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年初めの夜会前日譚 ~計算コンテスト~

 "年初めの夜会"とは全貴族が参加する王宮で開かれる夜会である。

 エマール伯爵家の視点で言うならば、"年初めの夜会"とは免除できない唯一の夜会であり、その夜会の免除こそが悲願であり、野望であるといえるだろう。


 "年初めの夜会"は特殊な夜会であるため、特別なルールがあったりする。


 まず、他の夜会でもあるものだが、洗礼を受けていない子供の参加禁止だ。他の夜会や舞踏会でもモノによってはあるルールであるし、逆に洗礼を受けていない者のみで行われる夜会も存在するが、これはまた別の話であろう。


 次に、ダンスがないということだ。ルールというよりも慣習、会の進行における流れとも言えることだろう。一般に多くの夜会ではダンスを楽しむだろう。その中で人によっては婚約者探しも行うともいわれている。しかし、この夜会では自由参加でもなくなしなのだ。純粋に王家や貴族との挨拶が中心だからなのだろう。実は、この慣習のせいというかお陰で、エマール伯爵家の者はダンスが踊れない。


 三つ目に、王族への挨拶である。位の低い者から順に入場するのだが、その入場した順に王族へ挨拶をする。挨拶の時間は後が詰まってしまっては意味がないので、流れるように形式的な挨拶のみを交わす。その際に、王族から別途話が聞きたいものへは別室への誘いがある。一対一はほとんどないが、いくつかの貴族でまとめてゆっくり話を聞くことがある。公爵家は全ての家が誘われるし、それに付随して、彼らと仲の良い家も誘われることがある。


 最後に、絶対参加であるということ。エマール伯爵家のように社交を免除されていたとしても参加が義務付けられている夜会である。貴族たる者、1年に1度くらい顔を見せなさい、ということらしい。エマール伯爵家を除けば、社交を忌避、免除している家はないのでないので気にする事でもないが、他の家とパーティー等を開いてボイコットすることはできないのである。



 その特殊な夜会のためにエマール伯爵家当主とその妻は王都を訪れていた。

 付き添いはエマとセルジュを含めた十数人。

 いつもセシルの傍についている2人だが、エマは身支度を整える役割、セルジュは屋敷の最高責任者、という外せない役割があったのだ。尚、イーヴはセシルの側に残っているし、ノエルの側付きも残っている上、セシルもノエルも問題を起こさないのでなんの心配も必要はない。


 今回、王都に来ている人は大いに不満であった。

 勿論、社交が大嫌いだということもある。

 しかし、この夜会のせいで、2回分セシルの授業を逃すことになるのだから。

 パトリスもクラリスもそして使用人全員がそのことを悔いていた。

 いくら、領内に放送できたとしてもさすがに王都には届かなかった。

 何より、その時間は馬車での移動中で、見ることも勉強することもできない。

 セシルの授業は文字が扱える彼らにも面白く楽しいものであった。

 特に、算数なんかは1回休んだだけで訳がわからなくなってしまう。

 セシル、そしてノエルは、王都に行っていた時に進めた分はちゃんと教えると宥めて送り出したのだ。

 それでも、不満なものは不満だ。


 現在、文字の学習は一通り終えて、休息日ごとに手製のテストというもので理解度を確かめている段階にあった。丸付けは、屋敷総出で行っているため、セシルは死にかけていた。また、不正防止のために誰が丸を付けたのかをサインしておくことにしたのだが、そのサインにプレミアがついて毎回綺麗に保存している変わり者も出始めている。点数、習熟度については概ね良好で、満点を安定して取る人も増えてきたし、全体的に既に及第点であろう。


 国語は洗礼式に関する説明文を読んでいて、文章構造を見るという極めて稀なことをしている。それが終わると詩をやるが、その詩が、見覚えもなく、読めても要領が掴めない人が多く、楽しみにしているそうだ。


 算数については引き算の概念を教えられたところで、文章問題という強敵と戦いながら、問題集の計算問題を解きまくり、テストでは大量の計算問題を解いている。このテストは満点を作らずに、何問正解したかでランク付する形式になっている。絶対に終わらない量を出して、ランキングにしている。これによって、士気が上がりまくり、問題集を何周もする人があらわれているらしい。


 お楽しみ講座では何回か前から芋ハンコというものの作り方の紹介をして、年賀状の作成をしている。その中で、うまくできたものをエマール伯爵家で集めて、良いものは紹介するというからテンションが上がりまくりで、これまでの絵や字を飾りつける方法、紙を折る、他の画材を用いて力作を作ろうとしている人がいるらしい。


 教会の読み聞かせは、まだ放送授業を受けていない子が多いそうで、教会に置いた漫画や小説が最近の人気だ。図書館はまだ作れる段階にないが、教会に本を揃えるようにしている。


 広報誌では女性向けのクラリス様のマナー講座や4コマ漫画、ノエルによる算額コーナー、パトリス様の質問コーナー等が人気で、お便りもたくさん届いている。



 受ける誰もが何かしらにハマるという様相を呈している放送授業、聞くだけでワクワクしてくるのに、つまらない社交のせいで、2度も受けられないとは......彼らの苛立ち、落胆、不満の理由には十分であろう。


