人体実験??
「下がれ。」
「はっ。」
だから、本当にノエルは彼らをどうしたいんだ?
「…軍隊でもあるまいし。」
なんて私が呟いてもどうせ無視されるんだ。知ってるんだよ。
そう、私が言ったってなんともならないんだ。つまり、突っ込むだけ無駄。
1年家を空けただけで、なんでこんなことになっているのか。不思議でならないよ。
そもそも、両親は止めなかったのか?
だから、私のすぐ横にキラキラしたレオンさんが座っていても、距離が近くても、何も言わないのだ。無駄だから。
「それで、この1年はどうだったの? ノエルとはやり取りをしていたのだが、婚約者どのからの手紙は一切なくてね。」
ギクッ…
今更ながらに気づいた。
定期報告に手紙を出していただけで、それ以外とは完全に連絡を絶っていた。
あまりに夢中になっていたせいで、他のことはおざなりに。
仕方ない、忘れていたのだ。
「俺は寂しかったんだよ?」
不覚にもときめいてしまった。
捨て犬みたいな目をするのだもの、拾ってあげたくなるじゃない。
一応、それくらいの感情はあるんですよ?
「ッ!! それは、申し訳ありませんでした。その、気がまわらなくて。」
「それに…ブルナンどのとは何度か会っていたそうだと聞くし。」
「あぁ、ロームさん。随分と大変そうでしたが、あの順応性と吸収力はやはり折り紙付きですね。」
ブルナンどのは、瑞稀がブルナン=ジェロームという本名から、ロームを抜き出して勝手に利用していたのを、彼の留学先であるオークの集落に広め、そこで何度か交流をするうちに、私もロームと呼ぶようになってしまったのだ。
オークの言語は扱えないが、皆が"ローム"と呼んでいるのはわかる。つまり、流されたのだ。
「ブルナンどのの話題にはノータイムで答えるとは、嫉妬するな…。なにか秘密を隠しているようだったし。」
確かに、何度か会うことはあったが、彼は半年で一回留学を中断して王都へ行ってしまったので最後に会ったのは半年前である。一応、そこで知り得たことに関してはある程度口止めしているので問題はないが。
「姉さん、流石にレオンさんが可哀想だから、話題を変えよっか。」
「??」
途中から、会話を放り出して思考に潜っていたのでよくわからないが、話題を変えるならそうしたらいい。
話題…、話題?
「そうだ!! レオンさんに頼みたいことがあって。」
「頼み?」
レオンさんは笑顔で首を傾げた。
「はい、他の人には頼めないし、私でもノエルでもダメで。」
「セシリアの頼みならなんでも。」
神々しい笑みを讃えてそういった。
「本当に困ってて、だから、一緒に教会に来てください!」
そう、とても困っていたのだ。
「…レオンさんが可哀想だよ。」
「ん? 迷惑をかけるからお願いしているじゃないか。可哀想というのは分からないが、私の我儘で振り回しているという自覚は流石にあるよ。」
「姉さん、そういうことじゃない。」
ノエルの目線が痛いけど、1年離れていただけで、成長を感じる。
私はとても嬉しいよ。
♦︎♢♦︎
「ちょっと用があるので、ラッセルボックの教会に出たいのですが。」
早速、父に許可をとりに行けば、父が執務をしていた。
当たり前だけど、領主だから仕事に追われて当然だよね。
「セシル…気づいたら数年音信不通とか、そういうんじゃないだろうな?」
ガタッと椅子からズリ落ちて慄きながら言った。
「私…信用なさすぎ?」
今更ながら、まるで信用がない。
「日帰りです。ノエルにレオンさんも一緒ですから、特に問題は起きないと思います。」
「レオンどのにノエルも一緒なら、まぁ、大丈夫か。」
そして、弟が姉より信用されている、これはどういうことだろうか。
「では、行って参ります。」
まぁ、自分でどうにもできないことを憂いても仕方ないよね。
♦︎♢♦︎
さて、やってきました。
最寄りの教会です。←最寄駅みたいでいいでしょ?
「司祭どの、お忙しいところ対応してくださりありがとうございます。」
「いえ、祈りはいつでも誰でも歓迎しております。」
そう言って、ニコッと微笑んだ。
けど、個人的な内容で来たと知られれば、軽蔑されるだろうか。
「…お祈りもするつもりではありますが、今日は別件で。」
ちょっと気まずい。
お祈りするくらいタダなんだから、それくらいはしていこう、そう思った。
「さようでございますか。セシルどのは教会を利用した施策を考えてくださるので、教会へ祈りにくる人も増えて感謝しているのです。全面的に協力させていただきます。」
「いつもご協力ありがとうございます。教会への参拝客、いや、礼拝客が増えたことは副次的な効果であって、私が狙ったものではありません。偶然です。今日は、奥を使わせてもらえないかと。」
「奥、ですかな?」
わずかながら、動揺しているように見受けられる。
「洗礼を受託するときの水晶が取れる場所です。」
「あ、あそこですか!?」
「はい。…あそこで少しやりたいことがありまして。」
「はぁ。そうですか。立ち入り禁止というわけでもありませんし、どうぞ。特に見るものもないとは思いますが。」
そう、あの場所は別に司祭しか入ってはならない場所ではない。
誰でも入れる場所なのだ。
…司祭については、洗礼受託以上の役割があるように考察されていたが、果たして…。
「ありがとうございます。そうですね、長くても1時間もかからないと思います。終わったらまた声をかけますね。」
やはり、神聖な場所というだけあって、オーラがある。
心が洗われるような、そんな気がした。
スピリチュアルなものに関しては、信じていないわけじゃないし、むしろ大好物だ。
それが実証できるものならば、ぜひしてみたいと思う。
この世界において、魔法及び女神の存在というのは、検証されており、女神が存在するかは兎も角、一定の時期で洗礼を受け能力が得られるということについては疑いようもない事実である。
