閑話 : 秘密の共有
我は悪くないわ。
勝手に倒れるこやつが悪い。
「全く、害意なぞ関係なくとも危ないではないか。我に手間をかけさせおって。」
人は少ないが、レオンとノエルの他に魔術を教える奴がいたな。
我も年月で信頼など測れないと分かっておるが、さてどうしたものかな。
我らのことを案じてか、人間への情報流出をかなり慎重にしているセシル。
自分の情報が拡散するのは厭わないのに、亜人らの情報には慎重になるのだ。
想定されるものごと自体は正しいのだが、アンバランスだ。
人心掌握というと聞こえが悪いが、少し考えねばならんのう。
「瑞稀さん?」
「ノエル、それにレオン。セシルはただの魔力切れだ。過度な心配は要らぬ。ノエル、セシルを部屋に運んで寝かせたい。我は外で姿を見られるわけにはいかぬ。」
ノエルに任せれば、セシルを部屋に運ぶことなど造作もない。
気をつけるべきは、この家の使用人らか。見慣れていない上、どこに敵意があるかもわからない。
「わかりました。」
「そこの奴、黙ってついてこい。話がある。」
我はノエルにセシルを任せた後で、小さい蛇の姿になり、セシルの腕へ巻きついて姿を消した。
「瑞稀さん、部屋に着きました。人払いも済ませています。」
それは我ならすぐに分かるのだが、まぁいい。こういうのは形式が大事なときもある。
「なら、我も出て構わないな。」
我は人の姿に戻った。
「で、お主は誰じゃ。魔術を教えていた奴だろうが。」
「……ジェローム・ブルナン。」
「ふむ、ジェロームか。長いな、ジェロか?いや、ローム、ロームだな。ではローム、我のことをどう思う?」
「どう、とは…?」
単刀直入すぎたか、しかし、答えの幅が広い分、思ったことをそのまま言うしかないはずだ。
「そのままの意味じゃ。」
「意味が分かりません。急に現れて、蛇になるなど。」
なるほど。
理解できないというのが一番か。
だが、嫌悪の感情が見当たらない、むしろ、好奇心?
ならば、悪くない。面白そうではないか。
「ローム、我の正体が知りたいか?人が知らないような魔法が知りたいか?」
我は目を細めて奴の反応を見た。
奴は瞬きを何回もして、呆然としていたが、覚悟を決めたように喉を鳴らすと言った。
「当たり前だ。そのために生きてる。」
迷いなく言い放った。
なら、構わんだろう。
「いい心がけじゃ。さて、どこから話そうか。我は見た通り白蛇じゃ。訳あって、セシルと契約をしとる。セシルに従う身なのじゃ。」
「全然従者という雰囲気ではないけど…。」
「ノエル、何か言ったか?」
「いえ、いつもお世話になってます。」
「うむ。人間がどう思っているかは知らないが、亜人は意外とたくさんいる。人間から隠れて暮らしているがな。そして、亜人の方が知識も技術も上回っておる。勿論、魔法もな。」
「魔法が?」
「人間が使うものとは全く別体系のものじゃ。だから、我は初めて人間のものを知ったし、我も此奴らに魔法の指導をしたことはない。だが、魔法のことならばなんでも知りたいお前にはうってつけじゃろう。」
「ああ。その通りだ。」
身を乗り出して聞いている。
目が輝いているのが分かる。
「だが、亜人という存在を知っているのはこの部屋の人間のみ。誰にも漏らしてはならぬ。これはセシルが決めたことじゃが、これは最善の判断だと我も思う。」
「つまり、条件はこのことを口外しないこと、口封じが目的ということか。」
「話が早いな。我も主の意に沿わないことはしたくないのでな。」
「分かった。その話を受けよう。魔法を、更に知りたい。それが俺の生き甲斐だ。」
「交渉成立じゃな。ローム、お主はレオンが王都にいる間の指導が仕事だったな…、ならば、それ以外の期間は亜人、それも魔法特化の集落に紹介してやろう。言語の壁は厚いじゃろうが、筆談ならば通じるのだから、問題ないだろうて。」
さて、面倒なことも終わった。
しばらくは眠るとするかな。
我は蛇の姿に戻り、セシルのそばで眠った。




