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その書、日の目を見るとき。

 「質問があるのだけれど。」


 ロザリーさまだ。

 このアズナヴール公爵家の公爵夫人であらせられる。


 「なんでしょうか。私に答えられるものであれば。」


 私は先を言うように促した。


 「うちの領の民は文字が書けるようになってきているのは分かります。あなた方の授業のおかげです。感謝しています。しかし、そちらにはテストというものを渡していません。私たちはテストを丸つけする際に感覚的に文字が書ける人が増えたり、手紙が届いたりすることで、民が文字を扱えるようになったことを知ります。ですが、そちらはどうして、文字が扱えるようになったことが分かったのですか。もっと分かりやすい例で言えば、算数の授業で、分かりにくいと思っていた時は必ずもう一度授業で扱われました。何故ですか。」


 ロザリーさまが尋ねたのは、こちらが授業の難易度調整をどのように行なっているかということだった。


 「それに関しては私とノエルが指示を出しています。難易度調整は実地での民の感想と、寄せられた陳述、そして、テストの出来によって判断しています。ロザリーさまは私たちはテストを直接見ていないとおっしゃいますが、その代わりに私たちはテストの出来を数字で判断しております。」


 そう、パンドラの書(自称?)とはそれが記されたもの。

 私とノエルのみが管理する分析ノートである。

 現在の皆の理解力だとまだ理解されないかもしれないが、隠し通している。もっとも、人間以外だと意外と見られてたりするのだが。


 「ここから先の話は口外しないと約束していただけますか。」


 「姉さん?」


 「本当に見せてはいけないものではありませんし。あれは、私の懸念で隠しているだけですから。」


 ノエルは今まで誰にも見せてこなかったノートを人に見せることに驚いているが、私は問題ない。

 ノエルは私の言葉に納得はしていないが、止めるつもりはないらしい。


 「うん。分かった。公爵家の皆さま、少々席を外します。あるものを部屋から持参したいので。」


 「それは構わないが、それは本当に見せて大丈夫なものなのか?」


 公爵さまが心配そうに聞いてくる。


 「姉さんが大丈夫というのならそうなんでしょう。それに、当初は公開することも考えたものですから。機密というものではありませんよ。」


 ノエルはそう言って、席を辞した。


 ノエルがいない間に説明を始めた。


 「皆さん、記憶にあると思われますが、テストには必ずマスがあって、そこには大量の数字が書いてあります。丸つけをする際は、一つ問題に丸をつけたら、一つマスに印をつけるようにと、各方面に伝達しました。そして、一番最後の印をつけたマスに書いてある数字を大きく書き、報告の際は、その数字を見て同じ数字の欄に名前を書く。そしてそれをエマールに提出するようにお願いしました。」


 「えぇ、覚えているわ。」

 「俺も、毎回テストは確認しているからな。」


 ロザリーさまもレオンさんも記憶にはあるみたい。


 「あれは点数というものです。彼らが何問問題を解いたのか、計算できない人も丸つけができるように工夫しました。そして、その点数を私たちは知っている、つまりそれは、テストを見ているに等しいのです。最も、誰がどの問題で間違えたのかまでは分からないのですが。その問題を改善するために、問題に修正を加え、多くの人が解けていない問題を特定し、それに合わせた授業を行うように指導していたのです。あとは、それぞれの領地から頂く質問の手紙や、昨年の領内での理解度も難易度調整に加えています。」


 ざっくりと説明をした。

 つまりは、報告に上がってくる点数と質問の手紙、領内での昨年の出来、それらを加味して授業をする。手間はかかるが難しいことじゃない。私ができることなど限られているのだから。変態的な分析をしたわけじゃない。ただ、地道に平均値を、中央値を、最頻値を、その他分散等を調べただけなのだ。


 分散とは標準偏差を二乗したもので、それぞれの値の偏差を二乗したものを平均する。

 その分散に平方根をつける標準偏差になる。

 偏差値とは(値ー平均値)/標準偏差x10+50である。


 面倒だから標準偏差とかは調べていない。

 分散までは四則演算でできるからノエルにも任せられる。


 「そ、そんなことが…!?」


 おや、ぼーっとしている間に皆が混乱の渦に呑まれていたようだ。


 「失礼します。」


 丁度良いところに!!

 ノエルが戻ってきた。


 「姉さん、これだね?」


 「うん。」


 通称(自称)パンドラの書。

 それぞれの領内の学習状況を分析したノートたちだ。

 領ごとにノートを分けているため、そのノートは何冊にも及ぶ。


 「それは…さっきまでノエルが仕事と言って使っていたもの。」


 「レオンさん、記憶力いいですね。優秀だというのは不幸な結末しか招かないんですよ。」


 ノエルが"お前は知りすぎたんだ…"みたいなセリフを吐いている。


 「ノエル?」


 「あぁ、大丈夫。これのことを教えるというから、僕の仕事も減らそうと思っただけだよ。安心して。」


 害するつもりはなかったらしい。

 良かった〜。お前は知りすぎたと言って殺される者のなんと多いことか。

 この場合の不幸な結末は、この分析に追われて苦しむことか?


