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スマホ神話

 その行列の先頭に並んでいる男のドワーフが、英語で私と瑞稀に言った。


 「俺が最初に質問することになったが、皆が俺の質問に取られる時間が長いと文句をいうんだ。実際、俺のにかかる時間は長くなるだろう。で、だ。クジで勝ち取った権利だ、この順番は覆らねぇ。だが、最初に誰もが気になる質問を答えてもらおうってな話になった。だから、まずはあの神話。セシルさんの視点から頼む。」


 残念ながら、ほとんど聞き取れなかった。


 この人が最初に質問するということ、この人の質問には時間を要するため文句を言われたこと、くらいか?


 私は目線で瑞稀に助けを求める。


 「<此奴の質問に答える前に、皆が気になっている神話について聞きたいそうじゃぞ?>」


 日本語で私の疑問に的確に答えてくれる。

 通訳がいるってありがたい。


 「<長くなっちゃうから、みんなが聞きたいことをまず最初に話せって?>」


 おそらく、この行列に並んでいる人はかなり待つことになるのだろう。

 その間、彼らの通常業務を妨げることになるのは嫌だ。


 「<…とりあえず、順番に名前とか紙に書いてもらって解散でいいと思うんですけど。ずっとこんな列にしておくのは気が引けますし。なんなら、こちらから挨拶回りするので、部屋番号みたいなのくれれば、順番に伺うんだけど。って言いたいんだけど、瑞稀、頼めます?>」


 「<…これくらいは自分で、と言いたいところじゃが、今は急ぎじゃ。仕方なかろうて。>」


 瑞稀は懐から筆記用具を出した。


 「お主ら、ここに順番に名前と居所を書け。こちらが挨拶も兼ねて順番に回る。質問もそのときでいいじゃろう。神話くらいは聞いていってよいから、先にさっさと書け。話を聞くにも聞きにくいじゃろうて。」


 英語で瑞稀が私の意思を伝えてくれた、と思う。


 一番前から順に名前と部屋番号と思しきものを書いていっている。

 書き慣れているだけあって速い。

 まぁ、歴戦の研究者と習いはじめたばかりの領民を比べる方がおかしいのだが。


 書き終わった者から列を離脱してバラけていく。

 その中の一人が瑞稀に話しかけた。


 「すみませんが、セシルさん、瑞稀さま。」


 「なんじゃ。」


 「私だけではないと思うのですが、全く違う分野だとしても、他の質問の答えは聞きたいです。」


 恐る恐るといった雰囲気だったのだが…。


 「それは僕も。」

 「私も。」

 「俺だって。」

 「某も。」


 多くの人が同調し、すぐに大きな波になった。


 聞いたことがある。

 関係のない分野の人との何気ない雑談が研究のヒントになったとか、その分野の知識が必要だと分かったとか。

 ここの人たちは幅広さも大事にしているんだと分かった。


 誰がどんな研究をしていて、どんな知識を持つのか。

 知識を全て覚える必要はないし、不可能だけれど、いざとなったときに、誰に助けを求めるのかが分かるような知識は必要なのかもしれない。


 「セシル、どうする?」


 瑞稀の質問に答えるのに悩む。


 「分からない。でも、ずっとこの場所は私はなしだと思う。」


 「確かに。ここは玄関に当たる部分だ。風も通るし、話すのには適していない。」


 なんとか英語で答えた私ってエライ!って自画自賛したね。


 「<…回答が聞きたいだけなら、後でまとめて回すけど、そうじゃないなら、広い部屋借りて…とか?そんな都合のいい部屋あるのかなぁ?>」


 ぽろりと口から漏れたのは日本語で、やっぱり自分は日本語に慣れ親しんでいるのだと実感した。

 それを横目で見た瑞稀はひとつ呆れたようにため息をついて、英語で皆に呼びかけた。


 「質問とその回答は書面にするが、書面だけで納得出来ぬ者はどれだけいるか?」


 その言葉に多くの者が手を挙げた。


 「ならば、ここで一番大きな部屋に案内せよ。流石にここにはいられんし、立ちっぱなしもキツいしな。」


 それには皆が納得したようで、急いで動き出した。


 ある者は逸早く会場を確保しに、ある者は会場の設備を整え、ある者は私たちを案内してくれる。


 「<…動きが早い…。既に打ち合わせられていたかのようだ。台本でもなきゃ、こんな風にはいかないだろうに。それに、そんな急に身勝手に場所を使ってしまってよかったのだろうか。>」


 「問題ないだろう。ほぼ全員が質問に来ていたのだろうし、それらの理解は得ておる。」


 私の日本語に対して、わざとだろうか。いや、意図的に違いない。

 瑞稀は英語で返した。


 「それよりも、セシル、」


 一段声が低くなり、私を睨みつける。


 「いつまで甘えているつもりだ?なんのために留学に来たのか忘れたのか。ここは日本ではないんだぞ?」


 その視線に身がすくんだ。


 確かに、私は甘えていた。

 

