視察 I マジカルなバナナと馬車の旅
「セシル、ノエル、また暫くよろしく頼む。」
レオンさんは私たちにそう言った。
「私たちは屋敷の外に出るのが初めてですから、こちらの方が迷惑を掛けてしまうかもしれません。こちらこそよろしくお願いします。」
「僕も姉さんも、領外の人の意見は貴重なので嬉しく思っていますよ。」
私とノエルもそれに応じた。
馬車は4人乗りのようで、私と隣のノエルに正面にレオンさん、そして......
「私も楽しみなんだ。よろしく頼むよ。」
何故なのか公爵さまが乗っている。
何故ここに??
大人が一人浮いていますよ??
別の馬車には、お父さまとお母さま、そしてノエルの侍女さんのララとレア、馬を引いているのが、御者のドニと御者もできちゃう庭師のジル。今回着いてきた4人はノエルの専属の方々だ。
つまり、何が言いたいかというと。
両親が逃げた。ズルいぞ!! ってことだ。
公爵さまの相手が疲れるからって気楽な人たちとのんびりしているなんて狡いです。
「最初の村まで数時間ほどかかるそうだからね。ゆっくりとリラックスするといいよ。何かいい遊びでもないのか?」
公爵さま、私の方見んといてください。
期待の目で見つめないでノエル。
にこにこしないでレオンさん、なんか膝がぶつかってて気まずいんです。
でも、ここで黙っても何にもならない。
ゲームの方がマシと言える。
なら、今度流行らせる予定のアレかな。
「マジカルバナナ、じゃなくて、マジカルリンゴなんてどうでしょう?」
バナナは存在しないんだった。
そもそも、前世で食べていたバナナは品種改良したもので、本来はほとんどが種で食べる部分がほとんどなかったらしい。
「今度、授業で取り上げてみようと思っていた遊びなんですが。」
「授業で扱うとは、また頭の使うものなのかい?」
あ、そういう類じゃないんだよね。
「頭は使いますけど、勉強とはちょっと違いますね。勉強にも使うと効果的ですが、授業で扱おうと思った理由はそうではなく......当たり前のことをもう少し考えを膨らます練習...?ですかね。」
連想ゲームだからね。
アイディアの出し方の一つとして、頭の体操になるんじゃないかなぁって。
「まだ想像はつきにくいが、やってみるのが一番だろう。ちなみにノエル、貴方は経験者か?」
「いいえ。僕もまだ、ただ、姉さんが何のために授業で扱うつもりなのかは分かった気がします。そして、これは経験の有無で大きく変わるようなゲームではないと思います。」
公爵さまの質問に応えるノエル。
そうなんだよね、このゲーム経験があるからといって、上手なわけではない。公爵さまのいう、経験とは恐らく、カードゲームで7を作った時のような、訓練の差の話だろう。7をつくるのは正直ゲームの勝ち負けに関わらないのだが。
「ノエルの言う通りです。ルールは単純で、そうですね、私が最初、次がノエル、公爵さま、レオンさん、の順にしましょう。私が最初に『マジカルリンゴ』と言い、このようにリズムをつくって、例えば『リンゴといえば赤い』と言います。そうしたら次のノエルは『赤いといったら〇〇』と赤から連想されるものを言います。その繰り返し。リズムにのって言えなければその人の負けですね。」
「かなり曖昧な遊びだね。」
レオンさんが指摘したが、その通りなのである。
「その人が連想したとしても、それ以外の人は連想しないかもしれない。」
レオンさんの指摘はその通りである。
だが、それはルールの落とし穴であり、このゲームを行う意義なのである。
あと、気になっているのだけど、なんでレオンさんは私の手を握っているんだろ。新手の握手?なんで今、握手?
でも、みんなが当然と思っているならスルーしておこう。
ちょっと手汗が気になるけど、嫌ならレオンさんが離せばいいだけ。
というか、これからマジカルバナナするんだから手拍子のために握手なんてしてらんないし。
「レオンさんの指摘は正しいです。でも、それが目的ですから。」
「どういうこと?」
目線を無理に合わせなくてもいいんですよ、レオンさん?
