王都滞在の予定について
「改めて、ロザリー・フォン・アズナヴールといいます。好きに呼んで構いませんよ。」
食卓に着いて、食事を食べながら会話をする。
マナーに気を取られて、かなりキツイけれど、音を立てずに、姿勢正しく食べればいいかなって。
「よろしくお願いします。ロザリーさま。」
「よろしくお願いします。」
「父から紹介があった通り、イザベル・フォン・アズナヴールです。私も呼ばれ方にこだわりはありませんから、好きに呼んでください。気楽に話しかけてくれると嬉しいですわ。」
目上の人にこんなに丁寧に話されると、ちょっと怖いよね。何というか、恐れ多いというやつかな。
「よろしくお願いします、イザベルさま。」
「よろしくお願いします。」
うん、挨拶ってこれでいいのかな?
というか、ファーストネーム勝手に呼んじゃまずったかな。好きに呼んでいいって建前?
まぁ、二人ともにこやかだから怒ってはいないんだろう。
「さて、二人のこれからの予定だが、二人とも授業のための仕事は日々している中でのものだろうから、こちらとしても無理強いはしない。」
公爵さまが前置きをした。
「ある程度なら問題ありません。僕も姉も、領地の方でできる仕事は終わらせてきたので、時間は作れると思います。」
ノエルが公爵さまに答えた。
そうなんだよね。
教科書も原稿を上げているから、もう製本だけだし、それは依頼した。テストも難易度調整は必要なものの、原案はいくつか作ってある。
「なるほど。そこまで考えた上で仕事をしてきたのか。なら、まずはこちらから提案しようか。無理のない範囲で調整するといい。」
公爵さまは簡単に説明した。それはレオンさんから聞いていたものと大きな違いはなかった。
1つ、魔法の演習をすること。
2つ、社交界に出ること。
それらに合わせて、私とノエルはマナーレッスンのようなものを受けるらしい。厳しいものにはならないだろう、とのことだけど、マナーの矯正って大変なものだと私は思う。
「加えて、二人の正装を作らねばならないから、採寸と意見聴取の時間があるだろう。」
そう、問題はこの発言。私とノエルの正装を準備するのだと。
確かに、私たちはちゃんとした正装を持っていない。
これは親からの嫌がらせでも何でもなく、必要ないから作っていないだけ。むしろ、授業用の制服をオーダーしちゃったから、迷惑は余計にかけているはず。両親が悪いのではないということは強調しておこう。
で、問題はその経費をどこから出すのか、ということじゃなかろうか。
「あの、支払いはどうすればいいでしょうか。」
私もノエルもちゃんとした財産?は持ってないけど。というか、通貨がないから資産も何もないと思うけど。
「支払い?あぁ、こちらから提案することだ、何かを要求することはないよ。」
マジか。
奢らせるってことだよな?
割り勘でもなく、奢り?というか、割り勘というのは間違いだ。だって、私とノエルしか使わないもの。
「ここは遠慮せずに受け取って、感謝する方がこちらとしては嬉しいんだ。」
レオンさんから小声で謎の後押しをされた。
遠慮する方が失礼だろうか?
「ありがとうございます。」
私とノエルはレオンさんの助言どおり、感謝の言葉を口にした。
「本当に気にしなくていいからね。」
これはむしろ、気にしろと言っているのだろうか。
「…頻度にもよりますが、その程度なら問題なくこなせると思います。今日もこの後は特に予定を入れていませんし。」
ノエルは予定をこちらの仕事スケジュールと照らし合わせて言った。
「それはよかった。では、今日にでも採寸を済ませてほしい。出来上がるまでに時間がかかるからね。」
「わかりました。」
今日はこの後は採寸か…。
「話は終わったみたいですね。こちらもお話ししたいと思っていました。授業、いつも楽しみにしております。こちらの授業ではあまり二人を見ることができませんが。」
ロザリーさまが話を振ってくれた。
でも、これはどう答えるのがいいのかな。
「仕事の都合上、エマとセルジュにそちらを任せています。姉と僕が担当する授業を受けて、それを元に次の年は授業をすることにしているのです。」
「あら、そうなのね。屋敷の人たちも皆んな授業を受けているということなのね。」
すごい。うちのノエルがこんなにも頼もしい。
「二人の授業は一度しか受けたことがないから、比べようがないのだけど、今私たちに教えてくれているエマちゃんとセルジュ執事とあなたたち二人だとどちらが教えるのが上手なの?」
レオンさんの姉のイザベルさまが質問した。
ちなみに、エマちゃんとセルジュ執事というのは二人が考えたキャラ設定である。貴族も相手にするため、どうやって自分たちを紹介したらいいのか迷っていた二人に私が別枠に収まるようにと提案したものだ。先生と呼ぶのも、この世界としては違和感があるだろうから、執事と質問する女の子という設定にしてみた。
