2日目 II 明日からの予定
「今回の本題は"面積"です。面積とは即ち、広さです。私はノエルが定規や重り、秤などの制作にあたっている間、面積を測ることができる固有能力を持つ方に会って、確認をしていました。ノエルの定規のプロトタイプは完成していたのでそれを使ってね。」
固有能力の欠点は能力を理解できないことだ。
能力を使用するにあたって女神からは何らかの知識が与えられるが、それは使い方であって原理でない。
前世で言うなればAIだろう。
AIは人間には思い付かないようなアイディアや策その他を提示するがその根拠は示さない。
正しい答えが出なくても、それがなぜ間違った答えになるのかは教えてくれない。
ブラックボックスのようなものだ。
だからこそ、AIを扱う社会においてAIの理解が必要な訳だ。
話を戻すと、固有能力の使い方は分かっても原理はわからないから、彼らも何故その数値が出るのかはわからなかった。いや、分からないというより、不思議に思ったこともなかったが正確な表現だろう。それが彼らの常識だ。
私が行ったのは、前世での面積の表し方とここでの面積の表し方が同じかどうか。
結論から言うと同じだった。
私は一辺1の正方形を書き、測ってもらうと"1に近しい"と言われた。
なんだ"近しい"とは?
私の手書きの図だったからズレていたのか、それとも計算方法が違うのか。
私は他の正方形、三角形、その他色々を検証した結果、同じだと判断したのだ。
全て"に近しい"というのが付け加えられたが、それについて聞いてみると、必ず"に近しい"と出るのだそうだ。
彼らの数の中に自然数以外が存在しないから、詳しく出ないのだろうか。
ならば、小数や分数の知識が身に付けば変わるのだろうか。
さて、私の考察はさておき、大変な検証により、私の頭のなかの仮説は証明された、とした。
なので、今回は面積について話していこうと思う。
「この方眼紙の一つの正方形を1マスと呼びましょう。この1マスが1という広さです。」
「なら、このマスいくつ分かを見れば広さがわかる訳だな。」
レオンさんが応答した。
「そういうことです。ですから、この四角形は6という広さになります。縦の長さが2で横の長さが3の長方形です。」
さて、ここからだが、ノエルは気づくかね。
「ノエル、気づいたことは?ピンとくるんじゃない? 2、3、6 という数字の取り合わせ。」
自然と積が8より小さい数になるのはご愛嬌。
だって訳が分からんもん。
「2 も 3 も 6 の約数ですね。とはいえ、当然といえば当然ですが。マスの数を計算で求めようとすれば自然と2x3となるでしょう。最初はピンと来なかったけど、今なら当たり前のこと。」
「そう。掛け算という計算方法です。レオンさんにはこれを。ここに一通りの掛け算の答えが書いてあるから、なんとなくわかると思います。図をみると、縦に2個あるのが横に3列あるから2x3。計算方法は基本的に暗記。ノエルは全部暗記しているし、これから他の人にも暗記してもらう予定のものですから。」
私は算数IIの教科書の該当ページを開いてレオンさんに見せた。
「これを、全部暗記??」
レオンさんは驚いているみたいだけど。
「意外と難しくはないですよ。法則もあるし、繰り返し声に出せるように語呂まで頑張って作ったんですから。僕も思ったほど苦労はしませんでしたよ。」
と、経験者ノエルは語る。
この世界は色々と数字が違うから7x7までしか掲載していないんだよな。不本意。
私としては9x9まであった派の人だからちょっと物足りないんだよな。インドは20x20くらいまであったらしいし。
「そんなもんか?」
「そんなもんですよ。」
相変わらず、レオンさんとノエルは仲がいいな。ノエルは実は兄とか欲しかったのかもな。
「まぁ、その教科書はノエルが作っていますし?ノエルもわかりやすくなるようにと趣向を凝らしたものですから。」
レオンさんはその言葉にも驚いたようで、ノエルは少し照れていた。
「さて、これだけでは楽しくないから、考える問題を用意しました。この図形の面積を求めて欲しいんです。」
