セシルの知らないノエルについて
王都のエマール伯爵家に届けられた手紙にはこうあった。
王都にいる皆へ
延長は大変だろうから、頑張ってください。
ついては、次回授業で教科書の内容を先に進めるつもりはないから心置きなく王都に滞在してください。
前回も前々回も、皆さんがいなかった回は年末年始特別編と称して、教科書は進めずに短めで楽しいことをしたから、勉強の遅れを気にする必要は一切ありません。
大好評だったので心配しないでくださいね。
年賀状がたくさん集まってきています。
コンテストの選定について姉さんが憂慮していました。
帰ってきてから直ぐにお願いします。
領民のみなさんの点数は上昇中で今回のテストの出来も良かったので僕も姉さんも嬉しいです。
UNOの追加と交換日記、年末年始特別編で行った問題を一式、用意しておきました。
普段と一味違う問題なので、姉さんの説明をよく読んで頑張ってください。
前々回の授業で"数独"というものを扱ったとき、1問デモンストレーションで解説をした後、算額と同じ形式で、解けた人はその答えを送ってもらいました。前回の授業で答えを発表しましたので、それまでに解けたってことですね。そういう人が意外と一杯いたので、皆さんには簡単かと思います。まぁ、できないのなら仕方ない、仕方ない。
最後に父さんへ、国王に"鬼畜"とか"慈悲がない"とか"心ない"なんて形容詞つけてはいけないと思いますよ。さすがに僕も姉さんも驚き、呆れましたから。課題ができたことはおめでとうございます。しかし、その程度で僕と同等だとは随分とモノを知らないなと思います。課題の解説、追加の課題は姉さんが纏めているのでよく読んでください。僕に追いつけるように頑張ってくださいね。父さんがその問題を解いている間にもっと先へ進みます。
毎年、今年の出立前も言った通り、姉さんの婚約者を勝手に決めてくるのはやめてくださいね。姉さんを預けるに値しない人間なら婚約者でいる権利なんてありませんから、もし、婚約者になりたいというのなら、一度僕の前に連れてきてくださいね。
皆がいない間も、僕が姉さんを完璧にサポートするので安心してください。
この手紙は姉さんは読んでいないので厳重に保管するように。
追伸 : 使者が死者のようであまりに可哀想だから回復用の薬を飲ませました。2日で王都と領地を往復した彼を労ってあげてください。何より、荷物が多くなったのは王都組のせいでもあります。褒美を与えてください。
ノエル・フォン・エマール
「怖い方からだったか......」
「えぇ、怖い方からだったわね......」
パトリスとクラリス、そしてその他使用人はノエルの本性を知っているが、セシルは全く気づいていない。
ノエルは、セシルに対しては猫をかぶっているが、他に対してはナチュラルに煽ってくタイプの人間だ。
そして、セシルのことが大好きだ。
変態的に髪の毛や使用済みの服を集めてしまうような好きでも、恋愛的な好きでもなく、健全な?シスコンだ。
姉のことが心配な優秀な弟で、彼の目に叶わなければセシルと婚約することなど叶わないなろう。
「そして、ノエルにはまだ追いつかなかったか......」
「まさか、そこまでの差があるとはねぇ。」
そして、ノエルに追いつくという夢があっけなく打ち砕かれたパトリスであった。
「というか、私たちが教科書に載っていない授業もかなり楽しみにしているとノエルは気づいて書いているのか?」
「おそらくは。セシルはきっと気づいていないでしょうけど、ノエルは気づいているわね。」
「教科書に載っていることは最低限分からないと聞けば埋められるが、そうでなければ全て失われてしまうということを理解しているのか、いや、理解した上でのコレとは。」
「嘘はついていないのよねぇ。」
「あぁ、嘘はついていないから怒るところがないのだよ。」
ノエルは当然理解していた。
セシルが勉強ばかりで飽きないようにと考えているお楽しみ講義がとても人気で、中でも教科書に載っていない内容こそ、両親が楽しみにしていること。セシルは完全なる善意で教科書を進めないで他の授業をしていること。そして、セシルが自分の本性を知らないこと。
「ノエルの手紙はまあいい。いつも通りだ。セシルからの課題の解説を読もう。」
「えぇ、そうね。ノエルのそういうところも愛しているけれど、ふわっとした気持ちになりたいからね。」
そして、二人が見たのは課題についての解説用紙、そこには筆算のやり方が記されていた。それは、先にパトリスが図で示したものを簡略化し、スマートになったもの、完成形だ。細かく、所々に記されたセシルの説明が、しっかりと理解していないところまで説明されていた。
「これが......」
「えぇ......完成形。確かに洗練されているわ。」
それぞれの感想を胸にしまって、次の課題を確認する。
「111 - 37 を計算方法か。」
「また、大きな数ね。」
「しかし、恐れることなどない。先程の計算方法を使えば直ぐにできるだろう。」
「あら?課題、もう二つあるわよ?」
「なんだと?」
「引き算の計算結果があっているかどうかを確かめる計算方法を考えよ。足し算と引き算の関係性について説明せよ。」
セシルとノエルしか知らないことだが、彼らはこのような証明に近しい問題をコンテスト形式で出そうとしている。そのための実験でもあるため、確かめ算という概念や足し算と引き算の関係をまだ説明していないにもかかわらず、問題としてだしたのだ。1問目はともかくその後は解けるはずがない、思いついたとしても、文章がぐちゃぐちゃになるだろうというのが彼らの予想だ。
「私は課題より、送られてきた問題について見たいのよね。」
「これだな、いつも通りのタイムアタックも用意があると書いてあるぞ。」
「えぇ、後は、マス目がたくさんのモノたち。うち一つは大量の計算で、もう一つが頭を遣う変わり種で"数独"またはナンプレというそうね。数字というか、記号が被らないように埋めていく?分からないならデモンストレーション用を使って確認することをお勧めする。デモンストレーション用は答えも入っているのでまずはそれからやればいいのね?わかったわ。毎日やっても大丈夫なくらいあるわね。さすがセシルだわ。」
「私ももらっていいか?」
「いいですよ。これで全部1枚ずつですね。はい。」
「ありがとう。」
セシルが送ったのは通常の計算問題に加えて、百ます計算とナンプレだ。
百ます計算は残念ながらこちらの世界に100などないので名前がつけられなかったが、もう一方の"ナンプレ"または"数独"はどちらの名前も使用している。
セシル曰く、
「いくら、コピーはできるとはいえ、これだけの線を書くのは疲れるわ。ノエルに定規作っておいてもらって良かった。」
そして、もうひとつ。
パトリスは1枚ずつ全てのプリントをもらっていたが、クラリスは使用人に配るつもりはなかった。
何故なら、毎日コンテストと称して行うからだ。
つまり、パトリスは知らぬうちにコンテスト参加条件が剥奪されているのだ。
勿論、コンテストの存在を知らぬパトリスはご機嫌で執務室に戻っていった。
彼はこれから課題と問題たちに挑むのだ。
ノエルの性格はクラリス譲りなのかもしれない。