為したいこと
「私のことはそのくらいにするとして、この文書はどこまで読んだんです?」
「最初の封に書いてあった部分だけ。」
「…なら、具体的な内容は何もないのね。まぁ、これは私も調べながらでなければ完全に訳せるものではないのですが、まぁ、うろ覚えでなんとかなる部分もまた多い。」
黒板にSDGsと書き込む。
「SDGs…Sustainable Development Goalsの略称です。意味は持続可能な発展のための目標。これは私がいた世界で国際的、つまり国家間をまたいで制定されたもので、これらの目標を達成できるように努力しようと決められたものです。目標は17(10)あります。つまり23(**)ですね。私がいた世界ではたくさんの問題点が存在しました。勿論、この世界でも同様といえますが、潜在的といえるでしょう。問題意識がない、または、顕在化されていない、といえば分かりますかね?」
「チッ、相変わらず面倒な言葉遣いする奴だぜ。つまり、あっても気づいてねぇってわけか。」
「そうです。論文に書かれているものを書き写すとこうなりますが。」
1 NO POVERTY
2 ZERO HUNGER
3 GOOD HEALTH AND WELL-BEING
4 QUALITY EDUCATION
5 GENDER EQUALITY
6 CLEAN WATER AND SANITATION
7 AFFORDABLE AND CLEAN ENERGY
8 DECENT WORK AND ECONOMIC GROWTH
9 INDUSTRY, INNOVATION AND INFRASTRUCTURE
10 REDUCED INEQUALITIES
11 SUSTAINABLE CITIES AND COMMUNITIES
12 RESPONSIBLE CONSUMPTION AND PRODUCTION
13 CLIMATE ACTION
14 LIFE BELOW WATER
15 LIFE ON LAND
16 PEACE, JUSTICE AND STRONG
17 PARTNERSHIPS FOR THE GOALS
「意味を一つずつとっていきましょう。」
1 NO POVERTY 貧困をなくそう
2 ZERO HUNGER 飢餓をなくそう
3 GOOD HEALTH AND WELL-BEING いい健康とよくあること?
4 QUALITY EDUCATION 質の高い教育
5 GENDER EQUALITY ジェンダー平等
6 CLEAN WATER AND SANITATION 綺麗な水と??
7 AFFORDABLE AND CLEAN ENERGY 買う余裕がある?と綺麗なエネルギー
8 DECENT WORK AND ECON OMIC GROWTH ??と経済成長
9 INDUSTRY, INNOVATION AND INFRASTRUCTURE 工業、革命、インフラ
10 REDUCED INEQUALITIES ??を減らす
11 SUSTAINABLE CITIES AND COMMUNITIES 持続可能な町とコミュニティ
12 RESPONSIBLE CONSUMPTION AND PRODUCTION 作る責任つかう責任
13 CLIMATE ACTION ??
14 LIFE BELOW WATER 水の下で生きる
15 LIFE ON LAND 島の上で生きる
16 PEACE, JUSTICE AND STRONG 平和、正義、強さ?
17 PARTNERSHIPS FOR THE GOALS 目標に向かうパートナーシップ??
「わかるところだけ進めるとこうなりますね。」
この世界の言語に存在しない部分は日本語で書いた。
縋るように瑞稀を見ると、呆れたように溜息をついた。
「…全く、仕方ないのう。我が日本語で言うから記録せよ。」
おお、神様、仏様、瑞稀さま。
「well-being<は健康で安心で満足できる状態じゃ。それと健康を皆にということじゃな。>」
瑞稀は一つずつ解説してくれた。
それと書いてあったピクトグラム?というか絵と奥底に眠る記憶を呼び起こして日本語版を完成させた。
1貧困を無くそう
2飢餓をゼロに
3全ての人に健康と福祉を
4質の高い教育をみんなに
5ジェンダー平等を実現しよう
6安全な水とトイレを世界中に
