Seeing is believing.
百聞は一見にしかず
…というのは有名な話であるが、これは果たして故事なのか諺なのか。
その疑問に対する答えは、明瞭。
これは故事に由来する。
高校受験のときに知ったのであるが、英語にもにたような表現がある。
Seeing is believing.
見ることは信ずることである。
閑話休題。
件の固有能力によってディスプレイを製造している間、製造過程を見ているのは面白いことである。
幸い、材料に特殊な鉱石は必要なく(この場合の特殊というのはこれまでに使用したことがあるか否か、またストックがあるか否かによる)、魔道具製造過程に酷似していた。つまりは、工業製品というよりは魔道具という意味合いが強いことになる。当然ながら、気合だけで作った人間貴族界のものとは異なり、理屈によって作成されたモノであるから魔法の無理筋も少なめである。
「改良の余地は残されておるが、美しいのぅ…。無駄が少ない。否、ショートカットをしていないだけで無駄はない。理論をきっちりやったようじゃな。」
瑞稀も感嘆を漏らすくらいには素晴らしいんだろう。
確かに、構造も素晴らしいのかもしれないが、目を見張るべきは彼の技能の方ではないか。
固有能力によるサポートが入っているか否かは置いておいても、こんな細かい作業、私だったら御免だね。
「一応、完成しました。」
暫くの時間を経たのち、彼(名前に自信がない)はそう言った。
それはディスプレイに違いなかった。
液晶タッチパネルというわけには流石にいかないようだが、映像がうつりそうな黒い板である。
「使い方が微妙なのですが、魔道具を起動してから、うまく魔力を流して…あれ?上手くいかない。絵が出てくるはずなのに…」
画面にはよく分からない色がごちゃ混ぜになったようなものが映し出されていた。
脳内は意外と散らかっている。
整理して映像として照射など無理な話なんだろう。
「すみません。ちゃんと使い方がわからなくて…その、できればセシルさまにお願いできますか。」
彼(頭文字はイでヴァかヴィが入っていたはずの名前)は何故か私にディスプレイを差し出してきた。
「なんで私なんですか?その、私は専門分野を持たない未熟な人間ですよ?その、魔道具についてもあまり詳しくありませんし…」
疑問をそのまま彼に投げ返す。
「女神さまからの助言によれば、セシルさまならフィーリングで使いこなすだろうと。セシルさまの周りで今後面倒なことが起きるから事前に準備をしておくようにということです。」
女神さまからのメッセージというものが裏に書かれるのは洗礼における常識であるが、そこになんてことを書くんだ女神さまは。個人名、それも本人以外てどうしたらそうなるんだか。
「あ、そうなんですね。」
動揺しすぎて私は適当に頷くことしかできなかった。
それに、今後何かが起きるって不吉な予言を残さないでほしい。なんなら、詳しいことを教えてほしい。
私は受け取って、頭を捻った。
(ディスプレイはコンピュータの出力器であるから、コンピュータとの接続が必要なのは分かるんだけど、この場合、コンピュータにあたるのは何かな…。固有能力を持っている場合は脳とは別にコンピュータが搭載されているようなものだし、恐らくはそちらの出力をするための道具なのだろう。しかし、私には生憎、固有能力がない。ならば…コンピュータ機能が既に付随されている魔道具に連携して使えばいい…かな?)
私は洗礼受託場の先日連れて行ってもらった場所へ移動した。
大きな鉱石が置かれているこの場所に、先日気になるものが置いてあった。
まぁ、キーボードだよね。
そして、当然の如く鎮座するマウスだよね。鼠の形をしているのは悪ノリですよね。
つまり、入力機器があるなら出力機器をどうにかできるはず、という安易な考えである。
全てはやってみようということで、それっぽいところに差し込んだ。
「スイッチョン!」
起動した。
まぁ、そうだよね。
私は納得の表情でいたが、周りの人たちは…うん、気にしないでおこう。
画面に映るは
hello!