私は作業を始めた。
初めての場所であるが、初めての作業でない。
慣れた手つきで荷物を取り出し、接続していく。
「結局、何をしに来たんだ?」
レオンさんが疑問に思っているようだが、それに対してノエルも答えられない。
実は、ノエルにすら詳細を教えていないのだ。
そもそもが信じられない事象であるのにも加えて、驚かせてみたかった、という悪戯心が働いた。
「僕にもさっぱり。そこにいる瑞稀さんなんかはわかると思うんですけど。」
まぁ、瑞稀は知っているけど、私の意図と反して話すつもりはないらしい。
よく忘れがちだけれど、彼女は私の部下ということらしいからな。
「準備できました。ここからはレオンさんにも協力していただきたいのですが…。」
「君の望みなら構わないよ。」
「…具合が悪くなったり、頭がふらふらするようなら早く申し出てくださいね。」
「え!?」
「大丈夫。これまで若干頭が重いというくらいの症状しか現れていませんから。私がミスしなければいいのですが、念の為用心していてください。」
視線を設備に向ける。
「あれが、測定器。あそこに立ってもらえますか。で、手をそこについて。」
「こうか?」
レオンさんが指示に従って手を測定器に当てる。
「はい。」
私はそれを確認してから、装置を起動させた。
数十年、いや、数百年ぶりの起動か、或いは、初めての起動か。
それでも何事も起こらず正常に動くのは流石のファンタジーか。
「さて、始めましょう。」
スキャンされた詳細を閲覧して、この中に内蔵された固有能力のデータと見比べる。
追加する固有能力を慎重に決定して、ひとつずつその人に合わせて変更していく。
留学中に何度も繰り返し行った工程だが、私が追加する固有能力を決めた例はない。
あくまでリクエストされたものを入れただけだ。
だから、これは初めて。
記録されている固有能力一覧からその人に合わせた役に立つ能力を選ぶなんて。
ディレクトリを開いて、アプリケーションの内蔵する機能を確認して、それらを統合したり分離したりしながら、能力を最適化していく。
レオンさんの能力は、嘘を見抜く力、これは心拍数や発汗量などのデータを視覚で読み取っている。私の知らないデータも拾っているが、それらが総合して嘘か否かをブール値として判定して本人に返している。
これらを考えると、医療系統の固有能力と相性が良さそうに思える。
固有能力に相性なんてものはないから、どんなものだって入るけれど、容量は決まっているから、目的がないのなら、できる限り必要なものが重なりあった能力を選ぶことで、より多くの能力を詰めることができるし、本人への負荷が少ない。
医療系統の能力とはいうけど、実際には健康になる程度のもの。
中身にはぎっしり詰まっているけど、意識をして使わなければ、宝の持ち腐れとなる、これは全ての能力に対していえることで、理解度によって、能力の扱いが変わってくる。
いくつものウィンドウを開いて閉じてを繰り返す。
流石にコマンドラインだけでなんとかするのはまだ無理だから、GUIも用いて、ひとつずつ確かめる。
うん、これでいいかな。
Enter キーをタンッと押して、完了し、接続を解除した。
「レオンさん、終わりました、もう大丈夫です。」
「えっ!?」
レオンさんは驚いた声を出した。
「固有能力が増えた…??」
「は?」
これにはノエルも驚いたみたいです。なんかちょっとスッキリしました。
「はい。固有能力を増やす、ということについては随分前からあったようですが、使い勝手が良くなかったようで、彼らの中で使ってはいたものの、評判が良くなかったのですよ。」
彼ら、というのは言わずもがな、亜人たちのこと。
「私が留学している最中、新しい固有能力を得た者がいまして、そこで新たな技術を用いて快適に能力を使えるように調整ができるようになりました。レオンさんには私が良さげな能力を入れた上で、使い勝手がよくなるように調整したのです。あ、ブルナンどのも複数もってますよ。私が調整したので。」
「は??」
あのときは、亜人についてよく知るという目的もあって、集落巡りをしたものだ。
「お陰で結構稼げました。今度考えている企画たちについては、彼らを雇ってみようと思うんです。私だけがお金を占有していても経済回りませんし。そもそも、あまり使いませんしね。」
「は?」
「…というか、結局これも、ひとつは固有能力をもっていることが前提条件になるので、私もノエルもまだできないんです。だから、レオンさんが来てくれてよかった。ここでもできることが証明されました。いやぁ、道具は貰ってきてたけど、できなかったらどうしようかと思っていたんですよぉ。」
人体実験大成功ってね。
ほんと、失敗しなくてよかったよ。
技術の方は心配してなかったが、施設の方はどうだろうって思ってたんだぁ。
「さて、ここでもできることが証明されたのはいいとして。これからどうしようか。…うちの領地の人だけなら、別に亜人との交流も問題ないんだろうけど、ここでやると他にまでバレるし、一部の人ならばいいのだけど、人が増えれば増えるほどどんな人が混じってるか分からないし、制御も不可能だ。瑞稀、どう思う?」
「概ね同じ意見だが。」
話を振れば、瑞稀は淡々とそう答えた。
「こういう話をするときばかり瑞稀は威厳あるんだ。…やはり、私を隠れ蓑にするのがいいのだろうか。」
「だろうな。」
「必要があれば、制御できる範囲でまぁ、陛下とかになら伝えてもいいか。緘口令を敷くことになるだろうけど。…ということで、レオンさんどうだろうか。」
すぐにやってしまったと思った。
瑞稀と話す延長線上でレオンさんにタメ口きいてしまった。
「…セシル、レオンもノエルも固まっとるぞ。」
「あれっ?」