私が見せたのは平行四辺形。
平行四辺形という用語はノエルに言ったかどうかは知らないが、大事なのはどうやって求めるか。
「まずは、計算とかどうでもいいので、マスの数を正確に数える方法を。次に、計算で求める方法を考えてくださいな。因みに先程求めたのは長方形という形。長方形の定義は<四つの角が全て等しい四角形>即ち、全ての角が直角な四角形です。先程のような長方形ならば、計算で簡単なのですがね。」
と振ってみた。
要は長方形にしろと。
まぁ、それから私は平行四辺形、菱形、直角三角形、台形、などの面積の求め方を出題し、悉く二人は成功させやがった。チッ。授業の参考にもなりゃしねぇ。
レオンさんもノエルもハサミで切ったり書き直したり、色々して長方形を完成させてしまった。
一応、公式も教えてやったが、釈然としなかった。
もう、何も教えなくても勝手に学ぶんじゃね?と思っている。
こんな考え方は良くありませんが、教えないで、頭を捻って苦労しているところを楽しみたいなんて考えてしまうものなのです。苦労している横で、"あぁ、ちょっとアソコをコウすれば完成なのにな、うぷぷ。"なんてニヤニヤするのがいいのではありませんか。(我ながら酷い。)
そういう意味で、彼らは教えがいはありますが、ニヤニヤする間もなく完成させてくるのです。
私はふとレオンさんに聞いた。
「レオンさんは明日はどうするんですか?」
「ん? 明日からはねぇ、セシルと一緒にいたいものだけど、エマール領内の視察に行く予定なんだ。」
「そうなんですか......。」
視察、視察ねぇ......。
「そんなに姉さんと一緒にいたいんですか?」
「当然だろう?アレ?セシル聞いてる?」
視察か...なら、いい機会だから行っておいた方がいいかな?
ずっと忙しくてできなかったのよね......。でも、一度はやらなきゃいけないことで。
「あー姉さん、聞いてないや。そして、レオンさんの言葉も全く響いていない。」
「ノエル、直接的すぎないか。」
「あ、すみません。直接的に言う癖がついているんですよ。そして、あなたの言葉もかなり直接的でしたね。」
「俺だってなんとなく分かっているんだ。遠回しに言っても通じないことくらい。」
「懸命な判断です。でもコレは恐らくそれよりも気になった言葉があったんでしょう。レオンさんの落ち度じゃありません。」
「そうか......。」
そうだよな...今はレオンさんが居るから授業を投げていられるけど、新しい単元とか入ったら、そんなことしていられないし。そして、新しい科目に必須な調査だ。人伝てのものじゃ恐らく授業にならないし、どんなふうに扱うかも、正直行き詰まっている。ならば、自分で見て知るしかないか......。調査記録に拠るならば、それぞれの集落・村はかなり特色がある。なんなら、集落・村ごとに作っているものが全然違う。流石にひと所でしか作っていないみたいなことは無いけど、作り方とか、何に焦点を当てているかは随分と違う。でも、本人らはそれに気づいていなくて。で......視察をしている人も書いていないことがたくさんある。あとは雰囲気かな。
この国には四季とかがなくて、基本的には前世日本の春秋が一年中続いているような感じだから、夏休みを設けにくい。実は夏休みを2ヶ月くらいとって、その間に自由研究や読書感想文のようなものと村対抗村紹介合戦みたいなのを計画し、それに向けて理社系科目は勉強していこうと思っていたのだが......。とはいえ、前世と違い、教科書を1年で終わらせなければならないということはないからと楽観的になっていた。だが、ここで視察に行けるなら考えられることも増える。例えば、屋敷組の調査場所を王都にすることで、彼らに快く王都に行ってもらおうという下心のもとに、17(**)月と1月を休暇とし、その間に計画を実施。それならば、授業も間に合うし、完璧なのではないか??で1月最終休息日に特殊なテストを入れて......領内統一〇〇○テストなんてネーミングで。いいじゃん??
