閑話 : ノエルの授業??
パタン
ノエルはセシルの部屋から出てそっと扉を閉めた。
ノエルとレオンは並んで歩いていたが、終始無言だった。
最初に口火を切ったのはノエルだった。
「レオンさん.......。姉さんが婚約を良しとしているので婚約は明日にでも正式に成立させてよいと思っています。えぇ、そう思っています。いますが、まさか、愛妾なんかつくって姉さんを放ったらかしになんてしませんよね?」
無表情で、低い声をだしながら言った。
「俺は愛妾なんかつくる気はないっ!!まさか、あんなことを言われるとは.......セシルは俺をなんだと思っているんだ?」
レオンは少々落ち込んでいるようだった。
「いや、こちらこそ、傷を抉ってすみませんでした。姉さんがあそこまでとは思っていませんでしたので。」
ノエルの先程の怒気は見る影もなく、しおらしく、申し訳なさそうにしていた。
「いや、ノエルが気にすることじゃないんだ。ただな、まさか、本が読めれば何でもいいといって婚約を了承するとは思っていなくてだな......。返事を先延ばしにされるほうがよかっただろうか?いや、婚約は成立するのだからそれでいいのだろうか?」
「心中、お察しします。ただ......愛妾云々はきっと小説かなんかからの知識でしょうから、気になさらない方がいいかと。」
「セシルは愛妾が出てくるような小説を読むのか?」
「姉さんの好みではありませんが、教会に誰でも読める本を置くという事業で本の選定のためにそういう類の本も読んでいただけです。」
「あぁ、成る程。選定もセシルが?」
「えぇ。僕も読みましたが、なんでも、難易度調整のためだそうです。」
「難易度?」
「姉さんが独断で1~7の難易度に分けています。どの本を置きたいかについては本の好みを使用人たちから、難易度を姉さんと僕で調整しましたから。」
「そうか......。なら、俺に対する印象が悪いわけではないんだろうな。」
「そうだと思います。むしろ無関心?姉さんの中では急に婚約を申し込んできた人、くらいでしょう。」
「それもそれで酷いな。」
「いい方ですよ。姉さんが覚えているんだから。姉さんは人の文章とかからは人を覚えやすいのですが、顔とかだとサッパリで、一発で覚えてもらえたレオンさんはやはり第一印象が衝撃的だったんでしょうね。」
「そんなもんか。」
「えぇ。あとは僕から一つ。レオンさんは姉さんにああいう風に言われて傷つくくらいには姉さんに好意をもっているということでいいですね?」
「あぁ。俺は、最初こそ届かないくらいに遠くにいる雲の上の人で俺が釣り合えるか不安だったし、そのために自分を鍛えた。だが、今は抜けているセシルを支えられるように鍛えたいと思っている。そのくらいには好意があるぞ?」
「最初から好感度は高いと思っていましたが、そっか...。印象が変わったのか...。」
「本人が抜けているという自覚がないところがまた。変なところに自信がなくて、変なところに自信があるんだな。」
「ほんと、出来ている部分に自信がないのは何故でしょうね?でも、レオンさん苦労しますね。」
「あぁ、楽しそうだな。速くこちらに関心を向けて欲しいものだが。」
「応援してますよ。あなたが姉さんを支える意思がある限りは。」
「頼もしい義弟だな。」
二人はアズナヴール公爵とエマール伯爵のいる部屋に入った。
コンコン
「失礼します。」
中には公爵と伯爵が座って茶を飲んでいた。
「はじめましてだね?伯爵令嬢殿がいないようだが、先に自己紹介をしてしまおう。私はエリク・フォン・アズナヴール、アズナヴール公爵家の現当主だ。」
入室してきたノエルを見て自己紹介をした。
「はじめまして、アズナヴール公爵。私は、ノエル・フォン・エマール、エマール伯爵家の長男です。経験不足故の無作法は見逃していただけると嬉しいです。」
「そんなに堅くならなくても、君の挨拶に間違いはなかったよ。レオンは一度伯爵に紹介しているし、二人は自己紹介が済んでいるようだからこれでいいとして。令嬢が居ない理由を聞いてもいいかな?」
