閑話: クリストフ=フォン=エナム
洗礼式に参加していた国王の話。
クリストフ=フォン=エナムはこの国の王である。
彼は執務室の中に、城にある本から、めぼしい本を片端から集めて積んでいた。
♦︎♢♦︎
今日の昼の出来事…
エマール伯爵令嬢…セシリア=フォン=エマールの洗礼式に赴いたときのこと。
当初、彼女に会うことを切望したエマール伯爵家と交友がある貴族たちが彼女に会うための場として設けたのだ。洗礼式ともなれば、彼女も邸宅から出てくるしかないだろうと。
まず、驚いたのが両親の同伴がなかったこと。
庶民でも、洗礼式は祝い事として両親が教会に同伴するのがほとんどと聞く。よほど虐待や病気、死別などの理由がなければ、同伴するのだろう。否、たとえ虐待していたとしても体面を保つために同伴するだろうし、病気なら代理を立てるのではないだろうか。
彼女は1人ではなかったが、同伴していたのは彼女の弟、ただ1人。彼もまた、魔法を無自覚に操る規格外だと聞いているが…それ以上に精神年齢が恐ろしく高いように感じた。
そして、ユーグ、カステン辺境伯がこっそりと教えてくれたことも気になる。
「服装でわかりにくいが、あの令嬢…セシル嬢は体を鍛えているようにみえる。騎士に勝てるとかいうわけではないが、普通に生活している貴族令嬢よりもずっと体がしっかりしている…。」
ユーグは、娘が同じ年齢だったときと比べると、セシル嬢が劣るそうだが、辺境伯家の超スパルタ教育と比べてはいけない、むしろ、比較対象にされた時点で恐ろしいと感じる。
教会に現れた彼女は、こちらを一瞥して、すぐに祭司の元へ向かった。
これは…エマール伯爵家ならまぁ、あるだろうと納得することにした。
代わりに、弟のノエルが手短に挨拶をした。
そして、これまでの驚きは大したことなかったとすぐに悟った。
司祭が儀式を始めてすぐに異変が起こった。
大きな衝撃が加えられて、体が重くなり、しばらくして、頭がぼーっとしてふわふわしてきた。
どこか遠くで声がして、目の前の景色が見えているけど認識できない、そんな状況だった。
「女神……」
『……正し…』
「は…まし…て…」
『たん…う…%&$"!!』
女神?
そんな言葉が断片的に聞こえた。
その後で、言葉は全くわからない音に聞こえ始め、彼女もまた同じ言葉で会話しているように感じた。
何が起きているのか、思考しようとしても、すぐにふわふうわと酩酊感が漂う。
目の端で、見たことのない女性が、セシル嬢の隣に立っていた。
白髪で白い変わった服を着た…
それから暫くして、微かな笑い声が聞こえて、この不思議な感覚は終わった。
気づくと、セシル嬢が固有能力名を呟いていて、それにハッとした司祭が固有能力名を宣言した。
「固有能力名はエクセルです。」
「司祭どの、ありがとうございました。」
セシル嬢は静かにそう言って頭を下げたが、司祭は恐れ多いと首を振った。
やはり、あれは女神だったのか…?
「申し訳ありませんが、約束していた通り…」
彼女は、司祭に何か頼み事をしていたらしく、それについて尋ねた。
「ミズキ、あなたも…」
白髪で白い服を纏った女性を彼女はなんてことなくミズキと呼び、語っていた。まるで、以前から知己の人物のようだ。
彼女らが教会の奥に去っていこうとしたとき、エリク、アズナヴール公爵の息子であるレオンが叫んだ。
「セシリア!!」
流石に婚約者の声には振り向いて、彼女はこういった。
「レオンさん。…今日のことはお騒がせしました。けど、私も把握しきれないことが多いのです。ついては、別途報告いたしますので、本日はお引き取り願えますか。私は当初から予定していた用事を済ませなければなりません。」
つまり、今日は帰れと、そう当たり前のように言い放った。
これには、この非常事態に何をと思ったが、一呼吸置いたら、ああ、エマールだしと納得した。
レオンはセシル嬢に近づいて、何やら一言二言相談してから、戻ってきた。
「失礼ながら、セシリアの件について私から説明してもよろしいですか。」
彼はそう切り出した。
彼の言ったことを要約すると、おそらくこうだ。
今、教会で起きたことを把握しているのは教会内にいる人物のみであり、外の人物は全くこの出来事に気づいていないこと。ゆえに、ここで起きたことについて詳細に説明するまで口外しないでほしいこと。今回起きたことについて本人も把握できておらず、精査してから直接報告したいこと。
彼のいうことには疑問が残る。
そもそも、何が起きたか分からないのに、なぜ外の人間がこの出来事に気づいていないと確信できるのか、そして、彼女ひとりでいかに精査するのか。わからないからこそ、話し合うべきではないのか。
けれど、ここで言い争っても埒が明かないのがなんとなくわかっていたから、全員に口止めをしてから解散させた。
そして、明日、忍んで登城し、執務室にて極秘の会議を行い説明することを約束した。
それから自分で、城中の本を読み、彼女の前例がないのかを調べている。
彼女は女神に愛されている子なのだろうか、と。
明日の会議までに何かしらわかることがあれば良いが…。
♦︎♢♦︎
夜が更けていく。
とうとう、文献は見つからず、王は眠り堕ちていった。
女神とセシルの対話時…
レオンやノエルと違って、陛下を含む多くの貴族は状況把握すら困難を極めたようです。
イメージとしては、眠くて寝落ちしそうなぎりぎりで頭が回らない中勉強している、みたいな状況で、見えてるんだけど、文字として認識できない、とかそんな感じ。
セシルは普通に思考し、会話をしていたが、プレッシャーは無意識に感じていて、精神的にとても消耗しました。




