会談の席の閃き
「皆、待たせたな。」
国王陛下がそう言って他の王族を引き連れて部屋に入ると、既に中にいた貴族たちは立ち上がって礼をした。
「この度は、我々のために時間をくださり、恐悦至極にございます。」
アズナヴール公爵が代表して感謝の意を述べた。
「構わない。人払いも済ませてあるのだから、楽にしてくれ。」
国王のその言葉で着席し、歓談が始まった。
位の高い順に、今年の献上品についての話や世間話が続き、エマール伯爵の順番となった。
「エマール伯爵は今年も高品質な献上物が大量でとても嬉しい。毎年のことだが、何か褒美はいらないのか?本来ならば、伯爵家末席なはずがないのだ。とはいえ、本人の意向に反して爵位や序列を上げるのも良くはない。だから、困っていることや、欲しい褒美なんかはないかね。」
「そうですね、褒美を頂けるなら、是非"年初めの夜会"の参加を免除して頂きたいと思います。それが最も喜ぶ褒美です。」
「却下だ。ただでさえ、1年に1度しか顔を合わせることができないのに、これ以上減らしてどうする。忍んで行くにも、領地では遠すぎて難易度が高い。というか、久々に歓談をしているのだから、もう少し嬉しそうにしてくれてもいいではないか。」
「速攻で帰りたいです。」
「はぁ、敬語ってさ、デスマスつければ良いってもんじゃないよ?私は気にしないし、ここでは誰も咎めたりはしないだろうけど、公式の場で言ったら大惨事なんだよ?」
初めて参加した第一王女はすでにエマール伯爵という人物が分からなくなっていた。
他の貴族たちと異なっているにも程がある。
事前にエマール伯爵家については国王直々に話があったが、余計に困惑していた。貴族についての情報を教えてくれていた貴族はこの中の人間でなかったので基本的に悪口が多かったのも関係している。
とは云え、この決まりきったやりとりを他の常連は、当たり前のことだと聞き流している。
「問題ありません。公式の場では台本以外は口にしません。」
「それも問題ではあるけれど、心配だからもうそれでいいかな。」
国王が呆れと諦めを口にした。もう、どうしようもない、伯爵家。
うんうんと伯爵夫妻以外の当主夫妻が頷いている。
ただ、その呆れの込められた言葉が伯爵に都合よく肯定と解釈されていることには気づいていない。
「そう云えば、今年のエマール伯爵家の献上品は何故か箱がバラバラだったね。どうしたんだい?リンゴも他の食べ物や工芸品も、ちょっとずつ別の箱に纏められていたけれど。いつもは一つの箱に全てのリンゴを詰めてくるよね?」
「それは、最近の領内の流行りですね。全て7つずつに纏めて箱に入れるのが流行りなのです。」
「へぇ、流行り......」
「リンゴを箱に詰める、そうか、それだ!!それなら上手くいくかもしれない。セシルにもノエルにも威厳というものを見せてやらなくては。こうなったら、紙とペン、今すぐに取り寄せてくれないか。今、今、忘れぬうちに考えを記しておかねば、いや、確かめておかねばならないのです。」
急に立ち上がり大声で意味不明なことを叫び出したパトリスに周りの者はドン引きした。
しかし、彼の熱意?に気圧されて近くに置いてあったインクとペンと紙を探し出し、彼の目の前の机の上に置いた。
「パトリス、分かったって何が??」
困惑しながらも、これが初めてではないクラリスは、分かったという内容を聞いた。
「課題だよ。あの、出立前にセシルに言われたあの計算方法を考え出す問題。」
そう、セシルは両親に課題を出していた。
あまりにも王都へ行きたくないと駄々をこねるので困ったセシルが王都でも楽しめるようにと出した問題だ。
内容は35(**)+44(**)を数えずに答えるための計算方法を考えるというものだ。セシルは、答えを確認するために先に数えておいてもいいが、問題の答えは計算結果ではなく計算方法だと言っていたので、彼らは先に答え、112(**)を苦労しながら出していた。
通常、小学校等での順番ではまずは繰り上がりのない大きな数の計算を行い、その後繰り上がりがある計算を習うが、セシルは王都へ行きたくないと駄々をこねる両親に嫌がらせとして、わざと繰り上がりのある計算を出したのだ。自分も当時解くことができたから問題はないのだが、その嫌がらせに両親は気づいていない。
「あぁ、アレのこと......って分かったの??本気で?」
