ギルド
依頼受取窓口の受付は綺麗なエルフの女性だった。
「はじめまして。セシルと申します。昨日、スズリさんが私の代わりに依頼した眼鏡フレームのデザインについて、集まったデザイン画を見たいのですが。」
建物の中はシンプルで、受付窓口と依頼ボード、簡単な座席とファストフードらしきものを売っている店がある。
スズリさん曰く、ここで待ち伏せをしている人がいるらしく、ここに住んでいるといっても過言ではなかったりする人もいるのだとか。隣には宿屋というか、たくさんの席がある飲食店なのか何かがあって、そこでは時間ごとに料金を取りながら、依頼をリアルタイムで紹介するサービスをしているらしい。ギルドと提携することによって、一定の利益をギルドに還元しながら情報の提供を受けるというWinWinな関係を築いているのだと。
「はい。ギルドで受付をしております、アイナリンドと申します。アイナ、とお呼びください。セシルさまは初めてとお見受けします。依頼者本人でないと受け取りができないルールがあります。おそらく、同伴されているそちらの方…」
「えぇ。私がスズリ、です。彼女、ご存知かもしれませんが転生者の人間でして、初めてならば、説明をしてもらえないかな…と。すみません。受け取りは規則通り、私がおこないます。」
スズリさんがそう申し出た。
と同時に不思議に思う。
「混乱を招いて申し訳ありません。差し支えなければ、彼女がスズリとわかった理由を聞いてもいいですか。」
スズリさんは一言も話していない。
私も、彼女の前でスズリさんと呼んでいない。
聞いたことがある。
受付業や接客業でひとりひとりの名前を覚えているプロ意識の高い人がいると。
「昨日、メガネの依頼をしてくださった方は彼女でしたので。全員を覚え続けることは難しいですが、努力はしています。」
まさか、予想が当たるとは。
謙遜が入っているのかどうかは此処の文化に由来するが、スズリさんのことを覚えていたのは事実だ。
「私は人の顔や名前を覚えるのが得意ではないので、尊敬します。」
「そう言っていただけると嬉しいものですね。では早速、集まったデザイン画です。こちらになります。買い取ったもの以外は忘れていただくことになっています。著作権というものがありまして、これを覚えて別の場所で利益を得ることは禁止されています。これらの知的財産権はギルドが管理するものとなっておりますのでご了承ください。」
受付のアイナさんは丁寧に注意事項を説明してくれた。
途中、知らない単語があって聞き取れなかったけれども、Copyrightとは、©︎のことだと推測できるから、著作権だろう。文脈からも、権利に関する話をしていることはわかった。
Rightという単語はたくさんの意味を持っていて、「右」という意味の他に、「正しい」などのの意味もあり、とてもたくさんの意味を持つ単語として有名だが、その中のひとつに「権利」というものがある。
この街はとても先進的で形ないものにも価値を見出している。
知的財産権の管理・保護に力を入れていることがよく理解できる。
「わかりました。慎重な行動を心がけます。素敵な文化を創り上げるためです。」
まぁ、言ってること聞き取れなかったりわからなかったりしたら瑞稀に聞こう。というか、瑞稀に全てお伺いを立ててから行動しよう。まだ、ちゃんと法律や権利を理解していないのだし。
「ご理解いただきありがとうございます。では、この中からお選びください。買い取らなかったデザインに関しても、気に入っていただけたのなら、その人の名前を紹介することができます。次の依頼時にご参考にしていただけると幸いです。指名依頼制度を使うことで、不特定多数ではなく、希望した人と直接交渉して仕事を依頼することができますので今後のご利用を検討ください。ギルドでは依頼受託時に名前の公開/非公開を尋ねます。そこで非公開を選んだ方については紹介が不可能であることをご承知おきください。また、名前も依頼受託時にお伺いしたものとなりますので本名と異なることにもご注意ください。」
名前の紹介によって次の仕事へ繋げる仕組み、指名依頼による継続的な顧客の獲得、個人情報の保護、など。
あまりに難しい単語が多かったので瑞稀がコソッと通訳をしてくれた。
で、その概要を簡単にまとめてみると、現代社会で重要視される権利その他がいっぱい。
日本では覆面アーティストというネット上で活躍するアーティスト(歌い手さんとか) で顔を出さないという人は意外と普通になってきていた。同じ会社でもデザインの系統やターゲットによってブランド名の変更をする会社もザラにあった。
すなわち、ラベルの張り替え、顔を隠す、そういうことができるということである。
うん、すごいとしか言いようがない。
「セシルさん、どうします?どれも素敵ですけど。」
「ふむ。我はこれとかが好みじゃのう。」
私が考えている間に二人は既にデザインを物色していた。
「ちょっと待ってください。私も見るので。」
私も数枚のデザインを物色する。
「…同じ形が多いのは気のせいですかね。」
「いいえ、気のせいではないと思いますよ。というか、私がそうなるように指定しました。」
のほほんと見ながら呟くと、スズリさんがそう答えた。
え、聞いてないんだけど?
