"生きがい"
「読書感想文については以上となります。私も二つほど読書感想文を書いてみましたので、よかったら読んでみてくださいね。さて、続きましてはアイディアです。2期生の皆さんに送っていただきました。」
「たくさんあって僕たちも迷いました。ですが、その中からいくつか選んでお話したいと思います。全てのアイディアに関して、姉さんから助言のようなものは付けていますから、返却された際には読んでみてください。そして、これをもう一度考えて研究やまた次のアイディアに繋げてください。今回はアイディア自体のオリジナリティ、つまりは、独自性とその理由に関する記述の根拠についてこちらで確認しました。では、姉さん、一つ目からお願いします。」
「はい。一つ目は街を良くするためのアイディアですね。辺境伯領からのものでした。この授業を視聴しているのは幅広い地域で暮らす方々、ということでまずは辺境伯領に関する基本情報を抑えたいと思います。ノエル。」
「辺境伯領は国境、国の境にあります。特に、魔物の出没が多い山々や、隣国との国境に面しています。隣国との関係性は良いので戦争などは起きていませんが、魔物は常にこの国へ攻め込んできます。その被害が甚大とならないように辺境伯領では魔物の討伐を行い、この王国を守っているのです。我々が安心して暮らせているのは、魔物の脅威から辺境伯領の方々が守ってくださっているおかげなのです。こういった背景があるため、王国一番の兵力があると言われています。」
「全て理解できた方も、部分的な方もいると思いますが、王国を守るために戦闘が絶えないということを意識してください。その上で、こちらのアイディアについて考えていただければと思います。」
<辺境伯領からのアイディア>
自分が住む地域では魔物の討伐のために兵士として働いている人が多いです。彼らは自分たちが安全に暮らせるように日々魔物と戦ってくれているので、とても尊敬し、感謝しています。
魔物と戦っているから、当然、負傷して普通に生活できなくなってしまう人もいます。でも、彼らが戦って守ってくれたことに感謝をして、多くの人が彼らのために熱心に介護をして、少しでも感謝を伝えようとしています。彼らが働けずとも、彼らのこれまでの働きに感謝と尊敬を表して、良い生活を送れるように、それが自分の仕事です。自分は兵士として働けなかったから、せめてもとこの仕事で彼らの役に立ちたいと思い、こうして働いているのです。
しかし、彼らの表情はよくありません。
怪我をしたことによるショックだと皆は言いますが、それだけでないように思うのです。
5人の人をこっそり観察すると、自分たちが世話をしているときよりも、一人でいるときの方がより苦しんでいる表情をしていました。自分たちが世話をするときは、いつも謝罪を繰り返していました。
自分は彼らのために、彼らによく生活してほしくて仕事をしているのに、彼らはいつだって苦しそうでした。
何をすれば彼らのためになるのか、それがわからないけれど、自分はこの状況をなんとかしたいと思いました。
問題だけで、何もわかりませんが、いい考えはありませんか。
「これは問題提起に関する文章ですね。辺境伯領は戦う人が多いからこそ、そういう仕事が存在し、怪我人も多いのでしょう。地域特有の問題といえますね。」
「僕もそう思います。しかし、負傷して動けなくなってしまう、それはどこの地域でもあり得ることではあります。熱心に介護、つまり、日常生活を手伝うという人がいるだけ、他より状況はいいと考えられますが。」
「私は辺境伯領に詳しくありませんでしたので、負傷者に関する取り決めを辺境伯さまに手紙で尋ねました。それによると、兵役によって負傷し、日常生活がままならなくなってしまった者の一生は辺境伯家が責任をもってサポートする、とあります。働けずとも、それらを振り払わずに感謝の気持ちを込めて、彼らの生活を支えていくという強い気持ちの表れと思いますし、彼らの誠実さがとてもわかります。これらの仕組みは他の領も見習うべき点があるかもしれませんね。」
「しかし、この文を書いた人によれば、彼らは苦しんでいたそうですよ?その点については…」
「一応、私の考えはあるのですが、先に評価した点について先に解説しましょうか。」
「…そうですね。まずは、僕から。5人、と数字を入れたところはいいと思いました。数字は具体性が増し、根拠としての説得力を増やす効果があります。根拠のために観察をしたところは評価できると思います。しかし、5人というのは説得力をつくるには少ない気もします。勿論、僕には状況がわかりませんから、無理をいうことはできません。ただ、5人しか観察できなかったなら、理由とその旨を書くこと、また、たくさん調べられたなら、それぞれの様子をグラフ化することも統計、数字から根拠をつくる上では大事だと思います。…これらは通常授業で取り扱う予定なので、ゆっくりいきましょう。」
「ノエルの評価はもっともです。私からはこの考え方自体について。人の気持ちに立つということはとても大切なことだと思います。視点を変えることができたことがいい点だと思います。普段の仕事の時から観察をして頭をつかっていたこと、負傷者が暗い顔をしているのは当たり前、ということを疑えたことも良かったと思いますよ。当たり前を疑うこと、日々観察をすること、皆さんも意識して欲しいし、私ももっと意識しないとと思いました。もっと良くするためには、書き方としてはセクションを分けること、論文の形式を真似することですね。これは今後授業で扱うので、確認してみてください。もう一つは、辺境伯領での考え方を知らないという前提で書くことです。私が辺境伯家に質問したように、他の領に住む人にとっては分からないことが多い。ですから、辺境伯領の方針や辺境伯領の特徴についても抑えられるとより良かったと思います。…ですが、初めて書いたにしては正直、できすぎてる気がするほどに凄いなと思いました。」