ちなみに、授業で筆算などの計算方法は教えておらず、14(10)=17(**)を作るカードゲームは流行っているものの、繰り上がりというものは授業では扱っていない上、それ以上の数の計算はしたことがない。かろうじて17(**)になる数なら本能的にゲームで覚えてはいるものの、計算方法を理解しているわけではないのだ。
「あぁ、盲点だったよ。セシルは言っていた『これまでやったこと、教科書に書いてあることを上手いこと使えばできるよ。断言する。』と。あれは事実だった。最初にやったあれが、ここまで重要だったとは。それを見越しての授業か??」
そう言っている間に、手元に紙とペンが届き、その瞬間からパトリスは急いで頭の中にある閃きを書き出した。
「......それは、最初期の授業のテストに出ていた図ですね。数を示すもので、縦列は位を表すと。」
最初期のテストでは箱とリンゴを使った位についての説明を簡易的な図で表したものが何度も出題された。図から数字を書くものに加えて、数字から図を描くものがあった。
「あぁ、それが一番の鍵、要所だったのだ。これを使うと、こうして、ああして......」
「まさか、え??あぁ、そうなるのね。でも、そうか、溢れた分は箱にしまって次にポイって、それで、そこから溢れたものもまた箱に詰めて??そういうこと?で、そうするとリンゴや箱の数を数えて、嘘。確かに、最初に数えて確認した答えに一致します。驚愕ですが、これは正解だと思いますわ。まさか、あんな最初期に仕込まれていたとは信じられないわ。」
嘘......と口が閉じられないほど驚いたクラリスは口に手をあてて、目を見開いていた。
しかし、パトリスとクラリス以外の人間は何言っているのか分からない二人を見て唖然としていたのだが、彼女の見開いた目には映らなかったようだ。
「あぁ、驚いた。冷や汗が止まらないよ。そして、この閃いた時の快感。堪らない。知識はなくとも、持っている知識で強引に持っていく、研究でも使えそうな考え方だ。恐ろしいことだ。これをまさか次の教科書から取り入れるつもり、なのか?」
「えぇ、きっとそうでしょう。これで、ノエルには追いついたかしら?」
ノエルの方が進んでいるということは事実である。
セシルが課題を出すときにノエルは簡単にできると言ったというのもそうだが、領内のエマール伯爵家が発行する広報誌のノエルの算額コーナーではノエルがセシルに聞いたことなどを用いて問題を出している。その問題は授業でやるような問題ではなく、じっくり考えて閃くような難しい問題だった。よって、ノエルの算数が自分たちを超えているのは理解しているのだ。
「あぁ、よくやったよ、私たちは。」
歴戦の戦士、好敵手、相棒、どれが最もいい表現かは分からないが、涙ぐみながら健闘を讃えている。
「これは、皆にも自慢しなくてはね。最近の算額コーナーあまり解けていなかったから、悔しかったけれども、特別課題を解くことができたのだもの。」
「全く関係のないときに閃くとは、常に考えをめぐらせていたおかげだ。この調子なら新年一発目の算額もきっと解けるだろうな。」
そう、パトリスは夜会のときも、夜会の準備をしているときも、馬車に乗っているときだって、ずっとこの問題について考えていたのだ。つまり、夜会で雑談など聞いていなかった。流石に、会談では話しかけられた時はちゃんと聞いていた、らしい。
部屋の温度の差が、ますます激しくなり、パトリスとクラリスの間に口を挟めるものなどいなかった。
あまりにも、呆然と、唖然としてしまって、どうしたらいいものか、分からないのだ。
たとえ、エマール伯爵家と長い付き合いであったとしても、閃きの現場に立ち会うことは少ないのだから。
「すまない、何を言っているのかが理解できないのだが。」
国王が、なんとか口を挟んだ。
皆はこう思ったであろう。
(よくぞやってくれた。君は勇者だ。)
いや、曲解かもしれない。だが、感謝したのは間違いない。
「あぁ、いえ、ちょっと天啓を得てしまい興奮していました。」
貴族モードに口調を直したパトリスが言った。
「えぇ、奇跡、偉大なことが起こったので、私も興奮していましたわ。」
クラリスも興奮を隠しきれずに答えた。
「あぁ、そうか、それで?良いことがあったのだな?それは良かった。それで、えぇっと、お子さんは元気かな?」
