セシルの言い分
ポカンと口を開けて固まっている僕とレオンさんにセシルは慌てて弁明した。
曰く、
「そこまで驚くとは思ってなかったんだ。ちょっと驚いてくれたらな、と思ってサプライズにしただけで、別にそこまでの反応を求めちゃいないんだよ?」
曰く、
「それにさ。私にとっては、発見として新鮮な驚きを提供してくれはしたものの、皆が当たり前に使っている技術だったからさぁ、驚いてそれで終わり。ローム、じゃなかったブルナンどのもそこまでフリーズしてなかったし。なんというか、そもそもこの世界のことについてよく知らないんだからさ、知らなかったことを知った、それだけじゃない?」
ついには、
「んー、洗礼式の時には、私たちにOSっていうんだったかな?そういう根幹のシステムと、お試しでひとつだけアプリが入っている状態になっていたんだと思うんだよ。もしくは、OSは元々存在して、それが使えるようになったとか。兎も角、それならば、アプリがいくつかインストールできてもおかしくないと、まぁ、そう思って自然。OSの種類が個々で違うってところが人為的につくられたものじゃないんだなって思ったくらい。まぁ、だから起動が遅かったんだけど。ふつーに考えてさ、i○SとAn○roidで同じアプリを入れられるはずがないんだな。いくら同じスマホとはいえ。うん。」
などと、わからない言葉を総動員して説明してくれた。
残念ながら、微塵も理解できなかった。
姉さんが興奮して話しているときは、基本的に周りが見えていないから、言葉が滅茶苦茶になって、恐らくは"前世"のものであろう言葉を使い始める。
そんなとき、瑞稀さんが姉さんの頭を殴った??
「セシル、お主は周りが見えておらんのか。」
パチパチと目を瞬いて周りを見てから、すぐに姉さんは謝罪した。
「ごめん、止めてくれてありがと。にしても、瑞稀のチョップはなかなかに痛いんだよな。」
「絶妙な手加減じゃろ?そもそも拳骨じゃないだけマシだろうに。」
笑いながら軽口を叩く2人に僕は驚いている。
「ノエルもレオンさんもごめんね。えっと、なんの話してたっけ?」
「…セシリア、本当に平気?」
レオンさんは姉さんが平気なのかすごく心配している。
「あ、無用な心配をかけました。すみません。向こうでは体づくりの一環として子ども向けの戦闘訓練も受けていたので、これくらいなら。そもそも、瑞稀は本気で殴ってませんし、というかただのチョップですし。」
戦闘訓練??
「さて、話を戻しましょう。そうですね…ここに箱があるといたしましょう。」
姉さんは丁寧に説明を始めた。
「洗礼を受けると、その箱の底に土台となるシステム、がひとつ入ります。まぁ、平べったい直方体のブロックでも想像してください。そして、その上に小さな立方体なり直方体のブロックを入れます。これが所謂固有能力と呼ばれるものです。洗礼直後の状態はこの状態ですね。そして、その箱をひとつ増やす、この作業が先ほどの固有能力を増やすというもの。」
(地球で生きていた頃ならば、恐らくはOSとアプリケーションに喩えたんだけどな。)
「土台となるブロックも人によってそれぞれ違うから、それに合わせて中身を書き換えるのが私のやっていた調整。これが向こうでも新しい技術とされているよ。」
(OSの種類も千差万別、当然だ。これは人が造ったものではないのだから。)
「さて、そんなところ。土台のブロックや先に入っていたブロックによって適切なものが違ったり、似通った機能は統合して容量を減らしたりするのが私のできる最大のカスタムだよ。…ずっと前の人は、もっと細かくできたみたいなの。特にその人に合った調整って部分が。けど、まだ流石にそういうことはできない。」
姉さんは、まだできないと、自分を謙遜していうけれど、十分なくらい、大きな発見だろう。
「あと、向こうに行ってはっきりしたんだけど…。」
そう言って、姉さんは切り出した。
「多分、みんな能力完全に使いこなせてないね。これは確実。」
姉さんは特に、レオンさんを見て念を押すように言った。
「まず、容量からしてそれしか使い道がないはずがないというのがひとつ。それに、同じ能力でもここと向こうの人では使い方の幅が全然違うんだよ。能力を理解しないとおそらくその選択肢が出てこないのだと思うから、なぜその機能があるのかっていうのを考えなくいちゃだめだ。大体、洗礼のときに知るのは大体がLv.1だし。コマンドをデバイスにっていうのは、つまり、能力を画面に映し出して能力を把握しようという取り組みはまだ半ばだから、もうちょっと待ってほしい。」
「十分すぎる情報だよ。」
呆然としながら、レオンさんはそういった。
「…」
「…だから、いや、だけど。この話は…」
「流石に秘匿できない、ですよね? わかってますよ、そのくらい。」
姉さんはレオンさんの話を遮ってそういった。
「私は向こうで政治も経済も学んできたんです。そうでなくとも、情報の独占が何を意味するのか、わかっていないはずがありません。私が、七瀬が生きていた世界は、この世界よりずっと情報が価値をもつ情報社会だったんだから。」
姉さんは、エマール伯爵家側の人間だ。
僕よりももっと、実利をとる人。
けど、エマール伯爵家の人、そう父たちとは違う。
姉さんは政治の重要性も必要性も理解している。
けど、貴族の考え方をするわけではない。
やっぱり違う世界に生きていたんだと実感する。
「だったら…」
「けど、お願いがあります。」
何を言うのか、言葉に耳を傾ける。
「私が洗礼式を終えるまでは内密にしていただけますか。」