7エネルギーをみんなに、そしてクリーンに
8働きがいも経済成長も
9産業と技術革新の基盤をつくろう
10人や国の不平等をなくそう
11住み続けられる街づくりを
12つくる責任つかう責任
13気候変動に具体的な対策を
14海の豊かさを守ろう
15陸の豊かさを守ろう
16平和と公正を全ての人に
17パートナーシップで目標を達成しよう
「…で、どういう意味だ?」
「…そうですね。まず一つ目は貧困、貧しい人をなくそうということですね。格差を減らすというのがもっとも適切な言い方でしょうか。食べ物だけでなく衣食住などの全ての水準が低い人をなくす、というか、底上げするという感じですかね。」
「なるほど。」
「2つ目が飢餓をゼロに、これは分かりやすいかも。食料が足りずに飢え死する人をなくすという目標です。」
「これはどこの貴族も行っているはずの義務だな。領地でそんなものを出してたまるか。」
「3つ目は誰もが健康でいられること、つまりは、怪我や病気をしたときに適切な治療やサービスを受けられることです。健康でいるための取り組み全般を指します。」
「…場所によっちゃ、貴族以外はなにもできねぇなんてところは珍しくねぇぜ。」
「4つ目は質の高い教育を皆に、つまり、誰もが高い知識をつけることを妨げられない、知識を与えられる環境を作るというもの。」
「姉さんがやっていることだね。」
「でも、不十分と言わざるを得ない。私はそもそも知識が足りないから、必要な教育ともいえないし、今まで切り捨ててきている人もたくさんいるはず。正直、達成できているとは言い難いよ。教育は自分の身を守るもの。性教育や政治に関する知識、自らの人生で選択するのに十分な知識を得る必要と権利がある。」
特に、発達障害、ここでは顕在化していないだろうけど、彼らへの支援が足りないはず。文字を読めても書けない人、耳よりも目で情報を集める人、集中力が他の人より低い人、目が見えない人、色々いるけど、彼らはその特徴を補うためか、他の何かが人の数倍優れていることがある。記憶力が凄まじいことや、集中しないかわりに並行して色々なことを考えられるなど、私も知識は足りないけれど、それが補われた途端に駆け上がれる力がある。
「5つめがgenderの平等。これはピンとこないかもしれませんけど、分かりますかね?」
「いや、全く。」
「英語では生物学的な性別をsexと呼び、社会的な性別をgenderと呼ぶ。その社会的な差をなくそうというのがこの目標。生物学的、つまり子宮のあるなしで性別を分ける、これは当然のことだけれど、女だからお淑やかにとか、男だから力強くとかいうのはgender、社会的な幻想なんですよね。それによって待遇に差がでないようにというのがこの目標。」
「全くピンとこない。」
「まぁ、仕方のないことではあります。私の世界でもひと昔前はそうでしたし、私が生きていたときだってなくなっていませんでした。正直、女側からしたら反吐が出ます。もしそうなら、男になった方がよかったのではと思うくらいには。まぁ、別にLGBTQ+とかではなかったのですが。あ、このLGBTQ+というのは男と女の枠にはまらない人たちの総称です。彼らへの差別もまたなくしていく努力が求められていました。体は女だけれど心は男、のような人や、同性が好きな人、どちらでも愛せる人、そういった興味を全くもたない人などが挙げられます。」
「俺のような男で後継を生むことができず、女性に頼るしかない。だからこそ、他のことは全て男がやる、ではだめなのか?」
「…レオンさんのような人ならまだいいんですがね。男尊女卑、男が全てで女をモノとしか思っていない人は最悪ですよ。レオンさんの考え方は根底に女性へのリスペクト、つまり尊敬が含まれます。しかし、そうでない人は、女を道具としか思っていない可能性があります。自らの家を大きくするための道具。子供を生むための機械だとでも思っている人もいるでしょう。女性が外で働けないことが何をもたらすのか。例えばDV、夫が妻に暴力を振るっていたとして、離婚した後、働き口がなければ生きていけないでしょう。そうすると、生きていくために一生暴力に耐え、その立場に甘んじるしかありません。つまり、離婚して一人で生きていく力がないのです。」
「…確かにそうだな。それは問題だ。」
