嘆き、悲痛の叫び
<王都・エナーメル>
1月1日エマール伯爵家の屋敷にて。
パトリスとクラリスは王宮を出るときからずっと悲壮な表情をしていたが、使用人はその理由を聞くに聞けず、ずるずるとここまで引っ張っていた。
「皆に、聞いて欲しいことがある。」
計算コンテストがほぼ毎日行われている講堂に一同が集まり、姿勢良く座って話を聞いている中、パトリス・フォン・エマールが深刻な顔で切り出した。
「王命により、少なくともあと5日王都に留まることとなった。」
続く言葉に、誰もが絶望した顔をした。
「残念ながら、次の休息日の授業も休まねばならない。」
さらに深く絶望した。
「国王陛下の命だ、流石に守らないわけにはいかない。だが、それでは、流石に癪だった。」
全員が次の言葉を注意深く待っている。
「故に。他の家に聞こえなければ、今日一日の間、国王陛下の悪口を言う権利を頂いた。」
思ってもいなかった言葉にざわざわした。
「皆の怒りを吐き出すのだ。他の家に聞こえないように注意しながら、領地に返してもらえなかった恨みを晴らすのだ。」
「おぉぉぉぉ!!」
1月1日が終わるまで、エマール伯爵家で悪口は絶えなかった。
ある者は泣きながら。
ある者は唇を噛み締めながら。
ちゃんと、他所に聞こえないように配慮しながら。
だが、"鬼畜"や"優しくない"、"慈悲のカケラもない"などといっても"死ね"とか"消えろ"とか"クソ"とかはなかった。
"何もないところで躓いてしまえばいいのに"
"子どもの前で問題間違えて恥ずかしがればいいのに"
"禿げる年齢が早まればいいのに"
"口臭が臭くなればいいのに"
"鼻毛が伸びてしまえばいいのに"
"ゲームで連敗し続ければいいんだわ"
"サインを自信満々に書いてスペルが間違っていたらいいのよ"
意外と、平和で、それでもダメージが大きな失敗を祈っていた。
<エマール伯爵領>
1月2日エマール伯爵家の屋敷にて。
お久しぶりです、セシルです。
現在、両親は王都で年初めの夜会に出席しています。
使用人含め、休息日の授業を2回休むことになった彼らの悲痛の声は止むことを知らず、両親は人目も憚らず駄々をこねていました。困った両親ですね。ですが、私も社交が面倒なのは同意するので、駄々をこねたいと思います。両親と違って人目は憚るので許してください。
駄々をこねる彼らのために、新作のカードゲームUNOを1セットお母さまに預け、計算コンテスト?という名のタイムアタック計算大会的な催しのための問題もお母さまに預けました。それでもダメそうだった両親には算数の課題を出して、見送ったわけです。ちょっと意地悪でいきなり繰り上がりありを預けましたが、まぁ、問題ないでしょう。難しい方が長い間楽しめますし?というわけで、私は年賀状コンテストのために集まってきた年賀状たちを仕分けしています。発表は次の月になるかもしれませんが、まぁ、仕方ない、仕方ない。
そんなとき、王宮からの使者が手紙を届けに来ました。
ここから王都まで馬車で5日ほどかかるのだが、早馬だとどうやら寝ずに1日でたどり着けるようです。
使者は死者のような虚な目をしていて、ガッツリ隈ができていました。道中、事故がなくて良かった。
あまりに可哀想だったので、すぐに布団を用意させて寝てもらった。
以下は両親からの手紙である。
親愛なる、セシル、ノエル、屋敷を守る者たちへ
"年初めの夜会"にて慈悲のない鬼畜で心がない国王陛下が家に帰るのを許してくれなかった。
職権を濫用した国王陛下のせいで少なくともあと5日王都に留まらねばならない。
無念である。
そして、こちら側にいる人間はセシルとノエルの授業を聞くことができる者に嫉妬している。
嫌がらせ等をするつもりはないが、ずるいと思っているということだけは明確に記しておく。
授業を受けることを妨害するなんてあり得ないと思わないか?
どうしても話がしたいというのなら領地に来ればいいのだ。だからといって気軽に来られては困るのだがな。
私はセシルの課題の答えに辿り着くことに成功した。
考えを記した紙を添付しておくので是非読んで欲しい。
これでノエルに追いついたはずだ。
滞在が長期化し、皆の我慢も限界だ。
何か楽しめるものがあるのなら手紙の返事に添付して欲しい。
切実な願いである。
パトリック・フォン・エマール
1月1日"年初めの夜会"
ものすごい文でした。
年初めの夜会は年越しとともに開かれるので、つまり、17(**)月67(**)日の夜から1月1日にかけて行われる。
それに合わせて、17(**)月64(**)日に到着するように17(**)月55(**)日に屋敷を出立、そして予定では1月3日に出立し、1月7(**)日の夜遅くに領地に帰ってくる予定だった。
当初の予定でも、2回授業を逃すとかで嫌がっていたけれど、仮に1月5日まで留まったら、屋敷に着くのは1月13(**)日となるだろう。つまり、+1回授業を逃すことになるのだ。
年賀状コンテストの発表日がまた遅くなるな、というのも私は考えているのだが、それ以上に、彼らの嘆きは大変なものだろうと思う。そもそも、年末年始くらい授業を休めばいいのだが、授業が好評な上、彼らは平日も仕事と休憩はうまくそれぞれが管理しているから、問題ないんだと。とはいえ、年末年始の特別感というのもあって、お父さまたちが出かけている間の授業は、コンテストという名のテストで埋め尽くした。授業時間も短めにして、おしゃべりの時間を増やしたり、ガラスのコップに水を入れて、高さの違う音を出せるという遊びをしたくらいだ。流石にその次からは授業を進めるつもりだったのだけど......どうしたものかな?
