閑話 : オークの集落 ~序章~
「こんなところにあるのか?」
「ただ通りかかるだけじゃ入れない。面倒な手順が必要。」
ブルナン(渾名: ローム)は魔法の学習のために長期滞在するオークの集落を目指していた。
楓はローム連れて森の中を先導し、決まった道順で結界の迷路を踏破していく。
「…亜人に会うのは初めてなんだが、なんか、ないのか?文化じゃねぇが、気をつけること。」
ロームは緊張感を持っていたため、紛らわすためか、楓に話しかけた。
「…ローム。亜人なら既にここにいる。」
楓は答えた。
「……そうだが。なら、特徴とかはねぇのか。」
オークという言葉すら、ロームは完全に理解していなかった。
「…猪、という動物に似ている。体は大きく、優しい人たち。魔物や動物と同じだと思って扱ったり、人間に見下されるのが嫌い。魔法が好き。」
楓がぽつぽつと特徴を羅列していった。
「魔法の詠唱はその集落で使う言語。無詠唱もあるが、自由度は詠唱した方が高い。共通語は、読んで理解することはできる。自然に関わる魔法なら随一。」
詠唱に関する特徴も意図せず知ることができた。
(なら、俺もその言語は必須ってことか。)
「言語の難易度が高くて、他の集落で育った人はほとんど挫折する。ロームも、仮にできなくても落ち込む必要はない。」
ロームが言語を学ぼうと意気込んだところで叩き落とされた。
(だからこそ、できたらとても優位。)
しかし、ロームの意欲が削がれることはなかった。
「ついた。」
しばらくして、楓が、ひとことそう言った。
そこに広がるのはまとまった集落。
素朴な1階建ての竪穴式住居だが、その名前にロームが辿り着くことはなかった。
建物のレベルが低いかというと、実際は細かいところでとても高度な技術が使われていた。
建物の建築とメンテナンスにはドワーフが関わっていて、自然に馴染むように、との依頼に対して、外装を馴染むように、内装を暮らしやすく、強度を最高レベルに、と見た目からは分からない凄さがそこに存在する。
「話は通っている。文字を書けば通じる。」
楓は出迎えたオークの大男に対して、紙に筆でさらさらっと共通語の文字を書き、見せた。
[お久しぶりです。件の人間を連れてきました。名前はロームです。よろしくお願いします。]
(俺はブルナン・ジェロームで、ロームではないんだが…。もう、いいや。)
それに対して、その男は近くに落ちていた枝で、土の上に書いた。
[ようこそ、歓迎します。慣れない生活でしょうが、快適に過ごせることを祈ります。客人、ロームに対して、指導に一切の手心を加えるつもりはないので、ご承知おきください。]
男の字は、流れるような字ではないが、実用的で、読みやすく、判別しやすい文字だった。
[初めまして、ロームです。魔法の知識を得られる機会ができて嬉しいです。指導も本気でいてくれるとなるとより喜ばしい。]
ロームはこういう時のためにと用意していたノートにペンで文字を書き、相手に見せた。
[紹介は以上です。私の仕事はここまで。失礼します。]
ロームがそのノートを見せたと思ったら、楓はそう残して消えるようにして、去っていった。
これで、ロームが知るものはいなくなり、筆談が成り立つとはいえ、共通語で話せる人はいなくなった。
ここは完全なアウェー。
彼はここで、どのような成長を遂げるのか。




