閑話 : 執務
レオン・フォン・アズナヴールは次期アズナヴール公爵である。
彼は既に洗礼式を終えており、本格的に仕事を初めていた。
(どう考えても洗礼直後に任せる仕事じゃないだろうに…)
彼は人知れず嘆いていた。
王子は成長する段階で、自分が信用できる側近を自ら判断し見つける。
十分に側近を選べるようになるまでは、教育係とも呼べるような人が側近の代わりとして支え、正しく人を見極め判断できるような人間になるまで見届ける。
教育係は既に大きな役目を終えた王からの信用が高い人物がつく役職であり、したがって、年齢の高い人物が務める役職である。
故に、洗礼式を終えたばかりで7(**)歳のレオンが教育係を担っているのは異常なのである。
(人手不足にも程があるだろうに…)
レオンは国王陛下からの信頼も高く、実力も高いことが既に知れ渡っており、既に重要な役職に就いていてもおかしくはないレベルのくせに、何もしていない、好都合な人材だったのである。
「こちらの書類の処理が終了しました。手元の処理が終わったら次はこちらを。…午前中で終わる量ですね。でしたら、午後は勉強の方に時間を割きましょう。私は少し、ここを離れますが、質問があったらいつでも呼んでください。失礼します。」
レオンは第二王子のアラン殿下の執務室を辞して、第三王子であるエヴァン殿下の執務室へ行く。
(あれらの内容は既に経験があるから余程のことがない限り質問は出ないはず。エヴァン殿下はまだ執務が一つもできないが、おそらくエヴァン殿下が担う最初の仕事である書類分別の仕方を教えつつ、第一王子殿下のために書類を整理して、ついでに教育課程を見直して、今度ある授業の内容を予習。領地への周知と…。領地に戻れないのはやはり苦しいな。)
レオンは1人でおそらく3人分くらいの仕事をしている。
新人とかそのレベルじゃない。
(人事からのクレームに関しても対応しなければならないから、それについてはセシルがヒントをくれたけど、法案をまとめるのは俺の仕事だし…。)
算数すら普及していないこの世界で、人間の中で最も造詣があるのがセシル、次点でノエル、そしてその次がブルナンとレオンである。
ノエルが仕事を負わせるために仕込んだのだ。
おかげで、他の人が時間をかける処理を計算によって即座に終わらせる。
したがって、恐ろしい処理能力を誇るのだ。
最も、計算ができるだけではその処理能力には程遠く、多くの知識と経験に裏打ちされているのだが。
しかしながら、本人は全く納得していなかった。
仕事量が多いが故に、自らの勉強時間をなかなか作ることができずにいた。
否、作ったところで、教えてくれる本も人もいなければ、それは勉強のしようがなかった。
(ブルナンどのは言葉も通じない集落で四面楚歌の状態で奮闘している。セシリアは、ドワーフの集落で政治なども含めて広い範囲で知識を積み重ねている。それも、言語が完璧じゃない状態で。ノエルだって、一人で授業をずっとやっている。教科書も授業内容も一人で考えて。誰もが自分の限界に挑戦している。なのに俺は…)
レオンは自分一人置いていかれているような、無力感を感じていた。
本人は悶々としているが、それも当然のこと。
いくら大人びているとはいえ、7(**)歳。地球換算でも10.5歳。
セシルがそれを聞いたなら、当たり前じゃんと笑い飛ばすだろう。
いや、大人びていると突っ込むような気もする。
レオンは教えてもらった知識を活かしながら仕事をする。
そして、自分が洗礼で受け取った固有能力の限界を確かめる。
それだけでも、十分すぎるが、それで満足などしなかった。
レオンは悩んだ末、将棋盤に向かって、ひたすらに詰将棋を解き続けた。
(魔法でブルナンどのには勝てない。知識でもセシルに勝ることはできないだろう。知識の普及もおそらくはノエルが仕切る。自分にできるのは、真っ直ぐに進む彼らを邪魔する有象無象を排除することだけだ。)
一手詰から初めて、しばらくして、三手詰に挑戦し始める。
戦略についても考え、文献を漁り始めた。
社交界にも積極的に参加して、人の扱いを覚えた。
レオンの挑戦もまだ始まったばかり。
置いていかれないように、助けになるように。
今日もレオンはマルチタスクに仕事を片付け、王宮内を駆け回っている。