「それは私から説明してもいいですか?」
「構わない。」
「エマール伯爵令嬢は体調が優れないようで、今日は休んだほうがいいような状況でしたので、部屋で休んでいます。」
「大丈夫なのか?」
「本人は問題ないと言っていたので、大丈夫でしょう。私とそこの伯爵令息が大事をとって休むようにと頼んだ結果ですので、大事ではないかと。」
レオンはノエルに目線を送る。
「はい、私も姉は危険な状況ではないと判断しました。本当に限界なときはもっと顔色が違うので。」
「そうか。明日話せることを楽しみにしていよう。で、婚約の話はできたのか?」
「えぇ、私も彼女も同意しています。」
「私が証人になれます。二人の言葉を確かに聞き届けました。」
「承知した。では明日、正式な手続きの際に最終確認をして正式な婚約としよう。いいね?」
「はい。」
レオンとノエルは返事を返した。
「さてほかに何かあるかな?」
「一つ、いいですか?」
そう言って、レオンが手を挙げた。
「なんだ、レオン。」
「次の王都滞在期間の間、セシルとノエル、伯爵家の二人と過ごせませんか?」
ノエルは目を見開いて驚いた。
「目的は?」
公爵はレオンに尋ねた。
「交流です。婚約を成立させた後、なかなか会えないというのも少々困ります。この滞在期間では互いを知るのに時間が短すぎますから。それに、二人にもメリットはあると思います。」
「というと?」
「私は王都にいる間は、ある魔導士に魔法を習っています。聞けば、二人とも魔法の演習経験がないそうで。」
「一緒に魔法の練習をする、と。」
「はい。」
レオンはにっこり笑って言った。
「で、どうかな?伯爵。二人ならウチのタウンハウスに滞在させてもいいと思っているのだが?」
先ほどまで空気のようだった伯爵に話を振った。
「えぇ、いい提案だと思いますが…セシルとノエルには仕事がありまして……」
「あぁ、授業か……具体的に王都だとどんな仕事に差し障りがあるのだ?」
「恐らくは息子の方が詳しいかと。」
伯爵は息子に話を振った。
「はい、そうですね。放送が王都からできるかどうかが一つ。そして、王都から制作したテストなどを送れるか、向こうからテストなどが送られてくるかどうかが一つ。そのくらいですね。必要なものは王都でもつくりますし、その程度だと思います。」
「なるほど。前者は意外とできると思う。後者は、最近そういう魔道具が開発されたと耳にしたから問題ないだろう。紙程度しか送れない貧相な転送魔道具らしいが、それこそ、君たちが欲しているものなのだろう?」
「はい。」
「ならば問題はあるまい。王都滞在の時期までに放送問題も転送問題も片付けておこう。そろそろいいかな?」
今度は誰も手を挙げなかった。
「よし。コレで次にいける。伯爵令息どの、いや、ノエル君でいいか?」
「はい。」
「なら、ノエル君は君の姉の助手のようなことをしていると聞いているが、授業をすることはできるのかい?」
「えぇ、まぁ、一通りは。」
何故そんな質問をされるのか疑問に思いつつも答えた。
「そうか。ならば、一つ教えてはくれないか?」
公爵は唐突にもそう言った。
「私と息子のレオンはこの本のサンプルを貰ってから内容を理解するべく読んで問題を解いてみたんだ。国語や文字の教科書はとても分かりやすく、自分が勉強したときにこれがあったらと思ったほどだ。しかし、算数に関しては分かりやすく書いてあるんだろうが、教えるものがいる前提だろうからね。自分たちだけで勉強するには少し分からない部分もあったんだ。是非、教えてもらいたい。こちらへ座って。」
ノエルとレオンを促して椅子に座らせた。
「分かりました。それで、どこが理解できてどこが理解できなかったのですか。」
ノエルは公爵とレオンに尋ねた。
「私たちは計算というものは何となく理解できたんだ。+というマークと-というマークも読んでいけば理解できたので、問題集という本を解いて、目安の速度でできるまで練習をした。」
「公爵、参考までにその目安の速度とは?」
