貴族の逆を行くエマールというのはエマール伯爵家を指すのなら間違いじゃないでしょうが、この件に関してはエマールは関係ありません。エマールの民がというわけではないでしょう。ならば、この素晴らしい建物が領内に沢山あって然るべし!!なんです。つまりは、これは別ルート、エマールじゃないんです。」
「そう。なら、セシルは彼らの正体に心当たりでもあるのかい?」
「いえ、ありませんよ。全く、想像もつきません。」
「なら、どうするんだ?そして、彼らに何を交渉するつもりなんだ?」
そんなの決まってる。
「簡単な話です。連絡をつける方法ならばありますし、交渉の目的も分かりきっているではありませんか。」
「わかりきっているとは?」
レオンさんも、人が悪い。ここまでくれば、わかっているだろうに。
「技術協力です。向こうが求めている情報をこちらが持っているのなら提供する、少なくとも食料に関してはこちらと交換がしたいと思っているのは確かでしょう。」
「で?その技術をどうしたいんだ?」
こっちが本題か?
表情と声色からするとそうだろうな。
「もちろん、領内で共有して暮らしを向上させます。私の予想が正しいならば、彼らは普通に屋敷レベルの建物を建てることができます。それはきっと大きな力になる。そして、それが継承されているのならば、何故失われたのかの歴史を知っているかもしれない。」
「屋敷のような建物が建てられると??」
驚いているのかな?
というか、なんで自分たちで作ろうと思わないんだ?
「えぇ。そんな気がします。」
あくまで気がするだけ。
だけど、もし、彼らがこんな建物を建てるのなら、もっと数学が進んでいてもおかしくないし、学問も進んでいる。
私の勉強にもなる。
「姉さん、それで、これから何をするつもりだったの?」
「まずは、建物の中を観察し、その後に手紙を残す。話によれば夜にモノがなくなり、朝には新しい道具が届くようだから、明日になればわかるでしょう。私たちはここに滞在すると聞いています。少なくとも文字でのやり取りは可能だからね。言葉が通じるかも分からん。独自の言語体系を築いているかもしれない。」
「独自の言語体系?なに?違う言葉を話すっていうの?」
ノエルとレオンさんは不思議に思っているようだった。
この世界は一つしか言語がないのよね。
人間は皆同じ言語を喋っている。
「そうかもしれないってだけ。あとは、それだけだと足りないだろうから、調査をして、ノエルに上から妖精(仮)の集落を見つけてもらう。」
「僕にできることなら構わないよ。でも、カッコカリってなに?」
「(仮)は(仮)だよ。まだ確定じゃないからね。」
「ま、いいけどさ。なら直ぐにでも」
「待って。」
すぐに上から探そうとするノエルに待ったをかけた。
「せめて、方向くらい特定してからね。特徴とか。」
私は二人を伴って建物の中に入った。
とても綺麗で、シンプルなお供え台が置いてあった。
そこに一枚奇妙な紙が置いてあって。
[発明アイディア大歓迎。作り方まで詳しく返答するよん♪出来高でいいから酒をくれ!!]
......なんということでしょう。
発明大好きな感じの性格がダダ漏れです。
そして、お酒が好きなんですね。
「発明アイディアとは何だろう。作り方を返答するというなら、完成品を置いてくれたという話のアレだろうけどさ。」
「俺は出来高というのが分からん。どれだけの完成度か、など、どれだけ出来たかという意味だが。」
「あぁ、レオンさん。それは姉さんから聞いた出来高払いってやつだと思います。完成品を見て、見合うだけの酒が欲しいってことだよ。先に払うんじゃなくて、後で、完成品を見てから支払うって方法なんだそうですよ。」
「後から払うならば、その前に飢えてしまわないのか?」
「それがですね、その話をしたのが貨幣という話の時で。それならアリなんですよ。そして、この場合は単純に普段から色々貰っているから、ご褒美で酒が欲しいということだから、飢えないと思いますよ。」
レオンさんとノエルが何か話しているが、それは耳に入ってこなかった。
それよりも、職人、発明大好き、お酒が好き、妖精??という情報から、ひとつ、浮かんでくる人がいるんだよな。
妖精(仮)の正体について、私が前世、七瀬の時に読んでいたファンタジー小説によく出てきたドワーフという種族。妖精の亜種という設定の話も読んだことがある、気がする。そして、人間よりも長命。長命種ならば代々継承するモノが途絶える可能性は人間よりも低い。
これらの可能性を考慮せずとも、この一文で餌は決まった。
職人だし、完成形でなくてもいい。
見たことない面白そうなものの情報を、そして酒を備えて、要望を書いてみる。
やることは決まった。
あとは実行に移すだけだ。




