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2日目 I

 レオンさんと私とノエルの3人で部屋を出た。


 「今日はどこで過ごしたい?」


 レオンさんが尋ねてきた。

 どこで? Where? ...

 基本的に図書室以外の場所で過ごさないからなぁ。そんなところに行ったら、絶対に会話なんてしないし、退屈させちゃうよね?

 それに、エマとセルジュに発破かけたばかりだから、恐らくは図書室で準備しているはず。私はそれを邪魔したくはない。


 「セシル?いつもはどこで過ごしているの?」


 いつの間にか超近くに顔があったレオンさんに聞かれたけど、驚きすぎて距離を置くことしか出来んかった。

 というか、質問に答えないと。


 「私はいつもは図書室にいます。そこ以外には基本的に行きません。」


 「では図書室に行こうか??」


 レオンさんがそう言ってくれている。

 ここは図書室でも......いやだめだ。

 そんなの、友達との会話中にスマホいじるようなもんだ。


 「いいえ、流石に客人を退屈させるわけにいきません。それに......エマとセルジュ、ウチの使用人たちが今、頑張っていると思うので、妨げになりたくはありません。」


 「姉さん、その問題はないよ。エマとセルジュと、何故か加えてイーヴは昨日あたりからずっと講堂で対策をしているよ。姉さんのノートも全部持って行っているから、問題ないよ。」


 「そうなの?なら問題はないけれど......レオンさんがいるのにそれでいいの?」


 「大丈夫。セシルが好きなことがいい。お互いを知ることが目的なんだから。」


 レオンは笑顔で応じた。


 「うーん......なら、そうしようか、そうしましょうか?」


 「無理に敬語を使わなくてもいいよ。」


 私の言葉遣いに気を遣ってくれたレオンさんはそう言うけど。


 「いえ、流石に、大丈夫です。無理していません。」


 と丁重に断った。


  「そう?なら()()それでいいよ。」


 いいも何も歳上かつ身分上なんだから。

 最初はエマたちにすら敬語使わないのに抵抗あったんだから。無理っす。むしろ其方の方が精神的に無理がある。


 「姉さん、レオンさん、こっちですよ。」


 ノエルは私たちを図書室へ先導した。


 正直図書室で会話が生まれるかどうかがとても心配である。


 「セシル?普段は何をしているの?」


 レオンさんが会話を振ってくれた。


 「そうですね......基本的には授業の準備です。教科書やテストの作成、授業計画の見直しとかですね。」


 「授業関係以外は?」


 以外??

 いや、それが私の一日なんだが。

でも、そうだな......。


 「個人的な勉強として、他の人の研究を読んだり、自分の頭の体操をしたり、ノエルに勉強を教えたり、ですかね?」


 「なるほどなぁ。なら、私に勉強を教えてよ。」


 へ??

 「レオンさんに?ですか?」


 「うん。なんとなく知ってると思うけど、セシルが教えている算数ってやつは一般的には勉強しないものなんだ。だから、私もよく分からない。興味があるんだ。」


 納得。

 確かに、両親も他の人も計算をしていたことはなかった。だからこそ、最初から丁寧に教え、ゲームで数的感覚を身につけるところから始めたのだが。

 流石に初めてではできることが少なすぎて楽しくないのではなかろうか。

 それに、ノエルを放置してしまうことになるし......。


 「姉さん、レオンさんは独学で最初の教科書の内容は理解しているから、そこまで考えなくてもいいと思うよ。」


 「そうなの?」


 え?まじで?

 よく独学で理解したね?

