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眼鏡に関する話を頂いた次の日、事情があることを伝えて質疑応答を途中で切り上げさせてもらった。
「瑞稀、あなたはコンペのこと知っていた?」
「知っておったわ。我を誰と心得る?」
「瑞稀さまですとも。」
ふざけた会話をしているのは重々承知であるが、このような会話も英会話の練習の一環である。
私たちは、眼鏡の作成を持ちかけてくれたスーズリことスズリさんに先導されてコンペの会場のような場所へ連れて行ってもらっている。
「詳しく仕組み…を聞こうかとも思いましたが、先日聞いたのが全て、でしょうね?」
「そうですね。これ以上をどう説明したらいいのかな…。でも、ひとつ確実なことは、これをつくったのは転生者であるということですね。その人は、このシステムの根幹となりうる技術を作成したので、そちらの方が有名ですが。そのシステムは代々転生者でわかる人がいるかどうか、というくらいでして、再現も不可能かと。」
スズリさんは歩きながら話してくれる。
「転生者以外に理解が難しいと。」
「はい。他の技術については、転生者の発想や視点を取り入れて、こちらの技術を伸ばす、または、こちらの職人が作成するのです。なぜならば、こちらの職人も矜持を持っていますからね。」
スズリさんの言葉は何より、現在の状況が証明していた。
私の発言を聞いて、日々、研究が捗っていると聞いているが、私が述べているのはふわっとしたもので、全く答えになっていない。私はあくまで高校生としての記憶しか持ち得ないがために、過程を何段か飛ばした完成品の形を知るのみ。それだけでは何の形も成すはずがないのだ。現在研究が進んでいるのは彼らの実力以外のなにものでもない。確かに、新鮮さや異なる視点、完成した製品や進んだ世界などの断片的な情報が彼らの発想を掻き立てている。それが私の役割であることは理解している、私にできることはそれしかないことも理解している。
それに対して、スズリさんが現在説明しようとしているシステムは転生者によって創り上げられたもの。他の者には再現が不可能。この時点で、そのシステムの異常さがわかるというもの。
「ふふっ、まぁ、そちらに興味があるのもわかっていたし、これからの生活にも役立つだろうから、先に役所に向かいましょう。」
「…最初からそのつもりだったじゃろうに。」
スズリさんは最初から役所に向かう予定だった上、瑞稀もそれに気づいていた。
気づいていなかったのは私だけ、初めての街だから仕方ないとはいえ、少し恥ずかしい。
「役所に行くまでに少し、説明していただけますか?」
私はスズリさんに尋ねた。
「えぇ。『コンピュータを利用してシステムをつくることは別の世界を創造することに等しい。この中には無限の世界が広がっている。』 ーこれが、そのシステムを作成した転生者、エイキンスキャルディの遺した言葉です。それ以後に前世の記憶、地球の記憶を有している者たちはその言葉には納得していましたが、残念ながら我々には理解しがたい、いや、納得できないのです。」
スズリさんは悩ましいような表情をしている。
「瑞稀も理解できなかった?瑞稀はエインスキャルディ含む多くの転生者にひっついてきたのでしょう?」
私は瑞稀に話を振ってみる。
瑞稀は長い間生きているから、私よりも多くの知識を持っているのは当然のこと、多くの転生者と契約を結んできたと思われる。私の場合は押しかけだったけれど。
「そんな目で我のことを見るでない。失礼な。」
ジト目がバレたのか、瑞稀から反撃?をくらう。
「それで、瑞稀はどうだったの?」
変に話が逸れてしまったので、再び問い直す。
「…少し、じゃな。転生者だからといって全てを知っているわけではない。転生者は理解しているというよりは、完成品のようなものに囲まれていたから理解せざるを得ない。イメージで我らが得ようとしているものを見知ってしまっている。我は完全に理解することは不可能じゃったが、それらを利用したことはある。故に、全くわからないわけでもない。じゃが、我を含む一定のモノにはある制約がかかっておるから、一定の条件下でないと使用は不可能なのじゃ。」
やれやれといった具合か、首をふる瑞稀、そしてスズリさんは意見を求めるように私に目を向ける。