「その視察ついていくことは可能ですか?」
と聞いてみたんだけど、なんでそんなに驚いているのかな?
「姉さん、どこまで聞いていたの?」
「どこまでも何も、レオンさんが明日から視察へ行くと言っていたので、いい機会だから領内の全村を回りたいなって思っただけですが。」
「やはり、何も聞いてなかったのか。いいけど。セシルが視察に行くことなら可能だと思うよ。一応、お伺いは立てないとだけどね。」
何も聞いていなかった?ちゃんと聞いてたじゃん。視察行くって。自分で明日の予定聞いといて答えを聞かないなんてことはないよ。
「にしても、姉さんが視察に行きたいだなんてどうしたの?」
「授業の準備だよ。一応、資料は読んであるのだけど、ちゃんと自分の目で観察しておかないとと思って。資料だけじゃ授業内容に行き詰っていたとこだし。コレを逃したら、また忙しくなって行けなさそうだし。」
「あぁ、授業って領地ってやつのことだね?そうか...姉さんじゃないと見えてこないところもあるし、アドバイスのしようがないのか。でも、行くとしたらお忍びになるよ。見つからないように気をつけてね。なんなら僕も行く。授業を進める者として見ておきたい。」
「なんで?」
インタビューできないじゃん。
まぁ、しなくても雰囲気ってのは読み取れないこともないけどね。
「姉さん、僕もだけど授業でかなり顔を見られているし、僕たちは屋敷の外に出たことがないから珍しがられて調査にもならないと思うんだよ。レオンさんたちは高貴だし目立つけど、僕や姉さんのように顔は割れていない。ただの高位貴族だ。」
そうか。芸能人みたいなものか。
「分かった。隠れているよ。」
私がノエルに返事をしたら、ノエルはうなずいていた。
「二人で納得しているようだけど、その授業とはなんだい?」
あ、レオンさんを置いてけぼりにしてしまった。
やっちゃったー。気をつけてたのに。
「領地についてより知るための授業なんです。そのために、それぞれの集落・村など同じ教会で授業を受けている人たちでグループになって自分たちの住んでいるところについて紹介してもらおうってなってるんです。授業ではその紹介の前段階である調査についてや伝え方、どんなところを紹介したらいいのかについて核心に触れないように注意しながら進めていく予定なんです。しかし、僕たちは屋敷の外に出たことはなく、実際のところは資料でしか読んでいないんです。でも、本当に紹介したらいいところって実は資料じゃ足りない、と思っています。」
やだ、ノエル分かりやすい!!
私より分かりやすいんじゃないかしら!!
「つまりはそのための情報収集か。俺と父は文字の普及についての調査が一番だろうが、様子についても見るつもりだ。それに、セシルやノエルがどんなところを見ているかも興味がある。それに、王都に行く前に領地のことをより知っておいた方がいいだろう。」
レオンさん理解速っ!!
でも、聞き逃せないことがある。
「あの、王都へ行くってなんですか?」
また二人が目を見開いてこちらを見ている。
息が合いすぎてやしませんかね。
「あぁ、姉さん聞いていないのか......。14月から来年のこの頃まで僕たち王都に滞在するんだよ。」
へ??
「うちの公爵家が滞在している期間、セシルとノエルは公爵家のタウンハウスに滞在することになっている。まぁ、基本は自由だから気にしなくていい。で、その時に魔法を一緒に習うことになっている。俺が王都滞在しているときに習っている人がいるんだ。特にノエルは希少な才能の持ち主だ。生まれた頃から無意識に魔法を使う者などそういない。だから、ちゃんとした優秀な魔術師に習った方がいいだろう。伯爵たちはいつも通り"年初めの夜会"にのみ王都へ行くそうだ。俺も次が初めてだから楽しみだ。」
へ??
既に意味わかんないけど......。
間借りさせてもらうの?