 私も前世では独学というのは少なからずやっていたけれど、それは土台があってこそだ。でも、その土台を自分で作るだなんて想像できない。日常に計算がありふれて、親に教えてもらって私はたどり着いたのに......(多分。きっと。覚えてないけど。)


 「流石に何もできないでは恥ずかしいかと思って父と一緒にあの本を解読したんだ。昨日ノエルに不明な点を教えてもらって納得した。」


 昨日そんなことがあったのか...。私が寝ている間に。ふーん。


 「わかりました。なら......図形、にしましょうか。物によっては事前知識が不要だったはず......。」


 計算は...掛け算が出てくるかな...。

 まぁ、頑張ってもらおう。

 レオンさんはポテンシャル高そうだし。

 あれを独学でやってきた強者だし。


 「姉さん、僕が知ってるやつ?」


 「どうだろう......ノエルに抜けがなく教えられてないからな......初めてかも?図形とかはあまりやってないんだよね。」


 「なら僕も楽しめるね。」


 ノエルもなんかワクワクしてるけど、大したことじゃないよ。

 図形の面積だ。

 立方体の切断も魅力的だったけど、平行垂直のイメージとかが難しいし、断面図がどんな形か判断するための知識も不足している。あと、知識なしでやるなら、豆腐と包丁が欲しい。実際に切りたい。

 図形の面積なら最悪、数を数えればいい。

 ノエルなら掛け算すればいい。レオンさんも表を見て探せばいい。


 図書室にたどり着いて、私は固定式物差しと大量の紙を用意した。

 固定式物差しとは私が方眼紙を作るために特注した一品だ。いや、可動式なんだが、固定式なんだ。

 ある大きさの紙にセットして、自分が思う感覚で定規を動かしていく。枠は動かないので真っ直ぐな線を引くことができるというわけだ。ちなみに動かす長さを調節するためにそちらにはメモリが付いている。ちなみに縦線用と横線用の二種類ある。必要に応じて各教会に装備していく予定だ。


 私は薄い色のペンで方眼紙を作っていく。

 鉛筆で書けば、ペンを消さずに書いたことだけを消すことができるわけだ。


 「綺麗な四角がいっぱいだね......。」


 これは方眼紙を初めてみたレオンさんの言葉だ。


 ちなみに方眼紙完成前に少しだけ知識を入れていたノエルは、初めて方眼紙を見たときに


 「正方形まみれだ。」


 と言った。これが知識の差である。


 「まずはこの四角だけど...レオンさんは何をもって四角と判断しているのですか?」


 だから、まずは認識を確認する。

 算数や数学では皆の認識が統一されるように一つ一つの日常で適当に使っていることの定義を丁寧に確認する。


 「そうだな......四角というくらいだから曲がっている(かど)が四つなら四角ではないか?」


 そう、考えますよね?


 私はレオンさんにある図形を描いてみせた。

 凹四角形と呼ばれる、狐のような形で、少し三角形に近づけるように気をつけた。


 「では、レオンさん、これは四角形ですか?」


 それを見たレオンさんは困惑したようだった。

 対してノエルは同情するような懐古するような目をしていた。

 同じことをノエルにしたから、レオンさんの気持ちがわかるのだろう。


 「いや、これは......四角ではないだろう。俺は三角のように思う。」


 ??俺?

 素では俺という人なんだろうか。


 「いいえ、これは歴とした四角形です。見てください、貴方の言うように角が4つあるでしょう?」


 「これも(かど)と言っていいのか?」


 180度を超える角ってなんか角らしくないような気がするのはわかる。


 「角でしょう。」


 「だが、そんな気もする......。」


 「今のではっきりしたことが一つ。案外、皆認識が曖昧なのです。四角か三角かも適当にしか判断していない。これを確固たるものにし、全員の認識を一つとする、これが数学いや、算数の醍醐味なのです。他の事柄にしても、人によって想像するものが違うなら混乱が起きるでしょう。それを防がねばなりません。」


 取り敢えず、総括をしてみた。


 「その重要性は今、身に染みてわかったよ。」


 「えぇ、理解が早くて助かります。では次に、どうしたら四角形と判断するのか。私はこう定義します。<四角形とは平面上で4本の線分に囲まれた図形である>、と。線分か直線かというのは微妙な判断ですが、このようにします。ちなみに直線というのは<二点間を最短距離で結ぶ線>のこと、線分とは<二つの点に挟まれた直線の部分>となります。」


