アズナヴール公爵家 嫡男 レオン・フォン・アズナヴール
俺はレオン・フォン・アズナヴール、公爵家の跡取りとして生まれ、勉強とお茶会等の社交に明け暮れていた。
勉強は嫌いじゃない。
魔法も、剣術も、知識も、謀略も、積み重ねれば成果が出た。
一度聞けばある程度のことは分かったし、覚えが特別早かったわけではないが、そこら辺の人間よりはよかった。
暗記等の記憶よりも、相手の目的や考えを探る方が得意だった。誰かの善意の裏には下心、笑顔の裏には悪意が紛れている社交界にはうんざりとしていたが、それでも、頭を使って計画をズタズタにするのは悪くなかった。勿論、公爵家に利があるところを潰したりはしていないし、ちゃんと父にも許可はとってある。
社交界ではよく女に囲まれた。香水がキツかったり、露出が激しかったり、急にくっついてこようとしたり、毒を飲ませようとしたり。見合いの釣書もたくさん届いていた。自分は身分がいい方だし、見た目も自分で言うことじゃないが、悪くない。優良物件と言うやつだろう。
父も相手にしなくて良いと言っていたし、いずれ結婚するにしても、身分と見た目に寄ってくる連中は危ないと感じていた。しばらく婚約だの結婚だのという話は出てこないだろう。17歳くらいが結婚適齢期だから、その頃になってからでいいし、相手との相性も、相手の性格も、まだ幼すぎて分かったものではないだろう。
そう思っていた最中だった。
「レオン、お前の結婚だが、エマール伯爵家の令嬢と考えている。この社交シーズンが終わったら領地を尋ねる予定だから心しておくように。」
しばらく、父から結婚等の話は出てこないと思っていたところに、その話を持ってきたから驚いた。
そしてもう一つ、エマール伯爵家というワードだ。
エマール伯爵家、つまらない研究をして、貴族の本分である社交を蔑ろにし、出世への意欲もない、派閥にも属さない、無気力で怠惰な、同じ貴族として恥ずべき、灰色の研究一族。
これが、社交界での一般的な認識。
しかし、俺は父から別の側面を教えられていた。
社交界嫌いで、出不精、有用な研究成果を持ちながら誇示することなく、領内の発展に惜しげもなく遣い、大量の献上品を国に納め、社交を国王直々に免除されている、稀有で、有能、出世を拒んでいなければ、公爵家になっていて当然の実績をもつ家こそがエマール伯爵家である。
我が、アズナヴール公爵家やその他王家を除く、彼らと懇意にしているいくつかの家は何代かに一度、結婚によって繋がりを強くしている。
エマール伯爵家は危なっかしくて、見てらんないんだ、というのが懇意にしている家の共通認識。保護者のような感覚である。
だからこそ、そのつなぎのために結婚すると言うことは理解できた。
「ですが、早すぎやしませんか?エマール伯爵家の者は代々立派ですが、まだ会ったこともない令嬢ですよね?」
「問題ない。本人らの意思を尊重して会ってから決めることになった。用は、見合いみたいなものだな。それに、令嬢の実力は確かなものだ。たった1年で領民のほとんどが文字を扱えるようになったと信じられるか?それを主導したのが4歳に満たない令嬢、サポートしているのがまだ1歳の子息だ。」
瞬間、鳥肌がたった。
それが事実とするなら、紛れもない逸材、いや、天才であろう。
「それに、計算というものを広めていて、数えずに数を把握する技術を広め、これも1年足らずで多くの者が自分のものとしたようだ。教えるために使った本と、本人に書かせた報告書がいずれ届く。それを読むといい。それだけでも、その令嬢がいかなる人物か分かるだろう?」
「その......彼女に釣り合うとは思えません。」
「それは困る。いや、アズナヴール公爵家嫡男としてレオン、お前は彼女に釣り合うようになれ。それくらいしてもらおう。彼女のように実績をつくる必要はない。彼女とてできないことはあるだろう。代表例は社交だろうな。見劣らないように必死で努力しろ。婚約する最大の障害は彼女の弟だそうだぞ?彼女を任せるに値しないと婚約は認めないそうだ。この家を継ぐならば、それくらい為してみせよ。」
これほどに心震える言葉はあっただろうか。
その弟もきっと、恐ろしいほどの才覚を持った人間だろう。
彼女に釣り合えるだろうか?
いや、やるんだ。
「父上、彼女に釣り合うだけの、彼女の弟に認められるだけの、実力を身につけて見せましょう。」
「あぁ。それでこそ我が息子だ。」
父は破顔した。
後に送られてくる教科書と報告書、そしてUNOというカードゲームに魅せられるのはまた別の話。




