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閑話 : 書籍「エマール伯爵家」を読んだノエルの話

 書籍「エマール伯爵家」とはエマール伯爵家の屋敷に保管されている、エマール伯爵家の誰かが書いたとされる、未来の子孫たちへのメッセージを纏めた本である。社交界に対する心構えや結婚についての考え方、達成してほしい悲願などが書き記されており、著者の性格が如実に現れている。著者は奔放で愉快な性格をしていたこと、彼の血を色濃く継いでいることが文章を読むとよく理解できるであろう。其れ即ち、他の貴族には理解されにくい思想で絶対に他所様に見せてはならぬものである。


 セシルもまた其の本を読んでおり、それによって識字率向上計画が成ったのだから、とても大きな影響を与えていると言えるだろう。

 セシルはエマール伯爵家らしい思考回路の持ち主で、其の文章には感銘を受けており、貴族家の中でもこの家の子に生まれてよかったと言っていた上、悲願の達成も自らの目標の一つとした。流石に、筆者の気持ちがダダ漏れしていたところはドン引きしていたけれど、その他の考え方には概ね理解を示していた。


 セシルの弟であるノエルは、意外にも一般的な貴族の常識というものを理解していた。彼に出世欲や野心があるわけではない、社交に出なくてもいいならそれでもいいと思っている、しかし、エマール伯爵家が如何に奇妙な家かをちゃんと理解していたのだ。彼のような人物はエマール伯爵家に偶にしか生まれてこない。だから、彼らの暴走を誰も止めることができないのだ。


 もっと簡単に言うならば、セシル他、多くのエマール伯爵家の人間は騙されやすいが、ノエル他、少数派のエマール伯爵家の人間は騙されにくいのだ。


 保護者のような貴族の家々が存在したからこそ大きな損失はしていないが、そうでなければ、彼らのような人種はホイホイ研究成果を放って、それでもって、たくさんのものを毟り取られるに違いない。そして彼らは無自覚だ。


 セシル、いや、七瀬は、そこまで騙されやすい人間ではなかった。壺を売りつけられれば断っていたし、宗教の類にも近づかなかった。肖像権も気をつけ、SNSの露出も控え、ホームページも公式かどうかをURLで確認し、慎重に慎重を重ねていた。親しい人間にくだらないことで騙される騙されやすさや、いじめられても気づかない程度の鈍感さはあったが、害を及ぼすようなものではなかった。

 しかし、それは七瀬としての話だ。ここは常識も何も違う。インターネットで検索を掛ければ何でも知ることができる世界ではないのだ。だからこそ、そのズレた常識は騙されるということに繋がっていくのだ。



 話はズレたが、この書籍「エマール伯爵家」を書いた人物がセシル側の人間であることは何となく分かっていただけたはずだ。そして、セシル側、エマール伯爵家で大多数とされている者たちの常識がズレていることも。ならば、ノエルが読んだときにどのような感想を抱くのか。



~ノエル談~


 僕は姉さんに文字を教えてもらってすぐの頃に、「エマール伯爵家」を読んだ。

 姉さんの計画もこの本を読んで生まれたのだろうことは理解できた。


 でも、僕は著者、この本を書いた人が心配でならない。いや、ツッコミどころが多すぎてならない。


 彼が偉大?いや、良い人物なのは読み取ることができた。領民の生活を第一に考え、どうしたら彼らがより良く生活できるのかを真剣に考えている。彼の考え方はずっと伝えていくべきだし、心から共感した。


 しかし、いくら社交が嫌いだからって本音がダダ漏れすぎると思う。覚えとけと言われるものが多いから最低限を攻めてみた、というような記述があったが、その最低限を見極めるくらいなら、全てを覚えてしまえばいいのに、と思った。彼は恐らく頭もいい、なら、そこまで頑なに暗記を拒否する理由があるのだろうか?いくら何でも、公爵家くらいは覚えた方がいいのではないか?懇意にしている家は優しすぎやしないか?疑問は尽きない。


 そして、懇意にしている家を信用しているとは言いつつも、連中とか、奴らとか言ってはいけないと思う。芋づる式、というのは企んでいそうだけれど、こんなにもダダ漏れする人がそれを予測できたのか、それとも実際に経験があったのか。どちらにしても、流石に年1くらいでは顔を出した方がいいと思う。いくら何でも"年初めの夜会"免除はまずいでしょう。そうでもしないと領地に引きこもりかねないし、もともと免除という便宜をはかってもらっているのだから、年に1度くらい顔を出して挨拶して然るべきなのだが......。両親と姉さんの態度を見ていると、その考えには至っていないみたいだ。


 多くの記述に"ちょっと待って!"と言いたくなるのだが、僕としては、こんな人間まみれのエマール伯爵家が貴族として存続していることに驚きでしかない。きっと、懇意にしてくださっている家のお陰なのだろう。彼らを支えるのは恐らくは至難の業であろうに。


 両親に姉さんはきっと僕が守っていかないと、この家は大変なことになってしまう。これまで他の家で抑えてきたのかもしれないが、それだけではダメな気がする。自分がしっかりしないと。


 姉さんはスゴイ人だ。

 でも、危なっかしい。

 余った教科書をおそらく王都あたりでばら撒こうとしていた人だ。

 どんな混乱が起きるか分かったものではない。


 僕がちゃんとしないと、ちゃんと止めないと。


~ノエル談・終~


 彼は理解していた。


 エマール伯爵家がブッ飛んでいることを、それを自分が止めないといけないと言うことを。


 だが、彼は理解していなかった。


 彼自身もかなりブッ飛んだ才覚を持ち、常識が少し世間とズレていることを。


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スピンオフ短篇の紹介

「ラッキー7の世界で」スピンオフ短篇

作品紹介


完結済

すべてはあの桜花のせい

悠という少年の巣立ちの物語。推理SF小説。

連載中

魔女の弟子と劣等学級 -I組生徒の過ごし方-

魔女の弟子が初めて街に降りて人と関わる学園もの。

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