「はい。僕も文章が分かりやすかったと思いました。」
「さて、評価はこれくらいにしましょう。私も考えがありますから。」
「姉さんは、原因に心当たりが?」
「"生きがい"な気がするんです。まぁ、この言葉が適切かは分かりませんが。」
「"生きがい"…人生の意味や価値…」
「皆さんが、その立場に立ったとしてください。普段自分でやってきたことが急にできなくなって、赤ちゃんのように、全てを手伝われて、彼らのためにできることは何もない。」
「でも、それまで、たくさん領地を守ってきたって…」
「それは紛れもない事実です。でも、理屈と心情というのは噛み合わないものなのです。つまり、何が言いたいかと言いますと、申し訳ないって思ってしまうんですよね。私たちは労働の対価に衣食住を満たされています。その労働は農耕だったり兵役だったり、他にもたくさんありますよね。この関係性はわかりますか?」
私は黒板に描いた絵と矢印で説明をした。
「働かざるもの食うべからずの反対だね。働いているから、生きていけるんだもんね。」
「その片方、労働がないのに、一方的に衣食住プラスアルファが与えられている。なんか、虚しいというか、申し訳ない、ですよね。自分は動かずにただ生きているってだけで、何もしない、何もできない。なのに甲斐甲斐しく世話をしてもらって、いい生活をしている。彼らからしたら、申し訳ない、とか、そんな気持ちになると思うんです。」
「…確かに、そうかもしれない。姉さんの言っていることはわかった。でも、それはどうしようもないじゃないか。負傷したらそれまで…腕が生えてきたり、急に歩けるようになったりしないんだよ?」
「それは当然ですね。でなければ、こんな状態になっていません。簡単な話です。彼らができることを増やす工夫をするのですよ。彼らは何もできないと、決めつけている。でも、そうじゃないでしょう?できることが増えるというのはとても大きなこと。脚を怪我した人が自ら移動できれば、彼らのいくつかは救われるかもしれません。」
「どうやって?」
「まぁ、絵空事ならばいくつも考えは浮かびますが、もっとも実用化が簡単なのはこれですね。」
私は黒板に絵を描いた。
「椅子に車の車輪をつけた車椅子です。これを自分で操縦できるように…例えば、ここで自分の腕でタイヤをまわせれば、移動できるでしょう?それに、こちらから人が押すこともできる。階段は登れませんが、そこは全面工事でもして、全部スロープ、段差をなくし、坂道をつくる、などをすればいいでしょう。」
「なるほど、これなら一人で移動できるかも。…腕の力はかなり必要そうだけど。」
「それこそ、元兵士ならいけるんじゃない?まぁ、その負担を減らす工夫は間違いなく必要になるけど、ずっと使っていれば腕に筋肉だってつくでしょう。」
「そうかもしれないね。そうすると他も色々考えつくかも。なんなら、魔法とか使ってしまえば色々できるよね?傀儡みたいな魔法もとても稀少だけどあると聞いたよ。操り人形みたいなやつ。それがあれば…」
「或いは、ね?いくら怪我をしようとも、知識や技術は消えませんから、とても有用だと思いますよ。書類仕事なんかはたくさんあるんじゃないですか?このように字を書ける人も増えましたし。」
「…ねぇ、目が見えない人はどうするの?耳が聞こえない人は文字を勉強したらなんとかなるかもしれないけどさ。」
「あぁ、点字などいかがですかね。一から考えないといけないのだけれど。分厚い紙に凹凸をつけて、その凹凸から字を読み取ることができるというものを考えれば、触れて文字を読むこともできるでしょう。普段、街中を歩くなら、地面に二種類、"止まれ"と"進め"の凹凸ブロックを置いて、杖かなんかで触れながら進めばいいと思いますよ。あとは、音とかで誘導すればいい。杖の色を白と決めれば、その杖を持っている人は盲目とわかる。その杖を頭の上に掲げたら、助けを求めている、などと決めれば、周りからの支援も期待できる。」
「なるほど。触覚と聴覚を利用するのですね。姉さんの意見をまとめると、その人個人が一人でできることを増やし、領への貢献を実感できる仕事をすること。ダメな部分があるなら、他を利用して補うことを考えること。段差をなくすなんていうのは正直、負傷者じゃなくても便利になりますよね。」
「そうですね。ユニバーサルデザイン七原則。」
これもこの間論文で読んで確実なものとしたものだけど。
「公平性、自由度、単純性、明確さ、安全性、体への負担の少なさ、空間性。」
「私が知っている二つの言葉。一つはバリアフリー。高齢者、障害者が社会生活を送る上で障害となるものを取り外すこと。もう一つがユニバーサルデザイン、全ての人に使いやすい設計をすること。ユニバーサルデザインの条件が先ほどの7つ。詳しいことは今度の広報誌に載せるとして、どんな人にとっても使いやすい社会は負傷者だけでなく、他の人にとっても暮らしやすくなることです。」
「僕たちは細かいところにも気づいて、多くの人が"生きがい"をもてるように考えていく必要がありますね。」




