許さない
レオン視点
「とはいえ、自らの不注意が招いた失態です。レオンさんに言うことでもありません。」
ニコッと笑って距離をとろうとするが、そんなことはさせない。
「なにもかも話せとは言わないが。必要がないから話さない、意味がないから話さないというのは少し寂しい。それでは全ての会話が義務的なものになってしまう。」
そんなの、虚しいだけじゃないか。
「俺はそんなに頼りないだろうか。」
一瞬彼女の息が止まったのが分かった。
「頼れるとか、頼りないとか、そういう話じゃありません。もう、終わったことです。話す必要も意味も価値もない。話したところで何も変わらない。」
彼女の意見は合理的だ。必要があるからその情報を共有し、必要が無ければそうしない。
それをひっくり返すのは困難。
「…何も変わらないなら話してくれてもいいんじゃないか。」
「……」
「話したくない理由でもあるのか。」
「……」
彼女の袖から瑞稀が出てきて彼女の顔を伺っている。
できれば直接聞きたかったが、無理だろうか。
「瑞稀、何があったのか知っているのだろう?教えてくれないだろうか、詳細に、特に彼女が話してくれなかった部分を含めて。」
瞬間、セシルは慌てたように目を見開いて瑞稀を見た。
「…我は告げ口をしないとは言ったが聞かれて嘘を答えるとも返答をしないとも言っておらん。なら、我が答えても同じこと。」
セシルは懇願しているようだが、それはあっさりと裏切られた形となる。
「待っ…」
「自分の口から言いづらいのじゃろう?我が言ってやろうか。」
「……」
瑞稀に対して何も反論できなかったようだった。
「女がセシルにぶつかり、それに怒った女がセシルに土下座を要求しそれに従ったセシルに罵詈雑言を投げつけた。さらに女はセシルの髪を切った。その後、セシルに危害を加えようとしたため楓が取り押さえ、適当な場所に捨てておいた。事実のみを並べればこうなる。我はこれ以上口を出さぬからさっさと解決せよ。悪いな、このままでは延々と続くようじゃったのでな。」
瑞稀は定位置に戻っていった。
本当に酷いものだった。
俺はそいつらを許せない。
なにが"自分の不注意が招いた"だ。ぶつかった程度でこんなことになってたまるものか。
「土下座、無理やりさせられたのか。」
「いいえ。ただ、そうして謝れと言われたから従っただけです。面倒が少なくすむでしょう。」
確かに正しい対応かもしれないが、抵抗感がなさすぎる。
なんと伝えたらいいのだろうか。
「…セシル、もっと自分を大切にしてくれ。」
彼女がどう思っているかなんて分からないけれど。
「お前に何かが起きて心配する人がいるんだ。少なくとも俺はセシルに何かあったら黙っていられないし、ノエルだってそうだ。そこの瑞稀にエマールの者たちだってそうだ。」
他にも授業を受けて彼女に好感を抱いている者は少なくないはずだ。
「自分のデメリットだけ軽く考えすぎだ。仕事を増やすことにも抵抗感がないし、俺たちとの人間関係だってそうだ。渡すだけ渡して受け取ろうとしない。」
彼女は良かれと思っているんだろうけど、ちょっと悲しいよね。
「……」
「今すぐ何かを変えろとは言わない。だが、心配する人がいるってことを知っておいてほしい。もし、そんなに自分のことを大事にしないのなら、俺が代わりに大事にしよう。」
「…は?」
ずっと黙っていた彼女が意味が分からないとばかりに反応した。
「心配…というか、心労をかけたならすみません。いやでも、最後のは意味わからないんですが。」
「そのままの意味だよ。俺が大事にする。」
「いやいや、ちょっと分からない。すごく分からない。というか、なんでこの体勢なんですか。」
顔を青くしたり赤くしたり、とても可愛いからやっぱり離したくなくなる。この体勢の理由なんてセシル以外にないんだが。
「…逃げないように?」
「逃げませんから、はーなーしーてー。」
年齢差的に力じゃ勝てないことくらい分かってると思うんだけど。
「逃がさないし、許さないよ?」
「いや、私、レオンさんに許されないようなことした覚えないんですけど。」
「心配かけた件、事情を嘘ついた件、その他について俺は許した覚えはない。」
ふふっ、ガタガタ震えてる、思わず笑ってしまった。
「慰謝料なら払いますから。その、私の命だけで済ませていただけませんか…。」
イシャリョウが何かは知らないけれど、勝手に命を賭けられても差し出されても困るんだよ。
「勝手に命を差し出した件も追加で。俺がセシルにそんなことするわけないでしょ?」
エマールが大事なのは分かるけどさ。そんなことしたら俺の方が極悪人じゃん。
「俺がセシルを大事にするからそれで許すよ。そのかわり、絶対逃げちゃダメだよ?」
セシルは激しく頷いた。
「まずは…セシルはエマール領をすごく大事にする。他の領もそれくらい大事にしてくれる。」
「は?」
「手元に届いた手紙を必ず全て目を通している。その内容を見ながら授業だって変えるし、そのためなら時間を惜しまない。」
「何を言って…?」
「疲れていたりしても、人前で絶対に顔に出さないし、絶対に弱みを見せないように頑張ってる。」
「いやいや…」
「そのくせ、自分は人よりもずっと勉強してる。」
「待って…」
「できない人を馬鹿にしたりしないし、できることをひけらかしたりしない。」
「いや、それは…」
「俺やノエルが心配になっちゃうほど仕事も勉強もする努力家で」
「ちょっと、やめて…」
うなじも耳も真っ赤になって、手で自分の耳を塞ごうとするけど、それは阻止する。
「全部聞くんだよ?そうしないと許さない。」
「待って…それはムリ…」
「賢そうにみえて意外と天然で抜けてるのが可愛い。支えてあげたくなる。」
「一生懸命背伸びをして頑張るから甘やかしたくなる。」
「何をするか分からないから放っておけなくて捕まえておきたくなる。」
「一人でいっぱい背負おうとするからその荷を代わりに背負いたくなる。」
やめてと小さい声で何度も言うけど、構うものか。
「たとえ、セシルと同じ知識を持つ人が居たとしても、セシルじゃなかったらこうはならなかった。一つ一つの手紙を大事にして、みんなの気持ちを考えて、優しい授業なんて、セシルじゃないとできなかった。セシルがどれだけ時間と手間を使っているのか知ってる。それは誰にでもできることじゃない。」
「セシリアは可愛くて賢くて大事な俺の婚約者なんだから。」
真っ赤になってプルプルと震えている。
「……今日はこれくらいにしようか。セシルを蔑ろにする者はたとえ本人だろうと俺は許さない。今度そんなことしたら、今日以上にセシルのいいところと好きなところを聞かせるからね?もう、自分を適当に扱わないって約束できるよね?」
激しく頷いている。
思った以上に効いたな。
「よかった。約束してくれなかったら、もっと分からせないといけないのかと思った。何かあったらすぐに俺やノエルに話すこと。助けを求めること。いいね?」
「…はい。」
さて、これでいいかな?
あとは…犯人をどうにかしないと。
俺の怒りは収まっていないんだから。
平民に怒りの矛先が向かなければいいのだろう?
なら、別に退職の理由をつくるだけさ。
もともと気に入って雇っていた者でもないだろう。そういう者は授業を受けさせているし、彼女の顔を知らないはずがない。そもそも平民に悪い感情を抱いている木端貴族などウチが気に入るはずがない。そいつらをどうにかするくらい訳ないさ。
少し忙しくなるが、それも仕方ない。




