婚約成立
翌日、朝起きて支度を済ませると、応接室にはアズナヴール公爵と思われる人と、レオンさん、お父さま、ノエルが揃っていた。
「まずは、はじめまして。私がアズナヴール家の現当主でそこのレオンの父である、エリク・フォン・アズナヴールだ。以後よろしく頼む、エマール伯爵令嬢。」
公爵さまが挨拶をしてくれたので、私もそれに倣って挨拶をした。
「お初にお目にかかります。エマール伯爵家長女のセシリア・フォン・エマールと申します。今後ともよろしくお願いいたします。アズナヴール公爵さま。」
はじめまして→家名→役職?→フルネーム→よろしく→相手の家名+役職+敬称
こんな感じであっていただろうか?
「あぁ、この度は良い縁を結ぶことができて喜ばしい。これからも末永く良い関係を続けていきたいものだ。さて、早速だが、正式に婚約を成立させるために、この紙に名前を書いてほしい。証人はここにいる私と伯爵、そしてノエルどのだ。」
公爵は紙を見せてくれた。
結婚届ならぬ婚約届のようなものだろう。
「まずはレオンからだ。」
「はい、父上。」
レオンさんは婚約届的な紙に名前をスラスラと書いた。
こういう大事な時ほど自分の名前って歪むよなぁ、大丈夫かな。
手汗が半端なくて、滑りそうで怖い。
こんなところで汚い字なんか書くわけにいかない。
私はプレッシャーで押しつぶされそうになっていた。
「では、エマール伯爵令嬢、名前を。」
「はい。」
私は呼ばれて、紙に名前を書いた。
少し形が整っていないけれど、見逃してくれないかな。
「次に証人として、まずは私が、次に伯爵、最後にノエルどのの順で名前を書く。」
公爵さま、お父さま、ノエルの順に名前を書いた。
「これで正式に婚約が成立した。これからもより一層、よろしく頼む。」
公爵が取り仕切って、婚約が正式に成立した。
まぁ、問題ないでしょう。どうなっても私は変わらないし。
「では、エマール嬢、これからは私もセシルと呼んで構わないかな?」
「はい。」
いちいち呼び方を確認するのは貴族のルールなのだろうか?
単純に紳士な人だなぁという感想しかない。
「ありがとう。私のことも義父と呼んで構わないからね?」
公爵さまはニッコリと笑って仰った。
「!?ちょっと待った!!」
そこに水を差したのは意外にも最近空気になりがちなお父さまでした。
「なんだい?パトリス。私が何かしたか?」
「義父と呼ぶのは結婚してからでいいでしょう!!」
お父さまが叫んでいる。
父親という人種は娘が結婚したり交際したりすると寂しがったり嫉妬したりするものだ、という記述をどこかで見た気がする。ステレオタイプなんだろうけど、でも、そういう人が一定数いるのもきっと事実なんだろう。
でも、現在行われている攻防は何か違うのではないか、と思う。
何より、ただ婚約しただけだ。貴族じゃ珍しいことでもないそうだし、これから破棄というか、破談になる可能性は当然ある。別にレオンさんだって私が好きで婚約というわけでもないだろう。彼に私に対する好感はあると思う。私の勘違いかもしれないが、仲良くなれそうな感じはしているし、すぐにでも友達に昇格できそうだ。
「なんの嫉妬かな、パトリス。私は家でまで公爵さまとは呼ばれたくないよ。」
公爵さまはくすくすと笑いながら言った。
でも、家?それならば、お父さまの言い分じゃないけど、結婚後でいいのでは?
「だったらノエルはどうするんです?」
お父さまはまたもや反論した。
「そうだね。ノエル君なら......ノエル君も義父と呼んでくれていいよ?」
「余計に訳がわからなくなってるんじゃないですか!!」
「いいじゃないか。君が父であることも、君の子どもへの愛情も、呼称程度で変わってしまうものではないだろう?」
「当然だ。」
「なら、いいではないか。無問題だ。」
「まぁ、確かに...?」
なんか、公爵さまに言いくるめられている?
正直、どうでもいいことだから私には反論が浮かばない。
「では、私はパトリスと歓談を楽しむことにするから、君たちは仲を深めておいで。次の王都滞在期間では一緒なのだから。仲は良くないとね。」
ちょっと意味がわかんないかな。
チョットイミガワカンナイカナ。
「はい、父上、昼時には戻ります。」
レオンさんが挨拶をして私とノエルとレオンさんは部屋を出て行った。