え、言ってませんし。
という会話が目線だけで交わされた。
「ふぅ。セシル、お主の顔の形に合わせられているんじゃろう。合うメガネと合わぬメガネは極端じゃ。故に、このコンペにおいてそのメガネに該当しないというだけで落とすことがないように、予め顔の形を指定しておったのじゃろうて。」
呆れたように瑞稀が言った。
そんなことも分からないのか、というのが透けて見える。
「…察しが悪くてすみませんね。」
私がちょっと拗ねちゃったのも仕方ないと思う。
ほら、まだ子供だし?
だって、5歳だもん。
「いい加減、年齢を言い訳にするのはやめよ。確かに、精神年齢は引きずられておるが、ここにいる者はひとりの大人としてお主と接しておるのじゃ。」
「それは…わかっています。」
理屈で理解するのと感情論は別物である。
とても便利な言葉だよね。
理解できるんだけど、感情的に納得できない…。
感情に流されないけど、完全に納得しているわけではないよってアピール。
「スズリさん、わざわざ気遣いありがとうございます。ですが、どのように指定したのですか。」
そう聞くと、キラッと眼鏡を輝かせ、クイッと眼鏡を直した。
「よくぞ聞いてくれました。」
あぁ、言いたかったんだね…と私は温かい目で彼女を見た。
「国際眼鏡協会であらかじめ決められた4つのパターンがあるのです。丸顔、四角顔、面長顔、三角顔。このどの顔に当たるかを眼鏡デザイン依頼時は指定する必要があります。コンペの公平性を守るため、情報もまた公開する必要があるのです。」
国際眼鏡協会という謎組織が出てきたが、スルー推奨。
この世界において国際がどのような意味を為すのか謎すぎるが、スルー推奨。
私の無意識の領域から危険信号が送られてきている。
「なるほど。それで、私はどれに当てはまるのですか。」
「この中ですと、面長顔というものに当てはまります。私もそれで申請しました。」
よくやった、私のスルースキル。
「なるほど、その結果がこれらのデザイン、と。」
ありがたいけど、こだわりがあまりになさすぎる。
「瑞稀、どれがいいと思う?」
うん、頼れる大人瑞稀に聞くに限る。
「これなんかはどうじゃ?ストラップも込みでデザインが為されておるから、普段は首からかけられる上、よく見なければ気づかないが、つるの部分の装飾が綺麗じゃぞ。」
紹介してくれたのには、綺麗な装飾がつるに施されたもの。
私からしたら、眼鏡のストラップは素敵なおばさまが老眼鏡につけるものというイメージがあったのだが、これはかっこいいかんじ?でいいと思う。何なら、外せばいいしね。
「うん、じゃあこれにしようかな。あ、でも、これって一種の審査なんだよね?こんなに気楽に決めちゃっていいのかな。もっと公平に…とか?」
よくよく考えてみれば、これらが就職や給料に直結するのだ。
こんな適当でよかったのだろうか。
「いいんですよ。」
スズリさんがそういった。
それに、瑞稀も…
「そうじゃ。お主、何かを勘違いしていないか?価値あるものを選び出すのではない。依頼者が選んだものに価値があるのじゃ。お主は地球でも何度も買い物をした。それだって選択、彼らの商品の中から選び出すということじゃ。選ばれた商品には金が支払われ、評価される。これはそれと何ら変わりない行為じゃ。近すぎてなにを思ったのか知らぬが、需要と供給。需要に合わせたものをつくる、それが商売じゃ。」
確かに、見えないだけで、消費者は評価をしていたのだ。買う/買わないという行動によって。それによって誰かの懐が潤ったり、逆にリストラされる人もいたかもしれない。とてもシビアな世界に思えるけど、それがビジネスというものだ。価値があるから選ばれるのではない、選ばれたものに価値があるのだ。
「そう、でしたね。私は酷く思い違いをしていたようです。それも含めてしっかりと学ばねばなりませんね。」
それに対して瑞稀は優しく微笑み、頷いた。
そのためにここに来たのだろう、と。
「では、アイナさんを呼びますね。」
スズリさんはすぐにギルドのお姉さんを呼んでくれた。
「わかりました。こちらでお支払いをします。そのデザインを利用して何かしらの商業的利益が生じた場合は、デザイナーへの還元が必要となります。詳しくはギルドの規約書をご覧ください。当初申請してくださった、セシルさまの眼鏡をつくることに関しては別途の料金は発生しません。工房に頼む場合はそれらの注意事項を説明するようにお願いします。ギルドではこれらの知的財産の権利を一括管理しております。違反があった場合は司法的制裁もやむを得ません。ご注意ください。工房へは自らのツテで依頼すると聞いておりますが、ギルドでも依頼をかけることができます。今後、利用したい場合はギルドという選択肢もご検討下さい。」
とても丁寧なアイナさん。
素晴らしいね、子供と見ると侮って適当な対応をする人もゼロじゃなかったから…少なくとも自分が中高生だった日本では。
「ご丁寧にありがとうございます。私もギルドについて知識を得ることができたこと、嬉しく思います。」
ニコッと笑ってみせる。
「こちらこそ、どうぞ街での滞在をお楽しみください。」
ありがとう、アイナさん。
ありがとう、ギルド。
眼鏡をつくったらそれを身につけて遊びに行くよ。




