視察 VI ユォ
ユォ教会の近くにはいくつかの集落があるが、ゾバールのようにしっかり分かれているわけではなく、単純に一番近くのポータルがどれかという違いのみだ。
全ての集落が湖に面しており、湖とは切っても切り離せない地域だと聞いている。
「ねぇ、セシル。あの船の帆すごいよ!!」
例によって本日もレオンさんに拘束されての視察です。
レオンさんが指差していたのは湖に出ている船。特徴を言うならば、帆にエンブレムのようなものが書かれていること。
文字がうまくデザインされているね。"ユォで一番の船"というようなことが書かれている。
「確かに。あのセンスはすごいですね......。芸術センスの持ち主がいたのでしょう。」
「俺だって文字を扱える人しかいないということに慣れてはきたけれど、あれは流石に驚くよ。俺じゃ、無理だ。」
まぁ、一般的にはないと聞いているからな。
帆に文字を書くなんて実用性の欠けらもない。ただのオサレだ。
強いて言うなれば、遠くから見ても誰の船かわかることだな。
「姉さん、あの船の帆見た??僕は一瞬絵かと思ったよ。」
上からの図を描き終えたノエルが戻ってきた。
ノエルも絵かと思うほどに綺麗なデザインなのだ。
「遊び心の勝利ということかな。」
私はこの発展に胸を躍らせた。
私がユォの教会に特別指定した置いた絵本が"浦島太郎"である。時間の流れ方が異なるという部分が理解を得難かったが、面白い話として受け入れられたようだ。亀を虐める描写から浜辺の生き物を虐める子が減ったと喜んでいたな。
ユォでは特筆すべきところは特になかった。
というのも、ゾバールで見た湖の村に酷似していたからだ。主となるものが湖であるという点でかなり共通項が多いからだろう。また、集落の形も湖に近づけようとするから必然と集まった形になっていく。
ただ、問題は海産物の鮮度である。
海産物は鮮度が命。刺身なんてものは、速攻で食べないと腹を壊す。
そこらへんの流通が十分でないから干物ばかりで、あとは塩、そして評判がよろしくない海藻類。
何か変えることはできないだろうか。
湖には詳しくないが、湖の水質は海に似ていると思ってもいいのかな?
よくわからないが、海藻は是非使って欲しい。出汁とか多分よく取れるから。
実際に彼らの調理法を紹介してもらうのもいいかもしれない。
そこかしこから出汁のいい匂いがしてくる。
それとなく授業で食べるものの違いについて触れておこうか。
とまぁ、そんなところです。
驚きも段々と薄くなってきました。
ちなみにユォの北方にはカイダタ牧場がある地域があるのだが、そことの境には林がある。ここでは林業をしていないのだって。むしろ、植樹活動みたいなことをしているらしい。いい取り組みだから是非続けてほしいと思った。
過去の伯爵たちに船の研究をしたものはいたようなんだが、それ以外の湖に関する研究をする人は少なく、少し他に比べると発展が途上状態と言える。魔法とか使えれば便利そうなんだけどな。
「セシル、なに考えてるの?」
レオンさんに手をぎゅっと握られて話しかけられているのに気づいた。
「いえ、何も。」
「嘘はよくないよ?とはいえ、無理強いをするつもりはないんだ。ただ、そろそろ次へ行くから馬車に乗るよって言ったのに反応しないから。」
いい笑顔ですね、レオンさん。
「それはすみませんでした。」
こういう時は謝るに限るね。
「姉さん、絶対にレオンさんから離れちゃダメだからね。僕は上からの図とかグラフとかでずっと見てられないから。」
完全に姉と弟の立場が逆転しているんだけど。不本意だよ。
「はい。」
でも、今回は完全に私が悪いから。素直に返事をします。はい......。
「セシル、足元気をつけて。」
レオンさんが手を引っ張って馬車に乗せてくれた。
一人で乗れるのに、これが貴族なんだって。面倒だね。
「ありがとう、はい、ノエルも。」
ノエルは手を貸さなくても浮けるんだよな。
あれ?馬車に乗らなくてもよくない?
「姉さん、僕は確かに浮けるけど移動速度は馬車に劣るから、ずっと飛んで移動はしないよ。というか、疲れるし。」
あら?
口に出てたかな?
「姉さんの顔見てればわかる。というか、確かにずっと浮いていられるけど、移動するのには別に力がいるんだよ。なんかわからないけど。ただ浮いているだけなら楽なんだけど、それだとどこへ動くのかわからないから。」
あぁ、ただ浮いているって、あの宇宙空間見たいな浮き方するときね。
なるほど。
「納得してくれたみたいでよかった。早く座らないと出発できないよ?」
ノエルは本当にエスパーにでもなってしまったのかな?
「わかった。あれ?公爵さまは?」
「ここに居るよ。」
公爵さまはノエルの後から馬車に乗った。
それから馬車に揺られてユォでの発見をゆっくりと話すのだった。