「あぁ、実は一度王都の屋敷に伺った際に、計算コンテストなるものを行なっていて、その時の制限時間?である時計の長い針が7から3になるまでに何問解いたらいいかを、その計算コンテストの上位者を基準に決めた。」
「なるほど……。」
(独学で彼らと並ぶように練習するというのは恐ろしいものだ。)
「対して、理解できなかったのはココだ。林檎が棚に入っている問題だ。問題集には載っていなかったが、教科書では最初に扱っていた。ならば、基礎と考えるのが当然だろう?だから、ちゃんと理解したいと思ってな。」
公爵はそう言った。
(確かに、この分野は分からないって人が多くて授業回数を伸ばしたし、テストにも何度も出した。コレから先に繋がる大事な内容でもあるから......。それにしてもそれ以外を理解したって、この人凄いな。)
「でしたら、実物を使って説明しましょう。」
ノエルはそう言って席を辞し、重い実物を魔法の力も使って運び込み、説明をしていった。
「なるほどなぁ。」
「そういうことだったのか......。」
公爵とレオンはそれぞれ納得している様子。
「因みに、コレが応用されることはあるのか?納得はできたが、これをどうしたらいいのかが分からなくてね。」
公爵は利用方法について質問した。
「これは計算で使えるのですよ。」
既に授業モードのノエルである。普段の会話よりもワントーン声が高い。
「そうですね。6+5という計算があったとしましょうか。この計算はその教科書や問題集に入れていないのですが。このとき、一番端では溢れてしまうでしょう?だから箱に詰めて次の棚に入れる、と。そうすれば答えが14とわかる。コレより大きな数もです。棚に入りきらなくなったら次の棚に行くというのが基本的な考え方です。」
「そのような計算も今後扱うと?」
「はい。その予定です。」
公爵の問いに対してノエルはそう答えた。
「これは、大変なことだな。それだけのことを領民全員が身につけてしまうとなると。手腕が恐ろしいよ。まだ、たった1年だ。」
困ったような顔をした公爵にノエルは言った。
「違いますよ。たった1年ではありません。皆がこの水準で計算できるようになるまで2年は掛かっています。報告書にも書いたカードゲームは7をつくる組み合わせを覚えるもの、その過程で何度も数字と数に触れます。その過程があってこその計算速度です。だから正直、驚いています。その教科書だけで数ヶ月であの計算速度にたどり着くのは。」
「はっはっは。そう言われると嬉しいもんだね。だが、実際に領民の水準が上がった。コレは紛れもない事実だ。他の貴族の中には平民に知識を与えたくない者もいるだろうが、少なくともエマールと懇意にしている家は、領民の水準を上げたいはずだ。本音で言うなら、すぐにでも領地に取り入れたい。他もそうだろう。」
公爵はそう話した。
「だが、真似するだけでも至難の業。そして思いついた君の姉はとんでもないね。そして、その計画に助手としてついていっている君もだ。その算数をどこまで理解している?」
「姉が言うには数年分は先に行っているはずだと。私の学習は実験みたいなものですから、そこから考え方や学ぶことを固めていくための。」
「数年分か...恐ろしいな。私は報告書を拝見した。一つ一つの施策に意味があって、思いもよらぬところからアプローチをしてくる。施策でここまで自分の思う通りに人を動かすとは、と寒気がしたよ。法律、欲、その他で操るのは貴族の十八番だけど、こういうふうに誘導するのは盲点だった。」
「確かに、姉は施策を考えるときに感情を大事にしているようではありました。それが公爵のいうことに繋がるのでは?」
「そうだな。」
「もし、よろしければ、次から使う教科書一式を見てみませんか?多めに作ってあるので、記念にして頂けたら。私としても、反応が見られるのは嬉しいので。」
「それは嬉しい申し出だ。是非見たい。」
こうして突発的にノエルは教師をした。
ノエルは自分が初めて作った教科書を見てもらえて、少し嬉しかった。
セシルは眠ってしまったのでなかなか主人公がでてきません......。