「これは授業で取り扱うもの。純粋に勝ち負けが大事なわけじゃありません。あくまで遊びであって勝負ではありませんから。今回の領地視察にも繋がりますが、他の人の視点、考え方を知るためです。」
ある程度は納得してくれたかな。
それとダメ押し。
「ある小説で読んだ話なのですが。その物語の中の事件の容疑者として挙がった人間のうち、誰が犯人かを確かめるために連想ゲームに近しいことを行ったのです。取り調べをする人が単語を言い、それから連想する言葉をリズム良く返していく。その単語には事件に関係のあるものとないものをごちゃ混ぜにしておく。取り調べには連想して口にしたもの、返答までの時間、そして脈などを測ります。」
「脈?」
三人は脈という言葉に引っかかっているようだ。
「脈拍、心音が一番わかりやすいですかね。緊張する時、冷や汗が出て、心臓がドキドキする。お腹が痛くなったり、手が震えたりする。その中で、心臓のドキドキを確かめるということです。1分の間に何回脈打つか。心臓のドキドキと、ここ、代表的なものだと手首のこの位置ですかね。その音は等しい。その回数を調べるんですよ。」
どうやら、納得してくれたようだ。
「その試験結果からどのような推測をするのかがまた難しく、手腕が問われますが、一つのデータとして有用でしょう。似たようなことであれば、計測などせずとも貴族ならば社交の場で行っていると思いますが、如何ですか公爵さま。」
ちなみに、取り上げた小説とは江戸川乱歩の「心理試験」だったと思う。短編集の中のひと作品。作中の彼は心理試験のために何度も対策を練った。その対策が裏目に出るのだが、そこで最も注目されるのが結果を見てからの分析・推測だろう。一歩間違えれば真犯人を間違えていたところだ。だからこそ、AIからの分析結果を鵜呑みにしてはいけないのだと私は強く思った。数字が正しくても、推測が間違っていたなら、大変な結果をもたらすのだと。
「確かに人の様子を観察して相手の考えていることを読み取ろうとするが、そんなことは考えたことがなかったよ。だが、それができたのなら、万人が相手の考えを知ることができるようになる。私が身につけてきたものも無駄になると貴方は思うのか。」
公爵さまは気になるようだった。
怒っている訳でも悲しんでいるわけでもなく、どちらかというと希望を見ているような?
「いいえ。私はその経験から身につけた公爵さまの力が無駄になるとは思いません。先ほども申しましたが、同じ結果が置いてあったとして、その結果から正しく推測できるのかは全く異なる能力なのです。そこから考えれば、万人が互いの考えを知ることなど到底不可能。たとえ、万人が相手の考えを読み取れるようになっても公爵さまの力が無駄になることはないと私は思います。」
「何故だ?」
公爵さまは私に尋ねた。
「簡単ですよ。例えば誰かが相手の隠し事を読み取れる道具を開発したのなら、それが完全となる前にその道具から隠匿する道具も開発されるに違いないからですよ。そして、万人が互いの考え方を理解し合えたのなら諍いなどなくなるでしょうが、それは不可能。知ることと理解することは全く別次元の話。そして、たった一人が相手の気持ちを理解できるようになってしまったのなら、それは特殊能力というよりも、むしろ呪いのような気がします。」
「喜ばしいこととは思わんか?」
驚きながら公爵さまは聞く。
私の考えが新鮮なのか、いや、それよりも私に驚いた??
「私の意見は想像の産物でしかありませんが、相手がどんな下心をもって近づいてきたのかを知ってしまったら、身分や見た目、そのほか全てを解放されたただの自分に価値があるなんて信じられるわけがないじゃないですか。自分の存在意義、アイデンティティーが揺らぎますよ。」
公爵さま、レオンさんは、きっと沢山の人に囲まれるだろうが、公爵家というラベルを貼られた状態で、ラベルより本人に目を向けている人がどれだけいるだろうか。
「私じゃとても耐えられないでしょう。そういった力は耐えられる人にこそ与えられる産物であるような気がしていますが、私じゃ到底扱える代物じゃありませんから。どんなに相手が嘘をついていても、信じたいと思ってしまう、それなのにそれが嘘だと分かってしまう。信じたいのに信じられない......。まぁ、仮定の話ですがね。」
そう、仮定の話。そんな能力者がいるという話は聞いたことがない。
そして、互いの秘密を全て知っていることが親しいことでも幸せでもない。
「私じゃ何もわからない。きっとそういう人に話を聞いたって真の意味で理解することはできないでしょう。苦しみはその本人だけのものですから。誰とも比べられない、比べる必要もない、自分だけの感情ですから。」
きっと、どう頑張ったって本人の痛みなんて伝わらないのだから。
そしてもう一つ。
機械に頼れば退化する。
前世にだって失われたものはたくさんある。
失わないことはできない、変わりゆくのは当然のことだ。
だが、この世界が抱える問題にはきっとそれがある。
ロストテクノロジーがどうして失われたのかは分からない。
経緯を知らないから何とも言えないが、それが、便利な何かの台頭が原因だとしたのなら。
機械というのは思った以上に危険なのかもしれない。
 