居候だよね。
いそーろー。
申し訳ない......。
公爵家さまの家に間借りだなんて...。
コレではさんなんて気安いにも程がある。
レオンさまさま??
「では、その期間はレオンさまのとこにお世話になると?」
「そういうことだな。あぁ、大丈夫。授業の問題は解決している。書類の転送機が完成してね。使い道がないと貴族の間での評判は悪いんだが、君らにとったら神器も同然。それと放送を用いて通常通り授業ができるから安心していいよ。」
へー、授業問題ないんだー。
魔道具すげー。
すんげー。
「姉さん、ぽけーっとしているけど平気?」
「平気。ちゃんと聞いてた。王都滞在の件。なんか凄い。レオンさまお世話になります。あとは、公爵さまに挨拶しなければ......」
急に腕を掴まれた。
レオンさま?
「後でいい。今は座って?混乱しているんだろうけど、そうだな、今は明日からの話をしようか。領地視察の件だ。何が見たい?」
ゆっくり椅子に座らされた。
ノエルみたい。
えぇっと......。
領地視察の件。
あぁ、領地を見て観察したい。
「レオンさまもノエルも行くなら、そうですね......。皆の感じたことを知りたいです。視察中は互いに何も話さずにノートに記録する、で、それを夜か休憩時間、移動中などで確認したいです。特にレオンさまは領外から来ているので領内の人とは違う発想をすると思います。それが面白.....いえ、大事なのです。」
「なるほどね。違う見方をする人の意見を聞きたいと...。俺も興味あるし、恐らく父も興味があるから、父の意見も聞けるかもしれないよ。確認しておくね。」
恐れ多いけど、助かる!!
領外からの意見ってなかなか手に入らないから貴重なんだよな。
「でさ、セシル?」
「はい、なんでしょう?」
レオンさまさまさまじゃ足りません、感謝しています。会話中にこんなに"さま"を付けたら逆効果なので言っていませんが、とても敬ってます、感謝してます。
あと、なぜ徐に握手をするんでしょう?貴族は握手が好きなのか?社交界では握手とか当たり前なのか?でも今は社交でもパーリーでもないでしょ?これが日常?
「"さま"付けダメって言わなかったっけ?」
そうだっけ?
でも、レオンさまさまさまさまにさまを一つも付けないなんて不敬なことはできません。
「王都でもお世話になる予定で視察まで手伝ってもらっておいて"さま"を一つもつけないなんてあり得ません。」
「"さま"を2つ以上つけるつもりだったのかな?」
バレた!!
というか、自分で墓穴掘ってたわ。自白してた。馬鹿だった。
でも、責められることじゃないよね?
公式な場では言ってないし。今も言ってないし。限りなく感謝と尊敬しているだけで。
「感謝の意味を込めてです!!大丈夫、公式の場では1つで我慢します。なんなら、今まで我慢してきてます。」
問題ないでしょう。
どこに問題がある。
「そういうことじゃないんだよな。」
レオンさまさまさまさまさまさまが何か言ったような?気のせいか。
「セシル?感謝してるなら"さま"付けないでくれる?俺が嫌でも"さま"つけて呼ぶの?それってもはや嫌がらせでは?」
グハッ。
確かに......そう言われればそうかも。
「すみませんでした、レオンさん。」
「本当は"さん"もいらないんだよ?」
いや、それは流石にない。
マジでない。
「まぁ、今はコレでいいや。そろそろご飯の時間だね。行こうか。」
レオンさんがそう言って私を立ち上がらせた。
「ノエル、笑いすぎだよ。」
レオンさんがそう言うのでノエルの方を見ると、声を出さずに机に突っ伏して震えていた。
「ノエル、何か面白いことがあったの??」
「いや、面白いことしかない。姉さん......面白すぎる。」
??ノエルは笑いを堪えながら答えた。
「ノエル。」
心なしか低い声でレオンさんが言った。
「すみません......。ドンマイです...レオンさん。」
まだノエルの笑いがおさまらない。
さて、昼ごはんの時間だ。




