短髪のセシル
髪は軽くなって嬉しいが、見た目がよくないし、これでは毎日寝癖がついてしまう。
美容師でもないのに適度に整えるのは難しいが、やるしかないな。
私は瑞稀に連れられて一人で自室に戻った。
今日、仕事をしていたのはノエルの部屋だから、この部屋には誰もいない。
ちなみに、私やノエル、レオンさんに付けられている人たちも、仕事中は亜人関係もあるだろうからと抜けてもらっている。ブルナンどのが居るようになってからは、大人がついているから大丈夫ということで、放任に拍車がかかった。偶に王宮へ仕事見習いとして出勤しているレオンさんだが、多くの時間は私たちの仕事を手伝っている。ブルナン殿も研究で自分の家に籠ることがあるが、アイディアを出すという段階なら、ここで一緒にいることが多い。
「セシル、このことは他の奴らに言うぞ。」
「いいえ。言わないでください。」
そうしたら、先程の人たちはどうなる?クビになるに決まってるだろう。
これ以上の憎悪を平民、そして私に向けられかねない。
「考えていることは想像がつくが、我とて看過できんぞ。それに、髪が切られているのだ、気づかないはずがあるまい。」
確かに、気づかれないはずがない。
自分で切ったことにするにも無理がある。
なぜこれまで切らなかったのか、なぜ今になって切ったのか、という疑問が残ってしまう。
いい言い訳はないだろうか。
というか、瑞稀が髪を切る前に止めなかったのって、このためだろうか?
私に隠蔽させないため…?
それが妥当だろうな、まずいな。
鏡を見ながら、前髪を切り揃えていく。
「…佐助が来る。自分でやらずに放っておけ。」
佐助は意外と器用である。
折り紙、絵、その他色々とできるらしい。
「わかりました。髪に関しては佐助に頼みます。」
が、告げ口に関しては許していない。
勿論、勝手に瑞稀が言うことだってできるし、楓や佐助が既に伝えたかもしれない。
瑞稀が行っているのは恐らくは説得だ。
「我は適当に流すのを否定しないが、土下座というのは、そう簡単にするものではないぞ。」
「承知しています。」
「相手に感情的にならなかったのも我はアリだと思っておる。」
「……」
なら、何が悪いというんだ。
そこで殺されたならそこまでだ。そんな可能性にまで考慮していたら、どうして生きていけるだろうか。
「セシル、お主は人の感情に疎い。お主を心配するものがいることくらい頭の隅に置いておけ。」
……何が言いたいのかがよく分からない。
瑞稀が説明している間に佐助が現れて鏡の前で私の髪を整えていく。
水で髪を濡らして、丁寧に切っていく。
彼は一言も話さなかった。
鏡越しに瑞稀と目を合わせる。
「レオンやノエル、ロームらのことも考えろと言っておるのじゃ。」
「彼らに迷惑を掛けているつもりはありません。この件に関しては、私が墓場までもっていくまでです。例え、その後に何かが起ころうとも、私は同様の手段をとります。確かに、死んだりしたら迷惑を掛けたでしょうが、そこまでのことを彼女らがするとは思えませんでした。」
足がつくし、あんなに選民意識が高いなら穢らわしいことも嫌うと思ったからだ。
それとも、選民意識があるからこそ、人を殺すのに躊躇はないか…否、家畜を絞め殺すこともできなさそうだし、グロい現場を嫌いそうだ。とやかく言う私も、そんなに命を奪ったことがあるわけもない。
「…なら我は黙っていよう。じゃが、悪あがきじゃろうて。すぐに明らかになる。」
瑞稀の言葉に嘘はないようだ。
先に伝えに行かせたわけではなさそうだ。
佐助は早くも私の髪を整え終わったようで、サッパリと、そして爽やかになった。
やっぱり此方の方がしっくりくる。
あとはヘアバンドが欲しいが、さすがに欲がすぎるというものだろう。
さて、部屋に戻ろうか。
何事もなく戻ればバレない…とは思わないが、皆書類に集中しているから、そこまで気にならないだろう。
あとは、言い訳だけれど…どうしようか。気分…とでも言おうかな。理論的でも建設的でもないけど。正直、言い訳ってそんなものだと思うんだよね。でも、それだとあからさまに言い訳なんだ。
…もう、気分で押し通そう。
作業している皆のところへ戻る。
静かに戻り、静かに席につき、静かに始める。
「セシル」
レオンさんが静かに私の名前を呼んだ。
目線だけ彼の方に向け、聞いていることをアピールした。
「なにがあった…。」
それだけ静かに、低い声で言った。
「特に変わったことも面白かったこともありませんでしたよ。」
目を瞑って、目線を見られないように気遣いながら言った。
「そうか。」
目を閉じているから、レオンさんがどのような目をしていたのか分からないけれど、見透かされているような気がしたのは気のせいだと思う。
それ以外に何か言われることはなかった。
その日侍女さんや他の人たち、公爵家の方々にも何か質問されることはなかった。
だから、見過ごされたと思った。
正確には、そう思いたかったのだ。
流石に、ここまで追求されないことに違和感を覚えなかったわけじゃない。
自意識過剰と思われるかもしれないが、短髪の女性をあまり見たことがなかったから、少なからず驚かれるだろうとは思っていた。しかし、誰も私の髪に驚かなかった。それは違和感として十分じゃないか。
だから、嫌な予感は、違和感は当たってほしくなかった。
夕食後、レオンさんが私の部屋を訪ねて来た。