国王は取り敢えずスルーした。
皆が全会一致で拍手喝采すること間違いなし。
「二人とも元気ですよ。最近は二人とも忙しく働いておりまして、領民からの人気も高く、領民からの手紙や質問も紹介しきれぬほど膨大で。一度、直接会ってみたいという手紙も頂くのですが、なにぶん、仕事が忙しく、二人とも屋敷から一度も出たことがないのですよ。」
「.........ちょっと待った。変なところが多すぎてどこから突っ込んでいいのやら分からないが、まずは、子供ってもうすぐ4歳になる女の子、セシリアともうすぐ2歳になる男の子、ノエルであっていたよね?」
「えぇ、それがどうかしました?」
「仕事をしているの?その年齢の子が?そして忙しい?勉強とかはどうなの?」
「えぇ。二人に任せている仕事があるので、それに、最低限の勉強は二人とも終わっていますし、むしろ、我々よりも勉強ができるので問題ありません。」
「そう?伯爵も小さい頃から魔法で農業助けていたと聞く、そういうことかな?」
「いや、助けるというレベルではないかと。それに、セシルはまだ魔法が使えませんし、ノエルは無自覚に魔法を使っているだけで、意図的に魔法は使えませんよ。」
「え?魔法が使えない?」
「はい、教えてませんので。仕事がひと段落したら教えられる人間を呼んでみようかと。」
「はぁ..........話せば話すほど分からなくなっていくのだけれど。そもそも、無自覚で魔法が使えるような子だったの?ノエルは。」
「えぇ、それがどうかしましたか?」
「いや、どうかしましたじゃないって。教えてよ、そういう大事なことは。」
「些細なことだと思いましたので。」
「無自覚で魔法が使えるのが些細ね。もういいよ。で?勉強が終わってるって?その年齢で文字が扱えるの?」
「はい。何事も問題なく。私もその頃には扱えましたし、驚くことでもないのでは?」
「それもそれで異常なんだが......。次は、えっと、仕事はひとまず置いておいて、領民が手紙を書くってどういうこと?」
「どういうこと?と言いますと?何か不思議なことでもありましたか?」
「いや、おかしいでしょ。まさか、平民が文字を扱えるとでも?」
「扱えますよ。皆、使えて当たり前ですが。」
「伯爵......、それがどれだけ非常識なことか分かる?」
「確かに、以前は扱えませんでしたが、5月くらいから文字を広めて、今ではほとんどの人が問題なく使えますよ。領民が文字を扱えるようになったのはセシルのお陰ですし、それがセシルとノエルの仕事です。」
「嘘。1年もかからずにマスターしたと?」
「かかりませんでしたな。」
「それを領民全員にって......全てが非常識だ。周りを見よ、皆もそう思っている。」
驚いた顔で頷いている。
「この場だけでは聞ききれぬし、皆も知りたがっている。領民に文字を扱えるようになるのは我々としては嬉しいことだからな。他の貴族にとってはどうか知らないが。これは追求すべきだと思う。よって、そうだな、3日後、皆で忍んで伯爵家の王都の家へ集まろうぞ。そこで全てを明らかにするのだ。異論があるものはいるか?」
「異論、しかないです。」
「どうした?エマール伯爵。準備がというのなら、問題ないぞ。茶会ではないのだ。何も準備しなくていい。茶も席も菓子も準備する必要はない。こっそりと行くだけだ。」
「そうではありません。私たちはただでさえ、この夜会のせいで2回も授業を逃しているのです。」
「そうです、流石に3回は我慢ができません。皆にも申し訳が立ちませんわ。」
「何より、これが解けた以上は、私は帰ってセシルに報告しなければならない。」
パトリスだけでなくクラリスも混ざって反論した。
「はぁ、仕方ない。手紙を送ればいいだろう。王宮から使いを出す、で、その紙と遅れるとのことを今書き、それを送ろう。それでいいな?」
「何の解決にもなっていません。」
「そうです。どれほど休息日の授業を楽しみにしていることか。」
反論は止まらない。
「残念だが、これが最大限の譲歩だ。王として伯爵家が行ったことを知っておく必要がある、これは王命だ。」
「権力の濫用だ。」
「横暴ですわ。」
涙を流しながら反論を続ける伯爵夫妻に同情が集まったかというと、集まらなかった。
困惑、動揺、その他さまざまな感情が蠢いた。
そしてエマール伯爵家の謎がさらに深まったのである。