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年初めの夜会

 年初めの夜会当日、パトリスとクラリスはエマール伯爵家当主とその夫人として、夜会に出席していた。

 順番を守って会場に入り、まずは王家の元へ行って挨拶をする。


 「陛下並びに殿下がた、この度は新しい年を迎えられましたこと、お喜び申し上げます。今年も何卒、よろしくお願い致します。」


 パトリス、いや、エマール伯爵家はこのテンプレートを変えたことはない。地球日本でいう、"あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。"という内容しか言っていないのだが、それで義務は果たしたと晴れ晴れとした表情をするのがエマール伯爵家なのだ。"私はやってやったぞ。義務は果たした。さぁ帰ろ。"というのが現在のパトリスの心中である。


 「エマール伯爵、並びに夫人。本日はよくぞ参った。是非、楽しんでほしい。ついては、後で別の部屋にて話をしよう。アズナヴール公爵やバルテレミー公爵に伝えておく故、一緒に来て欲しい。最後に、新しい年を迎えられたことを祝おう。おめでとう。」


 エナム王国の国王が直々に言葉を述べるとすぐに礼をして去っていった。


 伯爵より少し年齢が上の国王とその王妃、そして洗礼式を終えて数年の第一王子と初めての参加になる第一王女がそれを見送った。


 (エマール伯爵家はいつものことだが、私の方がたくさん話している状況とは全く。私は最低限しか話さないというのに、それを下回ってくるとは、さすがというか、もはや呆れだな。)


 溜息をつきながら国王は代々誰も直すことができなかったエマール伯爵家の態度に呆れていた。

 初めてエマール伯爵を見た第一王女は驚いているが、無理もない。貴族は少しでも自分を売り込むために、制限の中、なるべく長く喋ろうとするのだから。まさか、必要最低限の王の言葉より短い挨拶をする貴族がいるとは思わないだろう。


 (だが、それが面白い。)


 歴代の王たちは同じように、有益で面白いからとそのままにしてきたのだ。

 それがまた、この王国の王家に流るる血ということなのかもしれない。


 挨拶を終えて、壁の花を目指しているエマール伯爵夫妻に、シャノワーヌ子爵家、ダンデルヌ子爵家、ラコルデール男爵家、ローラン男爵家の集団が近づいてきた。いずれも、懇意にしている家で、エマール伯爵家に対する敵意は一切ない。どころか、彼らはエマール伯爵家の保護者のような存在だ。エマール伯爵家のものは気づいていないし、むしろ、帰りたいと思っている。


 「クラリス、久しぶり、元気にしてた?」

 周りに聞こえないような小さな声で話しかけているのはシャノワーヌ子爵家の全当主の妻、クラリスの母親だ。


 「えぇ、とても楽しく、刺激的な毎日を過ごしているわ。」

 クラリスは笑顔で答えた。


 「ふふっ、詳しいことはあとでゆっくり聞かせてもらうわ。」


 クラリスも、母親と話すくらいならばやぶさかでもないが、やはりここからは早く立ち去りたいと思っている。彼女はエマール伯爵家が合うと推薦されて嫁いでいる。当然のように社交嫌いだった。


 以降、エマール伯爵夫妻は一言も話すことなく、話を聞くこともなく、ただ突っ立っていた。

 周りでは彼らが楽しそうに会話をしていた。


 「皆さま、よろしいですかな?私、バレ子爵とこちらが妻なのですが。」


 唐突に外から声を掛けてきた者がいた。


 「あぁ、はじめまして。どうかしました?」


 取り敢えずは、ダンデルヌ子爵が返答した。


 「いや、忠告といいますか、そこにいらっしゃるのはエマール伯爵夫妻とお見受けしますが。」


 「それが、どうかしたか?」


 「ご存知ありませんか?エマール伯爵家とは<灰色の研究一族>と呼ばれておるのですよ。取り入っても無駄だと、ご存知ないようでしたので。最も出世とかけ離れ、貴族の恥と呼ぶ人もいるくらいですから。みなさんがそのような風評を被られるのも忍びないですし、もしよければ私が懇意にして頂いている伯爵をご紹介しますし......」


 「だからなんだ。」


 「!?はい?ですから、離れた方がよろしいと...」


 「侮辱も大概にしろ。私たちはエマール伯爵だから話をしているのだ。どの伯爵でも良いわけではない。分かったら去ってくれないか。せっかくの夜会で、エマール伯爵への侮辱など耳にしたくないのでね。」