の文字。
噂の転生者なシステムエンジニアが作ったのだろうか。
どんな仕組みなのか分からないが、機能はもっと分からない。
とりあえずEnterキーを押すと、デスクトップのようなものが開かれた。
いくつかのフォルダとアプリケーションと思われるものが入っている。
とても整理されているように見えるが、使い方はさっぱり分からない。
unique ability というフォルダを開くと、中にはたくさんのファイルが存在していて、それぞれに名前が付けられている。
そして、私が見る限り、それらは固有能力名だ。
つまり、ここには固有能力が保存されているということ。
「瑞稀、昨日聞きそびれたここの使い方について聞いてもいい?」
「ふむ。確かに説明しそびれていたのぅ。ここは固有能力を追加する場所じゃ。」
瑞稀から驚愕の事実が説明された。
「追加?固有能力は1人1つでしょう?」
既に何を言っているのかちょっと分からないかなって状態。
「ここじゃ、かなり前から固有能力の運用というのが盛んでのぅ。一度誰かが得た能力をこの結晶に録り溜めて、使いたいときにそれを自分の能力として取り込むのじゃ。取り込める能力には限りがある上、最初の固有能力、つまりは女神さまに直接与えられた能力は捨てることができない、更にはこの場合使用不可な能力すら存在する。よって万能ではないがな。」
つまり、固有能力をアプリケーションに例えると、容量が決まっているハード(スマホみたいな)に最初から入ってたやつと、後から自分で入れるやつがあって?それをインストールしたり、アンインストールする場所であると。
ならば、このフォルダにあるファイルたちはその設計図またはプログラムにあたるものと理解して良さそうだ。
そしてもう一つ。
そのフォルダの名前は"Eikinskjaldi"。
エイキンスキャルディと読むことができるそうだ。
そう、彼は転生者なシステムエンジニアと思われる過去の人物。
このシステムを作り上げた人物である。
そのフォルダを開くと、ファイルがたくさん保存されていた。
"data_Eikinskjaldi_001.data"
"data_Eikinskjaldi_002.data"
フォルダの中にフォルダがあって、そこにはひたすらに拡張子.dataとされるファイルがずらりと。
(何もいじらないから覗きます。ごめんなさい。)
と心の中で念じてからファイルの一つを開く。
このファイルは編集が不可能であるように設計されているらしい。
保護ビュワーがずっと続いているような状況。
なるほど、文字の羅列すぎて何も分からない。
スクロールしていっても、脳が理解を拒絶する。
しかし、所々に値が示されていて、魔力値や身体データなどであることだけなんとか理解できた。
ファイルを最小化して、フォルダ"Eikinskjaldi"の別のファイルを開く。
固有能力の中でも意外とメジャーなものである、測定だ。
選んだ理由?簡単そうだからに決まっているでしょう?
測定に関する固有能力のファイルの更新日時が一番古いことから、手始めにやってみた実験のような意味合いが強かったのだろう。つまり、難易度が低そうという私の見積もりはあながち間違っていないと言える。
続いて、同じ固有能力をフォルダ"unique ability"のファイルで開く。
私の推測が正しいのなら、固有能力を複製した上で手を加えたものがフォルダ"Eikinskjaldi"に入っているものである。
そして、その推測は正しいと証明された。
ファイル同士を見比べると、一般化されている能力にあるものがEikinskjaldi版からは削除されている。値も所々異なっていて、何をどう変えたのかは分からないが、改造されているのはわかる。
さらに私はdataファイルを用いて、各数値との共通点を探り、最終的な結論を出した。
「<恐らくは、固有能力をそのまま利用するのでは効率が悪いのでしょう。女神さまから与えられるときにオートで調整が加えられその人に最適化されていると考えられ、追加する固有能力にも同じことを手作業で施したのがこのエイキンスキャルディという方なのでしょう。正直、私では手に負えませんが、少しは扱える気がします。実際、女神さまに与えられた固有能力と後から追加したものでは作動に違いがあるのではありませんか。恐らくdataはチューニングに使用していたのでしょう。度々、調整していた形跡が見られます。恐らくは皆さんが使用しているのは調整機器につながる入力デバイス。データを取るのにはこれを使っていたのでしょうね。…ごめん、こんなのが私の意見だから翻訳お願いできますか。>」
日本語で思ったことをペラペラと言ってからぁの瑞稀へ丸投げ。
私も大概ひどい人間ですよ。
それにいつも付き合ってくれる瑞稀には感謝を。
そして、それ以外の人たちの反応はスルー推奨を。
ふと見つけたファイルを開くと、そこには簡単な説明があった。
最初にこれを教えてくれよ、Eikinskjaldiさんよぉ。
めちゃくちゃ苦労しながらそれを読めば、私の考えで概ね間違っていないっぽ。
さらに、女神さまから与えられた固有能力ですら、さらに最適化をすることができるらしい。理由は、オートの限界ということだ。マニュアルが勝る創意工夫が大事ですということらしい。
チューニングに失敗した場合はちょっとした頭痛が起きるけど、それ以外に問題はないから、すぐに利用を停止してやり直すことを推奨。
ここにある測定器はなかなか良いものだが、完全版ではない。完全版はカステーンという地方にある人間の軍事施設のようなところにあるらしい。そこには更なる機能をもりつけた素晴らしいものがあるから是非訪れてほしいらしい。
…この人は間違いなくマッドサイエンティストだ。
悪ふざけが過ぎると思う。
なんで、カステーンという場所にしたんだ?