「加えて、働きたい女性が働けないというのは流石にないです。別に働かないという選択肢を取るならそれもいいと思います。ただ、選択肢があった上で選ばないのと、選べないのは天と地ほど異なります。また、女性が働いても、実力があっても出世できないという状況もありました。どんなに有能でも女に生まれただけでその地位につくことができない。あまりに、悲しいと思います。」
「…それはそうかもしれない。」
「他にも、これは男性にとってもよくないことなんですよ?私は夫婦間で妻が働いて夫が妻を支えるというのもアリだと思っています。これがある限り、男性が女性を支えることができません。適材適所、どちらでもいいではありませんか。そういう男性が必然的に否定されることでもあります。型があれば必ずそこに溢れる人が現れます。それらを掬いあげることが大事なのです。正直、女性の仕事と呼ばれるものに、とても優秀な男性がつくのと、それが苦手な女性がつくのなら、どっちがいいですかね?」
「優秀な男性…。」
「…つまりはそういうことです。男女ではなく、その人個人を見ることが大事なのです。政治の上層部に女性がいないことも問題です。女性に対する施策が適切に取られないためです。女性に必要なことが男性にわかります?答えは否。逆も然り。」
「それでこの目標が必要なのか。」
「はいっ。女性は男性の奴隷ではありません。決して。」
「肝に銘じます。」
「それは良かった。実現が難しいのは百も承知ですが、肝に銘じてくださいね。で、次が安全な水とトイレを皆に、ということです。これは伝染病の予防対策になると考えています。ああいうのって意外と毒というほどでないですが、感染経路、つまり流行り病の温床になりかねないんです。」
「病か…必ず大きな問題なるからな。」
「で、その次がエネルギーをみんなに、クリーンに…これは説明がかなり面倒ですね。んー、この世界でのエネルギーというと魔力が真っ先に浮かぶと思うのですが、私のいた世界って魔法とか、洗礼式とかなかったので、魔力が動力源ではないんですよね。」
「は?魔法なしに、魔力なしにどう生活するっていうんだ。魔力は生きていく上で不可欠だろ?」
「それがそうでもないんです。<電気>、electronicが主なエネルギーでした。雷とかがそれに近しいですかね。あれを人工的に作り出して利用する、それが最もメジャーでポピュラー、まぁ、主流でしたよ。」
「…雷を作る、非常識にも程がある。」
「それ自体はそこまで難しくありませんよ。ここで説明すると長くなってしまうので省略しますが。まぁ、そのエネルギーを作り出すための手段というか材料?燃料が問題だったんです。」
私は黒板に人間の絵と木の絵、そして石油と炎の絵を書いた。
「人間は呼吸するときに<酸素>という気体を取り込み<二酸化炭素>という気体を排出します。」
私はピンクと青のチョークで酸素分子を意味するO2と二酸化炭素を意味するCO2を矢印のそばに描いた。
「木は呼吸と共に<光合成>という働きで太陽に当たっている限り<二酸化炭素>を取り込み<酸素>を排出します。炎を燃やすと生物が呼吸をするように<酸素>を使い<二酸化炭素>を出します。」
どんどんと黒板に書き加えていく。
「全体の量にも限りがあるので、皆が<酸素>を使い切ってしまったら、死ぬしかありません。そして、この<石油>というこれまた限りある資源があるのですが、その資源を使う、つまり燃やしたときに大量の<二酸化炭素>を発生させます。」
まぁ、ちょっと誤解が存在するけど、わかりやすさ重視で。
「この現在とても増えているCO2ですが、これにはある特性がありまして。熱を閉じ込めるんですよ。よってこれは温室効果ガスの一つとされています。これのせいでどんどんと世界の気温が上昇。気温が上がると、それに対応できずに死んでしまう生物が多数。食糧難に陥ります。また、陸地が低い島はある氷の島の氷が溶けて海の水嵩が増し、沈んでしまいます。また、説明が大変ですが、全体的に異常気象、気象災害が増えます。台風、豪雨、干害など。それによってまた苦しむ。」
「これが地球温暖化という重大な環境問題の一つです。」
Global Warming
「つまり、石油というのは資源としてよくないのですよ。よって、そうでない資源を用いようというのがこの目標。あとは、エネルギーの恩恵を受けられない人をなくそうというものですね。」
「…とても重大な問題であることはわかった。」
「セシル、そこまでにしてやれ。流石にキャパオーバーじゃろうて。」
あれ?そうなのかな?