 受ける誰もが何かしらにハマる、これは事実だ。例えば、畑で農耕が好きなものは畑に名札をつけるために塗料や字を研究して如何にその植物たちの良さを引き出す看板を立てるかを考えている。酪農だって同じだ。彼らは家畜のネームプレートに凝っている。時計職人は最近、数字の装飾が楽しいそうだ。建物を立てる人は、設計図に数字を書いて簡易的な計算をするようになった。司教は教会に人が訪れるのが嬉しくて、勉強をして勉強に関する質問に答えられるようになった。何かが琴線に触れて、必ず活かそうとする姿勢が領内を盛り上げていた。


 そんな中で王都に出向いた彼らも、諦めてはいなかった。

 授業が受けられないのなら自分で勉強すればいいじゃないと、過去のテスト問題をこっそりと頂いて、テストコンテストが行われていた。今回の王都行きの荷物の大半は、教科書とノート、そしてテストの過去問が占めていた。そしてセルジュがハマっている芋ハンコの道具一式やエマが熱中している年賀状デザイン用塗料一式、文章を書くという授業以来、見聞録を書くことを夢みている庭師イーヴの同僚であるドミニクの取材道具、カードゲーム一式などが詰め込まれていた。


 「皆、仕事は終わったわね。では、これより、計算コンテストを開催いたします。」


 部屋は歓声に包まれたが、全員どこか緊張していてほどよい集中と緊迫感が部屋を支配していた。


 「優勝賞品はセシルが用意してくれたUNOというカードゲームを先行であげちゃいます!」


 これまで秘匿されていた優勝賞品の紹介によって士気は高まるばかり。

 このUNOは王都組を送り出すためにセシルが新しく作ったもの。

 ルールは紙に書いてあり、詳しいことはクラリスだけが知っていた。


 「では、問題を配ります。今回の分はセシルに特別に作らせたものなので、絶対にみないように。」


 紙が全員に行き渡ると、静かな時間が流れ、集中が研ぎ澄まされていく。


 「時間は27分、はじめ。」


 時間を測るのは、テスト用にとセシルがつくった砂時計のプロトタイプで放送でも見えるようにとかなり大きなものだ。

 はじめの合図の瞬間、一斉に紙をめくり、問題を解きはじめた。

 クラリスは優雅に全員を観察しながらUNOを一人で眺めてそのゲームに想いを馳せていた。


 試験時間が終わり、クラリスが適当にシャッフルをして丸付けにあたらせる。丸付けをした人がサインをして不正を防ぐ。当然、自分のを丸付けすることにならないように気を遣いながら。そして、回収したものを集計して、優勝者を発表する。


 「優勝者は3人いたわ。えっと......」

 クラリスが優勝者を発表し、その優勝者とクラリスが真ん中でUNOをやってみせた。

 周りの優勝できなかった者たちもルールを学び、次回、明日のコンテストに向けて自分の問題集を開いて、ひたすらに計算をし続けた者もいたりする。

 それぞれが、部屋で楽しく過ごしていた。


 ......たった一人を除いて。

 伯爵家当主パトリスは"年初めの夜会"に向けて準備をしていた。

 とはいえ、夜会といっても義務を果たすために王家に挨拶をして、話しかけられないように壁の花となるよう努力するも、例の懇意にしている2公爵家他に囲まれ、皮肉にも他の貴族との接点をガードしてもらいつつ、そっと会場から離脱を試みるも、捕まり、王家含む懇意にしている家との別室での会談に持ち込まれるという流れは代々確立されてしまっているため、臨機応変も何も存在しない。準備といえば、エマール家の蔵書「これだけ覚えておけば大丈夫!夜会台詞編」を読んで最終確認・一夜漬けの暗記をするだけだ。


 パトリスは実はとても可哀想な人物である。

 今回の計算コンテスト・UNOお披露目会に限った話ではない。

 カードゲームにしてもそうだ。答えが7になる計算を身につけられないかとセシルが考案したゲームはすぐに屋敷で流行した。それだけでなく、授業が始まる前には領民のほとんどが遊んでいた上、ある程度のスピードが出るようになっていた。領民は数字を読むことこそできなかったが、視覚的に計算ができるようになっていたのだ。そんな中、パトリスがそのゲームを知ったのは初回授業のとき、セシルがサラッと見せたあのカードからだった。それも、大したものと気にせずに、詳しいルール説明をする回になって初めて具体的なルールを知ったのだ。計算でも皆がすぐにわかる7になる計算に一番時間がかかっていたのはパトリスその人だった。彼以外は既に、そのハードルを越えてしまっていたのだから。


 パトリスは研究の傍ら、問題集を1日2ページ解いていた。

 今日もまた、暗記がひと段落すると問題集を開き、ノートに問題を解く。


 パトリスは研究も勉強も地道にコツコツと、着実に積み上げていく。

 他の人のようにセシルが発破や遊びで煽らなくても、着実に一歩ずつ進んでいく。

 それがエマール家の血なのか彼の自前か、どちらにしても並大抵のものじゃない。

 きっと、彼の努力は花開く。


 パトリスは一番偉大な男だと領民も使用人もクラリスもセシルもノエルも皆が知っている。

 だからこそ、パトリスは仕えるべき主人なのだ。

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スピンオフ短篇の紹介

「ラッキー7の世界で」スピンオフ短篇

作品紹介


完結済

すべてはあの桜花のせい

悠という少年の巣立ちの物語。推理SF小説。

連載中

魔女の弟子と劣等学級 -I組生徒の過ごし方-

魔女の弟子が初めて街に降りて人と関わる学園もの。

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