それも人間の軍事施設にやばいものを仕込んだな?
この人、まずいと思う。
この間、手記が残されていると聞いたけど、今すぐ読まないとまずいことになりそうだ。
「<おい、セシル。此奴の固有能力の追加取得を手伝ってやってくれないかとのことじゃぞ?>」
皆に説明を終えた瑞稀がそう言った。
「<でも、そんな、上手くいくかどうか…。>」
「<問題あるまい。製作者の奴も、頭痛程度で害はないと我に強要しておったし。>」
(やっぱりマッドサイエンティストなんじゃ…。)
でも、問題がないのは事実。
そして、自分で人体実験ができないのも事実。
「<…仕方ない。計測方法がよく分からないけど、恐らくはそこの手をかざすやつだと思う。そこに手を置いてもらえるかな?>」
私は説明通り、データの読み取りを行うアプリを起動し、ペアリング。
瑞稀は彼に説明をして、手をかざさせた。
10秒も必要としなかった。
「ありがとう。もう大丈夫。ちょっと休んでてもらえる?」
なんとか英語でそう返すと、フォルダ"unique ability"の測定に関するファイルを開き、複数ウィンドウでの作業になる。
ちょいちょいコメントを残してくれている開発者には感謝だな。
コメントには // または # が必要らしい。
逆に言えば、それらをつけることでプログラムに支障をきたさずに文字を入れ込むことができる。
これは反復練習が必要だな。
幸い、Eikinskjaldiのお手本と元データが残されているから、何度も練習ができる。
ファイルを見ているとすぐに分かることだが、固有能力はいくつかの能力の組み合わせによってできている。
それを読み取るに、被っているものは消去するのが良いようだ。
メリットは容量を減らせることと、シンプルになって起動効率がよくなること。
デメリットはあまりない。連携というイメージが湧かないと大変というだけか?
被っていなくとも、自分の技能で補えるものは消去するのが当然らしい。
例えば、人間の社会で時計職人とは固有能力を得ている者だけの職業であり、それまで何もしていなくとも固有能力が発生した途端、時計が作れるようになる。それにはカラクリがあったようだ。
手元の操作に関するサポート機能が能力内部に埋め込まれていたのだ。今回の例のように事前に工房で実力がある人が対象の場合、それらのサポート機能が存在しない。それらは彼の実力である。
これに関してはEikinskjaldiの説明に誰かが追加で残している
これについて気づいたのは別人のようだ。
司祭には文字が読めるようになるサポートがついているが、それらを消去することで、容量が空き、新たな固有能力を入れられるということらしい。
恐らくEikinskjaldiは興味なかったのだろう。
何故なら、彼は魔改造を当然のごとく実行していたのだから。
そして、さらに時間が過ぎて、測定のファイルに手を加え終えた。
「なんとか完成しました。頭痛とか不調を感じたらすぐに教えてください。これでもプロではないし、初めて触っただけなので、不恰好ですが、魔力値とかの主要データの反映だけはちゃんとしたつもりなので、最初よりはマシだと思うのですが、あ、さっきと同じように手をかざしてください。」
それらのファイルを彼にインストールするように専用アプリを開いた。
尚、彼女はちゃっかりと彼の固有能力を複製してフォルダ"unique ability"に追加していた。
「これは要勉強だな。かなり面白いし。本来、地球で専攻したかったものに近い。」
彼のインストールは数十秒で終了した。
「体、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」
かなり、私の話し方が乱雑になっているが、ここはお目溢し願おう。
「君自身の固有能力と今入れたやつの違いってどんな感じ?」
「えぇっと…今入れたのはちょっと起動が遅くて、自分のじゃないみたいな…。」
やっぱりそうだよね。
私程度のではそれが当然。
と、もっと頑張ろうと落ち込みながらも気持ちを新たにしていた私だったが、周りは驚愕の嵐が吹き荒れていた。
「嘘だろう?そんなに早く起動できたのか?」
「もっと動かないものだろう?というか、不便すぎて、一部の人を除いて追加などしないのだぞ?」
うん、スルー推奨。
さて、このdataだけど、個人情報くさいから、消去かな。
次測定した時には恐らく、違った結果になるだろうし、その時は恐らく必要ない。
私の変更は不恰好すぎるし、もう一度データ取り込みしたらそのファイルは恐らく見れるのだから、いらない。
よって、保存しないで削除。
ふぅ。
大変なことでした。