 「大丈夫?ノエルに任せっぱなしで苦労させてない?」


 「あ、気にしないで。僕の場合はいい計算練習になったから。」


 おかげで、もう計算ではノエルに勝てない気がしてきた。いい傾向だ。


 「そう、なら良かったよ。では、皆さん、こちらがその点数についての報告を聞いた私たちが纏めたものです。」


 平均点、中央値、最頻値を纏めた折れ線グラフ、箱ヒゲ図にヒストグラム。度数分布表に相対度数分布表。各個人の成績についても別途記録されている。それぞれ1ヶ月平均と最高点と最低点を記録しているのだ。

 また、傾向として、領ごとの特色も捉えられるように気をつけている。


 「読んでも分かりにくいかもしれませんが、こうして私たちはそれぞれの点数の報告をデータとして分析しているのです。分析と呼ぶのも烏滸がましい、稚拙なものですが。」


 本当に、本場のデータサイエンティストや統計学者に怒られてしまうわ。

 とはいえ、私のなりたかった職はそれらなのだから、真似事でもできたことは嬉しいわ。


 「これが…?文字でもなく、絵のようなこれらが?」


 あぁ、文字よりも絵の方が下なのかな?


 「絵というよりもグラフですね。とても多くの情報が一目で見て取れるもの。そして、想像や空想でなく、しっかりとした書き方のルールに則ったものです。例えば、この折れ線グラフというもの。縦軸が上にいくほど点数が高く、横軸は左にゆくほど時間が遅くなる。つまりは、算数の授業で扱った数直線を縦と横に重ねたものです。数直線は一次元、線ですが、この座標平面は二次元、平面なのです。三次元になると、立体になるのですが、ってこれは関係のない話でしたね。」


 さて、邪魔な話ばかりしてしまった。


 「要するに、右にいくほど時間経過を表すわけですから、右肩上がりな場合は、それらはテストの回数を繰り返すごとに点数が上がっていることを示します。そして、次のページのヒストグラムでは、ある点数帯に何人の人がいるのかを表していますから、例えば、この時のテストでは、多くの人が満点近くをとっていることが分かりますね。左側にこの山の頂上があるなら、そのテストは難しすぎたということ。授業で理解を得られなかったということ。こうして、判断していくのです。」


 …この話し方は分かりやすかっただろうか。フィードバックが欲しいな。

 だから、雑談、人と話すのは苦手なんだ。


 「これを、このようなことができるのは…?」


 「今のところ、私とノエルだけですね。」


 超人手不足。

 まぁ、人間の手以外なら意外とあるんだけどね。


 「なぜ、これを秘匿した?」


 おや?

 公爵さまは公開派かな?


 「そうですね、人間関係に亀裂を入れることになるからです。これを公開することのメリットは競争を煽ることです。例えば、エマール領の点数とアズナヴール領の点数を出して比較していたら、上回るために熱心になるものがいるでしょう。それは素晴らしい効果です。ですが、これらは平均点、点数が低いものが足を引っ張る計算方式なのです。私がそれでもこの方法を採用しているのは、できない者に気づくため。決して、できないものを虐げるためではありません。吊し上げてその人の点数を上げようとするものでもありません。ですから、私とノエル、最低限の者で管理しています。私が皆さんに話したのは領主一家がこの施策の効果について知ることも一つの権利と思ったまでです。投資しているのだから、効果が知りたい、リターンが知りたい、当然のことでしょう。ですから、できる限りの秘匿をお願いします。もし、他の領主一家より、同じことを依頼されたなら、それには答えるでしょうが、それによって不和が起きても私は一切の責任を負うことはできませんし、それによって本当に辛い思いをするのは領民でしょう。そのことは釘を刺させて頂きます。」


 いるんだよ、熱血みたいな上澄み2割が。


 例えば、運動会でクラスを、団を勝たせるために下の方の人たちに頑張らせようとする人たちが。

 例えば、クラスの平均点が低いと煽ってくる人たちが。


 あれらは、学校というシステムの上に成り立っている。でも、ここに学校はない。せっかく新しく創るなら、より良い方法を模索していきたいじゃない。かといって、全員が1位とかいうこともしたくない。努力をした結果は認めたい。その結果が今の方式。現在、せっかく悪い印象がない勉強に、嫌いな印象が着くのがとんでもないマイナスと考えているのも一つの要因だけれど。


 「誰にでも得手不得手があるのは公然の事実。ですから、どの特技も褒められるような世界になって欲しいんです。できない人を貶さず、ただ、得手不得手なだけだと理解できるように。現在、勉強でいい点をとっている者を褒めていますが、それ以外にも、体力自慢や絵を描くのが上手い人、音楽が上手い人、文を書くのが上手い人、皆が報われてほしい。でも、今はまだ体力系統に対応できていません。そこはこれから実現可能なように草案を纏めていきます。だから、勉強至上主義にならないことも、私の願いなのです。」


 パンドラの書が撒き散らされても何も起きないなんて理想でしかないけれど、そうなるまで、今はまだ、封印しておこう。

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スピンオフ短篇の紹介

「ラッキー7の世界で」スピンオフ短篇

作品紹介


完結済

すべてはあの桜花のせい

悠という少年の巣立ちの物語。推理SF小説。

連載中

魔女の弟子と劣等学級 -I組生徒の過ごし方-

魔女の弟子が初めて街に降りて人と関わる学園もの。

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