「姉さん、どうしたの?」
考え事をしていたら目の前に弟が浮いていた。
「っあぁ。王都に行っている皆んなが帰ってくるのが遅くなるんだって。それで次の授業も出られないから、授業内容をどうするかと。」
「そっか...ちょっと見せて。」
「いいよ。」
私は弟に手紙を渡した。
「うーん......。かなりすごい手紙だね。それに、"慈悲のない鬼畜で心がない"って国王に対して大丈夫なのかな。」
「それは私も思った。」
「かなり、限界みたいだね。コンテストで使ったあの縦横で計算する問題と数独ってやつ、あれを送ろう。あとは、課題解けたって言っているけどどうかな?」
「うん、それは解けたみたいだった。手紙に筆算のやり方を付け加えて、繰り下がりありの引き算を送ろうと思う。」
「わぁ、いいと思うよ。そっか、できたのか。でも、それだけで僕に追いついたと思っているとは。」
「ふふっ。確かに。もう掛け算も割り算も一応できるもんね。平均も出せるし。次は方程式だな。」
「楽しみにしてる。それに、姉さんも困っているでしょ?姉さんが使い慣れた数を僕達が使っている数に直すとか、それでも計算ができるようにするとか。」
「まぁ、ちょっとね。0は作っちゃったけど、それ以外もうまくいかなくて。」
「そっか......なんかあったら相談してね。スピードは出ないけれど、一応、理解はしているつもりだから。」
「ありがと。」
「授業か......。そうだね。国語は、この間言っていた、読書感想文コンテスト?をやってみない?正確には練習ってことで、今やってる説明文について短く書いてもらうのはどうかな?」
「そうしようか。長さも気にせずにせずに書いて貰おう。算数は......進めるのはまずいね。テストはやっておこうか、で、教科書に載ってなくて、面白くて、でも、難しくないものってないかな?」
「この間考えていたサイコロなんてどうかな?展開図も楽しめると思うし、みんなハサミも定規も使えるようになっているから、黒板に書けばできると思う。展開図をやってもいいし、サイコロのルールを使ってもいい。理解できなくても次に支障は出ない。」
「それだ!!さすがノエルだよ!!」
「まぁね。それに、ここでやっておけば、次の算額に使えるという思惑もあるのだが。」
「いいじゃん。」
「僕が手紙の返信書いていい?姉さんは足し算の筆算についてと次の課題について一筆お願いできる?」
「了解した。」
何となく察して頂けたと思いますが、ノエルは私が10進数を使っていたことを知っています。ちなみに0は数直線の授業で登場させました。ノエルは正真正銘の天才ですぐにやったことを吸収して、まだ2歳にもなっていないはずなのに、超優秀な助手です。この子、本当に1歳なのかな?って思います。授業の初期は何となくで入れていた言葉も、最近は計算尽くでどうしたら理解が深まるかを考えて質問してくるから恐ろしい。身長が私に迫っているところがまた悔しい。
私は筆算の説明と次の課題、一緒に入れたコンテストの問題の説明を書いて、ノエルに渡した。ノエルは自分の書いた手紙と共に封筒に入れて、起きて少し元気になった使者さんに体力回復の薬を飲ませてから渡した。
さて、私はサイコロについての授業について考えましょうか、いや、それはノエルに任せられそうだから、任せて最後に打ち合わせにしましょう。では、読書感想文についての講義を考えましょう。
ではみなさん、さようなら。
<王都・エナーメル>
1月3日エマール伯爵家の屋敷にて。
領地へ向かった王都の使者が手紙等を届けに来た。
領地へ向かうときよりも、荷物は大変増えていた。
そのほとんどが紙だった。
「なんだこれは!!」
開口一番にパトリスが叫んだ。
「新しいカードゲームUNOというそうよ。よかったわ、1組しか無かったから遊べる人が限られていたのよ。いい賞品にはなったのだけれどね。」
「UNO??聞いていないぞ。クラリス、前から思っていたが、そういうのを何故私に教えてくれないのだ。」
「あら、いいじゃありませんか。パトリスは忙しいでしょう?」
「そうだが、あのカードゲームが遅れていたせいで、当初、私が一番計算が遅かったのだよ?領内で一番遅かったのだ。」
「今は違うのだから、いいではありませんか。ゲームなど無くても努力ができるパトリスは好きですよ?」
「そういうなら、いいが。これも何か勉強に繋がっているのか?」
クラリスは確かに努力をするパトリスが好きだが、そうやってコロッと騙されるからいつも隠し事を許しているということを理解していない。
「いいえ、これは完全なゲームと言っていました。頭は使いますけど、駆け引きとか狡賢さで、勉強とはちょっと違う頭の使い方をするそうです。貴族に必要とされているような力と言ってましたよ。とはいえ、一桁の計算くらいできないと、スムーズに進みませんから、そこらの貴族にやれというのも酷な話ですわ。」
「そうか。難しいようだな。」
パトリスは思案しながら手紙を開いた。