「瑞稀の言う通りだと私は思います。利用していても仕組みがわからないものなんて山ほどあります。その使用感だけを伝えられて理解できている方が異常、それだけでここの職人、研究者の凄さがわかるってもの。それが、あれだけかけ離れたものではどうしようもないでしょう。コンピュータの中に異世界を創造する、言い得て妙ですね。確かに、あの中には無限の世界が広がっているように思えます。それがコンピュータの真髄、とはいえ、最初はコンピュータは演算装置、計算機だったのだから。洗礼で受け取る固有能力も似たようなものでしょう。あれは脳内にコンピュータを借り受けることかと、推測していますが。」
「あれがコンピュータ?確かに、そういう仮説は有名だけれど、それをそのままいったわけじゃないのでしょう。」
スズリさん曰く、洗礼における固有能力はコンピュータを借り受けるようなものというのは有名な話だそうだ。これについても、やっぱりとしか思わない。私程度が気づくことならば、他の地球人が気づかないはずがない。
「私はそう考えていました。やはり、その考え方があるのですね。コンピュータは仮想的な世界を構築することができます。向こうに存在した、コンピュータゲームなんかはそれですね。シミュレーションなんかも当然、当たり前でしたし。3Dグラフィックスは苦手でしたのでよくわかりませんが、コンピュータという機械の中で、計算に計算を重ねて世界を構築するのです。という説明では、伝わりませんよね…。できたら、彼が作ったとシステムを教えていただけないでしょうか。」
「すみません、話が逸れました。」
スズリさんの謝罪に対して、気にすることはないと返答する。
この会話を始めたのは私なのだから。
「現在、この街、いや、人間以外の集落ではよく使われているこのカードです。彼の固有能力は『magical power print』、各個体の魔力を識別する稀有なものだったそうです。各個体の魔力は全て異なり、完全に一致することはあり得ません。従って、これによって各個人を判別するカードを作成したのです。市民証と呼ばれていますが、このカードを役所で作成することで、さまざまなサービスを受けることができます。そして、専用の機械によってその人の情報を管理することができるのです。本来は、とても汎用的なシステムの根幹ですが、我々の発想力や技術力不足で、現在は我々の目的地であるコンペを執り行うギルドでの使用のほか、銀行口座など、限られた場所でしか使うことはできません。その全てを彼、エイキンスキャルディが作成したわけではありません。彼のシステムを利用することで、転生者の一部の人たちはシステムを作成していきました。おかげで、かなり便利になったのですよ。」
スズリさんの話から、かなりすごい人だとわかる。
市民証には固有の魔力が登録され、セキュリティも万全、さらに統一されている。
近未来?現代日本なんかより、よほどすごいことになっているよ?
まぁ、ここまで綺麗に成功した理由にも想像はつく。
すでに中途半端に出来上がっているシステムに無理やり対応させながらデジタル化するよりも、何もないところからデジタルによって適切な組織を作成していくのでは、後者の方がうまくいくに決まっている。
組織全体として前向きならばまだしも、既得権益やその改革によってその立場を追われる権力者による抵抗や、その他の人間関係、組織内の色々に対処すれば、自然と歪に出来上がっていく。デジタルは、みんなで分担して仲良く、なんかよりも、統一したシステムの方が優れる。何らかのトラブルが発生したときに、対処できなくなるためだ。そういった事例をニュースで何度も見た。技術者が下請けになって利益を享受できないどころか、彼らによって方向性を決められなければ、何らかの問題が生じることは自明の理。技術や魔法の存在もそうだが、社会としての在り方もこの素晴らしきシステムを生み出す大きな要因となったのは確かだろう。
「システムエンジニア…、彼の前世の職業ってSEじゃないかしら。プログラマーかもしれないけど、それはもはやどうでもいい。きっと、何らかの専門家だったのでしょうね。彼に最大の敬意を。」
私は静かにそう述べた。
「転生者を、いや、互いに見下すことは絶対にしないつもりですし、互いが互いをリスペクトするように意識はしていますが、それ以上の敬意を彼に表したいと思います。」
スズリさんもそう述べた。
「ほれ、着いたぞ。ここが役所じゃ。」
瑞稀が声をかけた先にある建物は、とてもサイバー感溢れるものだったと言っておこう。




