伏線回収
「姉さん、流石にぶっちゃけすぎだよ。」
「まぁ、言ってしまったものは仕方ないでしょう。」
「…姉さんってそういうとこあるよね。」
「本来、人に教えることに向く人は、それが苦手で、苦労して克服した人だと私は考えます。なぜなら、できる人はできない人の気持ちが理解できないからです。当然、理論を教えることならば、できる人の方がうまいでしょうが、理解できない人にそれを言っても理解できない。でも、自分はそれで理解したから、なぜ理解できないのかが理解できない。まぁ、こういうループに陥るのです。」
無限の記号ってうまくできていると思う。
ずっとループし続ける。
うっかりとEnterキーを押した時に延々と流れていく数式たち。
「姉さん。」
おっと!
「だから、私は講師には向かない。研究者とは総じてそういうものです。自らの興味関心の向くものだけに一直線。不器用で、一つのことしかできない。でも、とことん追求する。職人も似たような気質を持つ人がいるでしょう。どんな職業にも究める人はいますから、そういうのは研究者、いや、探求者なのでしょうね。マルチタスクっていう人もいます。彼らの対極。複数のことを同時進行で進められる、器用な人。そういう人がまとめてくれないと、仕事やそのほかって滞るんですよね。あと、家事とかはマルチタスクの賜物。スープを煮込んでいる間におかずを何品か作る、でも、焦がさないように、なんて、器用じゃないとできませんよね。戦場でもマルチタスクは有用です。一つのことに集中してたら、不意をつかれて死亡、なんてザラでしょう。」
「…姉さんの、そういう一つのことに突っ走るような人の欠点はそれだけじゃありません。時に寝食を忘れ、自分の体力すらも無視して働くから、すぐ過労で倒れる。思考が始まったら、他のことなど全く聞かない。今日の授業だけでも、何度その状態に陥ったことか。」
「ありゃ、それはすみません。」
「でも、それは反面、強みでもあります。大事なのは適材適所、その人の強みが生きる場所におくことです。だからこそ、その人の強みを、特性を見極められる人が上には必要だと思います。同時に、それを成すならば、自分より完全に劣っている人間など存在しないことに気づくでしょう。違いは強さ、多様性は強さです。農作物を作ってくれる方がいなければ、僕らは飢えて死ぬでしょう。辺境で魔物と戦ってくれる人がいなければ、魔物がこの地を蹂躙しているでしょう。そう考えるならば、他者を見下すなど、愚者が行うこと。想像力が足りません。」
「ノエルは辛辣だね。でも、その通りだと思います。それぞれ生きることで何かに貢献しています。私たちはこの世界から見たら、砂粒よりも小さい、ちっぽけなものだけれど、そこで生きている自分が世界の全てなのです。…はて、どんな意味なのでしょうね。」
「適当にはぐらかさないでください。」
「で、ノエル、なんの話を?」
「アイディアに対する返答でしょう?こんなもんで十分だと思いますよ。休憩を一度挟みましょう。みなさん、お疲れ様でした。」
放送が終了する。
放送はアズナヴール公爵家の屋敷の一室で行われており、目の前にはたくさんのみなさんがいる。
私とノエルはその部屋をそっと後にして、私の部屋に戻った。
「姉さん、さっきのわざとでしょう?」
「何が?」
「姉さんが授業中に話し方を変える、というか、ほぼ無意識的に変わっているのは知ってるけど。あからさまにわざとらしかった。長所と短所の話をするからって、わざわざ、自分の考えに浸っていたでしょう?そもそも、あんなに煮詰めているんだから、今更、あそこで考えこむはずがないよ。僕が気づかないとでも思った?」
「いやー気づかれたか。」
長所と短所の話をするにあたって、自分の短所を見せた方が早いと思った。
普段は自分の短所を隠すように授業をしているが、それを不自然でない程度に見せる、と考えてやってみた。
「白々しいよ。気づいてもらえるように頑張ってたんでしょう?姉さんはびっくりするような方向転換を授業中にするからな。」
「ただ思い立っただけ。ノエルなら期待した通りにやってくれるって分かってる。」
「…そういうのがズルいんだよね。」
「何がズルいのかサッパリだけど。何年あなたの姉をやっていると?」
「うん、僕が生まれてからずっと。最初から、姉さんは姉さんだ。」
「…演技してたことはバレてなさそうかな。」
「レオンさんは確実に気づいていると思う。他も注意深い人は気づいているかもしれないね。姉さんが授業で我を忘れて考え込んだことなんてこれまでに一度もない。」
「…そうか。その期待を裏切らないように努力するよ。」
授業の後半が始まる。




