閑話 : ブルナンの衝撃
俺は魔法師団長として誰にも負けない魔法技術を磨いてきた。
いつだって、他のものが見向きもしない魔力制御に全力を注いだ。
目の前の小さな子供が俺の常識をガラガラと壊していく。
こんなに面白いことはない。
♢♦︎♢
魔法師団を辞めたのは政治的な理由だった。
どこぞの公爵家のお坊ちゃんを頂点に据えねば国が傾くと、謀反が起きるという状況で俺が魔法師団長に縋り付く必要性はなかった。
俺は魔法師団を辞めて、自らの魔法にさらに磨きをかけていくつもりだったし、実際そうした。
アクシデントがあったとするなら、別の公爵に囲われてしまったことだろうか。
囲われたといっても、自由は十分にあったし、社交期間中、その公爵家の息子の魔法の指導をするだけだった。しかし、子供が嫌いだった俺は当然断った。魔法師団での関係上、彼は権力を振りかざして無理やり仕事を押し付けるような人間でないことはわかっていたからというのもあっただろう。しかし、公爵は珍しくも粘った。
「ブルナン殿が子供が苦手な理由は、話が通じないところにあるのだろう?現に、話が噛み合わない相手は君と相性が悪い。精神的に子供な者は大人でも苦手だろう?ならば、精神的に大人なら、子供でも問題ないわけだ。一度見てダメなら断ってくれて構わないから、一度だけでもお願いできないか。」
そこまで言われると、断りにくく、一度だけならと俺はその仕事を受けた。
そこで会った、まだ3歳だという子供は全く子供らしくなかった。
多くの子供は目を輝かせるのに対して、彼は既に全てを拒絶しているようだった。
「魔法が嫌いか?それとも俺が嫌いか?どっちにしても俺は教えなくてもいいんだぜ。」
そう尋ねればその子供は静かに答えた。
「私は知らないものを嫌いとは決められない。教えてもらってからどちらも嫌いかどうか決めたい。」
子供らしくない答えだったが、俺としては気に入った。
「なら、確かめてみようぜ。お前、名前は?」
「レオン。」
「レオン、魔法を教えてやる。俺の一挙一動を見逃すな。覚えるんじゃねぇ、理解するんだ。全ての事象の根っこを。」
「分かりました。お願いします。」
そして、俺とレオンの魔法の練習が始まった。
その日の練習が終わった時、始めとは比べ物にならない良い顔をしていた。
しかし、やはり、どこかどうでもいいような顔をしていた。
しばらくしてから、そのことを聞けば、レオンは自分に対する誹謗中傷に対して無視を決め込んでいたらそうなったらしい。レオンは俺から見ても歳に対して大人びている。下手な大人よりも大人だった。それが、どうやら誹謗中傷の的になったらしいのだ。レオンは子どもらしからぬ考え方で、未だ知らなくていいはずのそれを知ってしまった。そして、誹謗中傷をしない者たちはお世辞を並べて褒めるのみ。授業も授業にならず、褒めちぎられて終わるのに嫌気がさしていたそうだ。だから、俺が褒めないことが、怒ることが、それでもたまに褒めてくれることが嬉しかったそうだ。
俺は自分の研鑽を進めながら、すっかり気に入ったレオンに王都滞在期間だけ魔法を指導する日々を送っていた・
そして現れたのがセシルとノエルというガキだった。
奴らを初めて見た時、子どもという印象を受けた。
大きい方、セシルという奴は初めて会った時のレオンより少し大きく、小さい方は当時のレオンよりも小さかった。
彼らは興味好奇心に満ち溢れた、輝いた目をしていた。
何にも擦れていない、純真無垢な目を。
だから、奴らはただの子どもだと思ったが、彼らが話した途端、それが間違った認識だと悟った。
出てくる言葉が、子どものものではなかった。
なぜ、これほどまでに異質な子供が、擦れずに、レオンのようにならずに育ったのかが不思議でならなかった。
エマールという伯爵家出身らしいが、彼らの噂でいいものはあまりない。
しかし、噂とは貴族が好き勝手流すもの、政局さえも傾かせるものである。
真実とは限らない。
少なくとも、この公爵家が関係を持つのだから、悪い家ではないと思う。
生まれつき魔法が無意識に使えてしまう者は存在する。
俺もそのうちの一人だった。
そして、ノエルはそれにあたり、なおかつ、浮くのにもかかわらず、風魔法を使っていなかった。
当然のように魔力量は最大値だった。
そして、セシルは魔力量は貴族としては少ない方に入るが、一般的な範囲と言える。
そこで驚いたのが、セシルが女だったってことだ。
俺が人を見分けるのは洗礼でもらった固有能力のおかげだ。
魔力で見分けている。一時的な感情もなんとなくわかるようになった。
顔を見ているというが、見ているのは目だけだ。パーツとして目を見ている。だから、全体像として、顔の見分けがつかない。そして、男女や美醜もわからない。かろうじて年齢がわかるだろうか。
だから、彼らの服で見分けていた。
それなのに、ズボンを履いている女がいると知って仕舞えば、これからどうして男女を識別していけばいいだろうか。
そして、甲斐甲斐しくセシルの世話を焼く二人を見て、日頃の苦労が手にとるようにわかった。レオンがこれほど世話焼きだった印象はないため、性格まで変わったのかと驚いていた。
火魔法の初歩、火種を作らせて、それを燃え上がらせるようにしろと指示をすると、二人揃って風魔法を使い始めた。意味がわからなかった。しかし、実際、火は強く、熱く燃え上がった。最終的に、セシルの火は青く美しい色になった。
尋ねると、ノエルが解説してくれた。セシルは思考中だから聞いても無駄だとレオンとノエルに言われた。
ならばと、俺は研究中の本の中から一つ詠唱をし、魔法を発動させた。
それを見たセシルとノエルは一発で意味を理解したのか、自分でオリジナルの詠唱をして魔法を発動させた。
ショックを受けるのは今日何度目だろうか。
魔力制御の重要性を教えた後、俺は詳しい説明を求めた。
貴族たちが持つような変なプライドはいらない。
俺が知りたいのだから、知っているものに教えを乞うんだと、詰め寄ると、ノエルが教えてくれることになった。
彼の説明はわかりやすいんだろうが、分からない用語が出てきすぎて話が進まなかった。
しかし、わかったこともあった。グリッドガイドという単体の魔法で出てきた線の上に絵を描くような指示を出していたこと、その線の上に魔法を発動させたことだった。
それが分かっただけでも大きな収穫だ。
詳しいことについても、時間がかかるが習得できると聞いた俺はそれを習得すると決めた。
その時だった。
視界にグリッドガイドの線が追加されたのは。
それも、不思議なことに自分が動いても場所が動かない。
自分はそんな魔法を唱えていないし、ノエルやレオンも同じものが出現したそうだ。
何が起きたのか、と思っていると、会話に参加していなかったセシルがウロウロと動いている。
空中を指差して言葉を唱えれば、空中を水の球が移動する。
不思議な光景だった。
そして、確かに、セシルが指差した先には線と線が交差している点があった。
それからしばらくして、大きな音がした。
俺たちの視界から線が消えて、音の源を探すと、そこには見たこともない服を着た不思議な人がいた。
その服はヒラヒラしてドレスに似ているため、女性だろうか?いや、安易な判断をしてはならないと学んだじゃないか。
「はぁ。これは緊急事態だから仕方がないよのう、なあ、セシル?自業自得じゃ。我は最善を尽くしたのみじゃ。」
その人は変わった話し方をしながらこちらを見ていた。




