眼鏡
眼鏡。
レンズ部分はガラスで作られており、光の屈折によって視力の補正をする。
そもそも、人間は光の反射でモノを見ている。
水晶体で光を屈折させて、網膜に映し出し、それを脳がうまいこと調整して認識する。
glass はガラスだけど、複数形にすると、glasses、眼鏡になる。
そんなことは知っているんだけども。
何故、唐突に眼鏡の話をしたのかというと、
「セシルさん、気になっていたのですけど、視力悪いでしょう?」
初日からずっと続いている質疑応答の最中、というか、休憩時間にそう声をかけられたのだ。
彼女はドワーフで目の研究をしている人のひとりだ。
「…言われみるとそうかもしれません。う〜ん…前世はもっと見えていたような。」
基本的に遺伝とも言われているが、それ以上に?私は幼い頃からデスクワークをしすぎていた。
伯爵家の屋敷にはデスクライトもなかったし、本棚によって日の光も遮られがちだった。
うん、視力が悪化して当然。
日の光の入り方は気をつけて建築がされているんだろうけど(遥か昔、文明が栄えていたときにつくられたから)、その知識がつながっていなかったから、家具の置き方で全てを無駄にしていたといっても過言ではない。
そんなことを考えながら彼女に答えると、彼女は私にこう提案した。
「眼鏡、つくりませんか?」
そう、眼鏡。
この世界の少なくとも人間の文明には存在しないもの。
唖然としていると、彼女は察したのか、ニコッと笑って言った。
「ほら、私もつけてるでしょう?眼鏡人口増やしたいんですよ。よく見えない状態って無意識で目を酷使してるって言いますし。」
彼女のいう通り、彼女は眼鏡をつけていた。
よくみると、フレームには細かく細工がされていて、おしゃれだ。
眼鏡をつけていると、パッとしないとか、垢抜けないとかいうけど、それはやっぱり、合う合わないの問題なんだろうね。
事実、彼女はすごく素敵だ。
周りを見ると、確かに、眼鏡をつけている人がちらほらと。
でも、思ったより少ない?
「…眼鏡。それもいいですね。お願いできますか?」
「はいっ。もちろんです。」
眼鏡をつけられるならそれはお願いしたい一方で、他にも気になることがある。
「質問があるのですが。」
「どうぞ。」
一言申し出てから彼女に質問をした。
「前世、地球ではコンタクトレンズというものがあって、メガネと同じく視力を補正する道具として使われていたのですが、ここには眼鏡以外に視力を補正する術はあるのですか。」
研究所にいるならば、視力が悪い人は比較的多い気がするというのは私の偏見だろうか。
種族によって目がいいとかあるかもしれないけど、眼鏡があるなら、コンタクトレンズも伝わっていていいはずだ。
「コンタクトレンズ、それもこちらに伝わっています。ですが、そのものの再現には成功していません。」
あ、そうなのか。
確かに、衛生面とか色々。眼鏡に比べて難易度が高いよな。
「ですが、地球にはない術がここにはあります。」
!?
「眼鏡でもコンタクトでもない?手術とか、ですか?」
「いいえ。そのような高度なものはここにありません。ご存知の通り、地球とこちらの世界の大きな違いは魔法の有無です。魔法を使って視力を補正することができるのです。」
魔法で視力を補正?
「そんなことができるんですか?」
回復魔法とか、聖魔法とか?
こちらでは聞いたことがないけど、漫画やアニメ、創作の世界ではヒールなんてよく見たものだ。
でも、それでは先天的に悪い目には対応できない可能性が…。
「正確には視力を上げる魔法は存在しません。あ、断定するのはよくありませんね。少なくとも、知られていませんし、見つかっていません。」
では、どうやって?
「水魔法を使用するのです。コンタクトレンズから発想を得ているのですが。」
彼女は眼鏡を外して、白衣についている胸のポケットに引っ掛けた。
「lens」
彼女がそう言うと目の前に小さな水の球が現れる。
それが彼女の意思に従って彼女の目に吸い込まれていく。
「このように、コンタクトレンズの役割を水魔法で代行するのです。自分でレンズの調整を行わなければならない上、常に魔力でその形を保ち続けなければならないため、魔力の消費が激しいですが、戦闘を行う人たちにはとても重宝されています。」
彼女が静かに目を瞑ると先程魔法を使用した目から涙が流れた。
「使用後はこのように涙として排出します。眼鏡を推奨する私としては、好き好んで使うものではありませんが、魔法のコントロールを練習するにはこれ以上ない題材だと思います。その応用で望遠鏡を瞬時に創り出すこともできますが、これは難易度が高い上、普通に望遠鏡をつくったほうが圧倒的に綺麗なので、緊急時や荷物として望遠鏡を持っていけないときに限りますね。」
笑いながら言った。
コンタクトレンズと違って、水だから魔法を解除しさえすれば、涙として排出されるから、ゴミが出ない。
なおかつ、前世で聞いた、コンタクトをつけたまま寝てしまって目の裏側?に入って痛い、というのもなくなるということだ。寝ながら魔法をキープなんてできる人だとしても、痛い思いをして取り除かなくったって魔法を解除すればいいのだから。
たった一つの水魔法でもこれだけ応用の幅があるんだ…。
人間の文明ではただ攻撃する手段に用いれるかどうかだけだった。
飲料水を出せるからある程度評価されていたけど、攻撃に対する有用性が低いとして研究からも切り離されていたはず。
「あ、そろそろ時間ですね。質疑応答のあと、時間ありますか?眼鏡、つくりにいきましょう。」
彼女の声に思考を一気に引き戻された。
「はい。よろしくお願いします。」




