留学へ ~前篇~
3年目の授業が開始された。
最初から全てノエルに任せて、今回はオリエンテーションも私が行うことはなかった。
ノエルはこれから1年ほど、一人で授業をすることになる。
大変申し訳ないが、頑張ってもらおう。
残念だけど、ノエルをサポートできる人材がいないのだ。
ノエルが教える内容を学ぶのが全員初めてな上に、それが既習なのはレオンさんやブルナンどの、亜人の皆さん、で、出演不可なのである。
3年目の授業で変わったことがあるとするなら、新規さん(3期生)のための講座の教師が増えたこと、そして、任意の講座として、ノエルのそろばん教室が行われることだ。
ノエルは佐助から算盤を習っていて、それを元に、この世界の数字に適応できる算盤の作成に力を入れていた。対象は、より計算を早くしたい人、計算が苦手な人である。
暗算が苦手な人でも、算盤を与えられた途端に素晴らしい成果をあげる人がいるだろう。
うん、それは素晴らしいことだ。
他は…、領地の授業が1期生、2期生、合同になったことだ。
理由は、どちらも変わらないと思ったから、また、これを教えられる人がいなかったからである。
私自身、この授業には手を焼いていた。
そして、この授業は統計がある程度必要。
よって、普段からテストの点数を分析しているノエルくらいしか、どうしようもないのだ。
そして、これには瑞稀やサエラさんたちが関わっている。
助けてくれるが、これを公言するわけにはいかない。
そして、この結果だ。
まぁ、ノエルならうまくやるでしょう。
「ノエル、仕事が増えてしまってごめん。倒れないように、気をつけてね?」
「姉さんこそ、夢中になって、寝食を疎かにしちゃダメですよ?」
私は瑞稀とともに、ドワーフの街へ留学に出ます。
さて、どのようにして両親を納得させたかと言いますと…
「お父さま、お母さま。折り入って話があります。」
「そんなにかしこまってなにかしら?王都のお話かしら?」
楽しそうなお母さまたちに対して、私とノエルは真剣である。
「1年ほど、私はこの家から出ようと思うのです。つまりは、長期的に、とある街に滞在し、そこで過ごす、ということです。」
「セシル?お前は、今、王都からこの屋敷に帰ったばかりなのだぞ?」
お父さまは困惑していた。
「承知しております。しかし、これは必要なことだと考えています。目的は、新たなる学び、私自身の研鑽です。授業を行う人間として、足りない部分が多すぎると、常々思っていたのです。そして、それは王都で確信に変わりました。私はこのままではいけません。自ら、厳しい環境に身を置き、甘えを許さず、自身を鍛え上げたいのです。」
「…お前に足りないものがあったとして、お前が埋めなければならないとは限らぬのだぞ?王都で何を経験したのかは知らないが、社交や会話を求めているなら、最初からエマールの者に声をかけぬ。それでも、自分でどうにかせねばならないのか?」
さすが、といいますか。
確かに、欠点は必ずしも自分のみで補完する必要はありません。
ですが、
「はい。無知は罪といいます。今ふたたび、自分自身の知識を積み上げ直したいのです。これは社交に関することではありません。一人の国民として、知らねばならない教養。考えねばならない問題。そして、自分自身の存在意義に関わるものです。私は、恥じぬ人間になりたい。貴族として生まれたならば、その権利と義務を、正しく理解し直すべきと判断いたしました。」
「難しいことばかり知ってるセシルにだって知らないことがあることくらい、私にもわかります。が、あなたはそれをどこで学ぶつもりなのですか。」
お母さまは理由については放棄し、計画の方について気にしているようです。
「…1年ほど前の領地視察で、カイダタ支部近くの職人のまち、その近くにあるとされる街です。」
「…あるとされる、つまり、確認はしていないのですね。」
お母さまがその点に突っ込む。
「はい。私の目で確認はしておりません。」
「娘を確認もされていない場所に送り出すのは不安でしかないわ。なにより、あなたはまだ5歳なのよ?」
お母さまは私の心配をしているようだ。
「しかし、宛はあります。そこでなら、多くのことを学べるでしょう。お母さまは、まだ5歳とおっしゃいますが、お母さまが十分な年齢である、と認める頃には、他のことで忙しく、おそらくはこんな風に学習の機会を得られない、と私は考えています。」
「…セシルのいうことも一理あるわ。」
「勿論、これで心配が払拭されるわけではありませんので、定期連絡を入れましょう。授業内容に関するやりとりもノエルと行うつもりですし。休息日ごとに、屋敷に手紙を届けます。方法は、こちらに任せていただくことになりますが。」
「…それだけでは安心とは言い難いわね。せめて、あなたが滞在する場所をこの目で確認しないことには。」
まぁ、手紙だけで納得はしないよね。
滞在先、ドワーフの街を公言するわけにもいかない。
「申し訳ありませんが、それはできません。」
「なぜ?」
「お母さまは、カイダタの職人のまちでの妖精の話はご存知ですか。」
「聞いたことはあるわね。」
「私の目的はその妖精に接触を図ることです。子どもになら姿を現してくれるかもしれませんが、大人の前に姿を晒すことはないでしょう。それは、妖精の話からもわかると思います。妖精は姿を現しません。」
「つまり、どうしたって私は妖精に会うことができないと。」
「そういうことになります。」
「あなたが妖精に会える保証は?」
「視察時に見かけたのです。それらしき人物を。一瞬、目を合わせることができたので、接触は可能と考えています。」
「わかりました。私に否はありません。安全の保証という点については疑問が残りますが、手紙による定期連絡があるのなら、それが途絶えたときに考えましょう。できれば、ひと月に1度、教会に顔を出しなさい。」
「わかりました。必ず。」
お母さまは問題なし、と。
「ノエル、セシルの長期滞在はお前も分かっていたことなのか。」
「はい。姉さんは王都滞在時に決断していましたから。」
まぁ、ノエルには事前に話してあるしね。
さて、どうしたものか。