 「いえ、ではまた。」


 バレ子爵は去っていったが、一連のやりとりに溜息を漏らした。

 ここに集まる家は、エマール伯爵家に恩義を感じている。どんな者でも、恩義を感じているものを踏み躙られて嬉しいはずがない。エマール伯爵家への侮辱は少なくないから、今日に限らず、耳にするだろう。


 その渦中たるエマール伯爵夫妻は全く今のやりとりを聞いておらず、聞いたとしてもさして気にしないのだが、それとはまた別の話なのだ。彼らの頭の中は欠席せざるを得なかったセシルの授業と先日解いた問題集とセシルの課題でいっぱいなのだから。


 談笑をしながら待ち、しばらくすると、カステン辺境伯家やアズナヴール公爵家、パルテレミー公爵家が合流した。皆が揃ったところで、国王による挨拶を聞き、それが終わってしばらくすると、揃って会場を後にした。


 彼らはエマール伯爵夫妻を先導、いや、拉致、誘拐して、別室での会談に向かった。


 それぞれの家庭状況について。


 現在、王家は国王、国王妃、第一王子、第一王女が夜会に参加しており、第二王子と第三王子が洗礼式を受けていない状態にある。また、先王と先王妃は隠居しており、王宮にはいない。


 パルテレミー公爵家は、次期当主となる予定の長男、第一王子と歳の近い洗礼式を済ませた次男、当主とその夫人に加えて、先代当主と夫人も顔を見せている。次男は第一王子の側近となることが内定している。


 貴族・王族ともに、次期当主に子ども、または、男児が生まれたら当主が交代する慣例がある。当主が死亡またはそれに準ずる仕事のできない状況に陥った場合は当然除かれる。


 アズナヴール公爵家は、公爵夫妻と先代の夫妻、長女の参加だ。長男は現在5歳でもうすぐ洗礼式を受ける予定だ。宰相を多く輩出している家だけあって、謀略がよく働くのが特徴的だろう。


 カステン辺境伯家は、辺境伯夫妻とその長男夫妻、長女と次女が参加している。長男夫妻は妊娠中で、その子が生まれ次第、当主は交代する予定だ。


 エマール伯爵家は、伯爵夫妻の参加のみ。長女と長男は洗礼式を受けていないため参加しておらず、当主を譲った後まで貴族の義務など存在しないと先代は例年通り、慣例通り、参加しなかった。


 シャノワーヌ子爵家は、先代、当代の夫妻、その長女と次女が参加している。男児が生まれていないため、婿をとることになるだろう。女性が爵位をもつこと自体は構わないが、後継をつくること、パートナーがいることが条件になることが多いため、結果的に婿をとるのは確定である。


 ダンデルヌ子爵家は、当代の夫妻、そしてその未婚の長男と次男が参加している。彼らはとても優秀な文官であるが、女性に苦手意識が強く......。同僚、友人としてならば接することは可能らしい。


 ラコルデール男爵家は、当代と次期夫妻、当代の次男が参加している。まだ婚姻を結んだばかりで、妊娠の兆しはない。慣例通り、子が生まれ次第、爵位を継ぐそうだ。


 ローラン男爵家は、当代と、洗礼式を受けたばかりの長女が参加している。洗礼式を受けていない長男と次男、次女がいるそうだ。



 これらの家の参加者が一つの部屋で話し合いをするには部屋が狭すぎる上、会話もなかなか進まない。

 よって、二つの部屋に分けられ、一つの部屋には当代の夫妻、次期当主、王家が話し合いをし、もう一つの部屋で雑談が行われるように決まっていた。二つの部屋といっても、続き部屋で廊下を介することなく移動することができる。

 必要な話し合いが終わり次第、王妃や王女、夫人らは移動して、女同士の会合を行うそうだ。


 壁の花になれず、知らぬうちにドナドナされてきてしまったエマール伯爵の心は一つ。


 (早く帰りたい。)


 その嘆きは誰に聴こえることもなく、仮に聞こえたとしても聴こえなかったことにして握りつぶされただろう、叶わぬ、儚い願いなのだ。

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スピンオフ短篇の紹介

「ラッキー7の世界で」スピンオフ短篇

作品紹介


完結済

すべてはあの桜花のせい

悠という少年の巣立ちの物語。推理SF小説。

連載中

魔女の弟子と劣等学級 -I組生徒の過ごし方-

魔女の弟子が初めて街に降りて人と関わる学園もの。

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