 うろ覚えだったし、当時、問題解くのにも大して意識しなかったけど、定義の大切さって身に沁みるな......教科書つくる立場、教える立場になると。


 「線というだけでそれだけ定義が分かれるんだな。」


 レオンさんも細かいと思ってるでしょ。

 授業するにあたってこれでも粗いのよ。


 「そして、四角形にもいくつか用語があり、性質があります。定義と性質の違いは理解できますか。」


 私も曖昧になりがちなんだけど。


 「あぁ、説明はしにくいんだが。定義というのが先にきて、性質の方が後付け、定義から性質が導かれるのではないか?」


 あ、完璧だわこの人。


 「さすが、というか、もう説明いりませんかね?基本的に一つの用語に定義は一つですが、そこから導かれた性質は複数あります。では、ざっくり、用語と性質を説明しましょうか。」


 私は最低限の説明をした。

 恐ろしいほどに理解が早いので、レオンさんもノエル同様、授業をするときの基準にしてはならない人みたいだ。

 

 教えた性質は3つだ。

 一つ目に、角(頂点)が4つであること。

 二つ目に、対角線を2本もつこと。

 三つ目に、内角の和が360度であることだ。

 三つ目の内角の和に関して、360度と言っても伝わらないので、角を切り取って円のように点を一周するところをみせた。

 加えて、それを説明するにあたって必要な用語を教えた。


 「ざっくりと四角形とはこんな感じです。では、私が書いたこの四角形まみれの紙、方眼紙を見てください。この方眼紙に書かれている四角形はかなり特殊なんです。四角形の中で特殊なものは名前が付いているのですが、その一種で正方形と言います。どこが特殊なのかわかりますか?」


 「俺にはこれまでの他のに比べて整っているように見える。全部同じ形なのではないか?」


 「正解です。確かに、全て同じ四角形、合同な四角形の集まりです。では、一つに注目してください。」


 全て同じだから綺麗に見える。あながち間違いではないが......。今回のはそれじゃない。でも、合同でこれだけ埋められる理由に気づければそれもまた近しい答えなんだろう。まぁ、他の形でも?計算すれば綺麗に埋まるけどね。


 「定規、ノエルの力作なんです。使ってみてもいいですよ。」


 私は定規をレオンさんに手渡した。

 ヒントなんだけどね。


 「これは...?下に書いてあるのは長さを測る単位だったと記憶しているが......まさか長さが写しとられているのか?」


 はい、せいかーい。

 言わないけどね。


 「ならば......ここをこうして......」


 長さを測るか、まぁ、比べる方法はそれだけでないが。


 「全ての辺の長さが同じだな。」


 これがレオンさんの答えですか。

 ノエルと同じですね。


 「えぇ、間違いじゃありません。正解です。ですが、足りない。」


 ノエルの表情が微妙だ。

 意外と嫌な記憶なんだろうか。


 「正方形が特殊な四角形たりうるのはそれだけが理由ではありません。ここ、角が直角になっています。直角、つまり、右にも左にも傾くことなくまっすぐということ。例えばこの紙の端、そうですね、他には本棚も。これらを直角と呼び、正方形の角は全て直角なのです。」


 「確かに、綺麗で、しっかりしているように感じたのはこれか......。」


 レオンさんはなんとなくの正体に気づいたようですね。


 「ですので、正方形の定義は<全ての辺の長さが等しく全ての角が直角な四角形>となります。性質はありますがそれは追々。今回のテーマに入れなくなってしまいますので。ノエルはずっと遠い目をしていますし。」


 「いえ、ただ、姉さんに聞かれて同じことを答えたなぁ、と思っただけです。定義と性質の違いをレオンさんが的確に答えたところは尊敬しますけど、昔の自分を見ているようで複雑......。」


 あ、やっぱりそうだったか。

 心配せずとも、私もその道を通っているんだよ。

 もう、何年前かもわからない前世でね。

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スピンオフ短篇の紹介

「ラッキー7の世界で」スピンオフ短篇

作品紹介


完結済

すべてはあの桜花のせい

悠という少年の巣立ちの物語。推理SF小説。

連載中

魔女の弟子と劣等学級 -I組生徒の過ごし方-

魔女の弟子が初めて街に降りて人と関わる学園もの。

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