ちなみに、私とノエルはそういうことはしていない。
自分に設定つけようにも、思いつかないし、何より二人ともガキすぎる。
イザベルさまの質問にノエルはどう答えようか迷っているみたいだけど、この答えは決まっている。
「昨年の私たちと今の二人を比べるのなら、今の二人の方が上手だと思います。私たちの時の反省点も生かしているからです。それに、できる人が必ずしもいい教師になるとは限らないのです。感覚派の天才は、なぜ分からないのかということが理解できませんから。その中でも、理解しようとすれば歩み寄ることはできます。ですが、勉強するときに自分が苦労した人ほど、教師に向いていると私は思います。」
分からない人の苦労を理解してあげられる人ほど教師としては優秀だと私は思う。できる人に教えることは意外と誰にだってできることで、何より、そういう人は本か何かを与えれば、勝手に勉強していく。
そう考えると、授業を受けてきた二人というのはとても生徒に近い教師になれると思うんだ。
「!?そうなの?てっきり、あなた達だと思っていたから。二人は上手いけれど、それ以上に頭がいいと言われる二人の方が上手いと思ってたわ。でも、確かにそうかもしれないわね。世の天才は教えるのには向かないのかもしれないわ。」
イザベルさまは実感を込めているような感慨ぶりだ。
というか、随分と砕けた話し方をする人だな。
「相変わらず興味深い考え方をする。彼はそれを自覚していたのかもしれないな。」
「彼?…ですか?」
公爵さまの言葉に疑問を抱く。
「あぁ、彼はジェローム・ブルナン。王国の元魔術師団長でレオンに魔法を教えている。加えて、二人にも魔法を教えてくれる人だよ。」
魔法の先生?
「え?あの人に頼んだの?お父さま、正気?でも、分かるかもしれない。二人なら…。」
イザベルさま、随分と賑やかな人だな。
「ジェローム・ブルナン。彼は子供が大嫌いなんだ。だから、絶対に子供を相手にしないことで有名だ。」
いやいや、私、4歳だし、ノエルは2歳だよ?
バリバリ、子どもだよ?
「だが、レオンが3歳の頃、「中身はガキじゃなさそうだから」という理由で魔法の講師を引き受けてくれたんだ。当時のレオンよりも大人びている二人なら問題ないだろうと思ってな。」
マジか。
話ていて面倒なのが嫌な人だ、コレ。
そして、かなり理論派な予感がする。それは嬉しい。
「大丈夫、俺が保証するよ。」
まぁ、レオンさんもそう言うなら大丈夫ではあるんだろうな。
その後も、色々と話をした。
「そろそろ、食事も終わりだ。会話はまた次の食事の時にでもしようか。これからの生活に関わるだろうから、紹介しておく。」
公爵さまがそう言うと、数人の人が出てきた。
「彼らが君たちにつける者たちだ。彼らのことは保証する。侍女のグレース、レーヌ、ネリー。侍従のマックス、ダミアン、ヤニスだ。他の者は追々紹介しよう。君たちは、特に下級の、平民の者たちにしたら憧れの対象みたいなものだ。敵意や害意を向けられることはないだろうが、その視線があっては気が休まらないだろう。とはいえ、皆仕事熱心だからそこまでのことはないだろう。安心して滞在してくれ。」
彼ら以外の上級、つまり、貴族出身の使用人は信用したらまずいかもしれないな。
こういうの、経験はないけど、謂わば嫉妬の対象ってやつだ。公爵家嫡男と婚約しているなんて、嫉妬してくださいと言わんばかりだ。彼らは信用できるんだから、彼ら以外に会わなければいい話だけど。
侍女が三人に侍従が三人。
グレースが一番ベテランな雰囲気を醸し出している。
あとは、若い子たちかな。何にも染まっていないという意味かもしれない。
「皆さん、よろしくお願いします。」
「姉ともども、長期間ですが、お願いします。」
私とノエルは彼らに頭を下げた。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。」
彼らは揃って頭を下げた。
さすが、プロ。
公爵家でやっているだけあって、その礼が綺麗なこと。
「まだ、初日だ。ゆっくりしてくれると嬉しい。」
公爵さまの言葉で食事はお開きになった。
<登場人物>
セシリア・フォン・エマール 通称・セシル エマール伯爵家の長女 4歳
ノエル・フォン・エマール エマール伯爵家の長男 2歳
レオン・フォン・アズナヴール アズナヴール公爵家の長男/セシルの婚約者 7歳
エリク・フォン・アズナヴール アズナヴール公爵
ロザリー・フォン・アズナヴール アズナヴール公爵夫人
イザベル・フォン・アズナヴール アズナヴール公爵家の長女
ーセシル・ノエル付きの侍女ー
グレース 超ベテラン侍女
レーヌ
ネリー
ーセシル・ノエル付きの侍従ー
マックス
ダミアン
ヤニス
ジェローム・ブルナン 元魔術師団長
王都滞在編の前に閑話を追加する予定です。
閑話と王都滞在編の並行になります。