 瑞稀という通訳がいるからと、それに甘んじて死ぬ気で会話についていかんとする気力が足りていなかった。

 なんのために留学に来た、その通りだ。

 これでは何も変わらない。

 何も変われない。


 留学をすれば自分が変わると思っていた。

 けど、違うんだ。

 当たり前だけど、変わろうとしなければ変われない。



 私は馬鹿か。


 叱咤されるまで気づかないとか。



 両手で強く自分の頬を叩いた。


 泣くな、泣くほど頑張ってないだろう。

 過ぎたことは仕方ない。過去は変えられない。


 今はどうするか、だ。


 急いで鞄の中からノートとペンを持って、ノートの横幅を1:3くらいになるように縦線で区切った。


 「ごめん、瑞稀。分からない単語が来たらスペルと意味を教えてくれる?片っ端から覚える。」


 そうだ、分からないことは仕方ない。

 だけど、二度は聞かない。


 「やっといい顔になったな。」


 瑞稀は満足したように笑ってから歩き出した。


 そうだ、これから問答が始まるんだ。


 たくさんの分野でたくさんの単語に触れる。

 語彙を増やすのにまたとない機会。


 気合を入れて、さぁ行こうか。




 例の部屋に案内されて、私は教卓みたいなところに用意された椅子に座っている。

 席は全部こちらに向いているというよりは、グループごとの机で実験室のような雰囲気?

 ディスカッション重視なのかな?とか妄想していた。


 と、では最初の質問?


 気合を入れて答えるぞ!と思っていた。

 

 というか、最初に皆が共通して聞きたいことで既に詰んでいた。


 「myth?」


 聞きたいことの核心が分からない単語ではどうしようもない。


 「ねぇ、mythって何?」


 ここは仕方ない。

 瑞稀に聞こう。


 で、メモに書いて覚える。


 「<神話のことじゃな。>」


 神話…


 神話ぁ?


 「<神話って神の話って書くやつだよね?親和とか、そういうんじゃなくて。>」


 「<神の話で間違いないな。>」


 驚き過ぎて日本語が飛び出してるけど、これは仕方ない。

 意味の確認だし。


 …にしても、神話…。

 ギリシャ神話にしても、日本神話にしても、私は興味なかったからあまり覚えていないんだけど。

 この世界の女神さまに関する神話にしても、よく覚えていないし。


 うん、分からないものは分からない。

 ごめんなさいしよう。


 「すみません。私は神話に詳しくなくて、お話しできません。」


 オリンポス十二神?

 アメノウズメ?


 ゼウス、ハデス、アルテミス、アテナ?

 他に誰がいたっけな。


 ゲームみたいなので色々出てたと思うんだけど、どれがなんの話なのかが全く分からん。


 ルシファー、ミカエル、ラファエル…これは天使だっけ?


 ふと目の前を見ると、ぽかんとしていた。

 知らないと言われると思わなかったのだろうか。

 いや、こんなに実用重視みたいな街で神話に興味を持たれること自体がおかしい気がする。

 そもそも、そんなに詳しい転生者(ひと)ばかりじゃなかっただろうに。


 「セシル、なにか勘違いしていないか?」


 misunderstanding


 勘違い?


 瑞稀がそういうが、いや、どこの部分で?

 瑞稀がmythは神話という意味だと教えてくれたんだよ?


 どこに誤解の余地があるというのさ。


 解釈が異なるなら、他の部分で間違っているのか?


 「セシルさんは smartphone を持っていなかったのですか?」


 smartphone...


 スマホ!?


 「いや、スマホは持ってましたけど。それが質問にどう関係するんですか?」


 そう聞き返すと横で瑞稀が大きくため息をついた。


 「そういうことか。セシル、ここでの神話とはな、そのスマホのことじゃよ。」


 はぁ?


 「お主らからしたらな、なんてことないだろうが、こちらからしたら神の道具に違いない。その話を聞いて、少しでもそれに近づけようとするのがここの研究者たちじゃ。」


 なんとか聞き取ってみると、確かにそうかもしれない。


 私は当たり前にありふれた者だったけれども、一昔前の人からしたら魔法の道具。それよりも技術が劣ってるとは言わないけど、産業革命前の彼らからしたら神器といっても過言ではないのかもしれない。

 もっとも、社会の在り方や考え方、それらならば地球、少なくとも現代日本なんかよりもずっと進んでいて、羨ましいくらいだけど。


 「…スマホの話なら少しくらいは。」


 そういうと、会場がワッと盛り上がった。


 語り聞かせるのが上手いわけじゃないし、さらに、英語となると難しいけれど、なんとか伝えてみようと思った。

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スピンオフ短篇の紹介

「ラッキー7の世界で」スピンオフ短篇

作品紹介


完結済

すべてはあの桜花のせい

悠という少年の巣立ちの物語。推理SF小説。

連載中

魔女の弟子と劣等学級 -I組生徒の過ごし方-

魔女の弟子が初めて街に降りて人と関わる学園もの。

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