ノスタルジー
閑話、というかオマケ話です。
ささの葉さらさら
のきばに揺れる
お星さまきらきら
きんぎん砂子
五しきの短冊
わたしがかいた
お星さまきらきら
空から見てる
私は鼻歌を歌いながら作業をしていた。
そう、現在6(**)月に入ったばかり。7(**)月7(**)日の授業では七夕を題材として合同授業企画を考えているのだ。
7を変態的に信仰しているこの世界で何か行事があるのかというと、何もない、それが7月7日。前世日本で七夕の日だ。実際に七夕は旧暦を用いると別の日だとか、そういうのはどうでもいい。ただ、授業でいい刺激になるだろうと考えただけだ。
私とて、七夕に思い入れがあるわけでもない。七夕の織姫と彦星の物語も断片的にしか覚えていない。確か、恋愛にかまけて仕事をサボったラブラブカップルに天罰が下って年1回しか会えなくなってしまった、という話だったと思う。
だから、短冊に願い事を書くのと折り紙でなんか飾りを作るってことでいいかなと思ったんだ。私は折り紙も苦手で詳しくないけどね。全然関係ない鶴でも折って飾っとけと思ったよ。
だから、なんとなく覚えているだけの歌を歌いながら計画を立ててゆく。
「<ささの葉さらさら のきばに揺れる お星さまきらきら きんぎん砂子〜>」
「<五しきの短冊 わたしがかいた お星さまきらきら 空から見てる〜>」
!?
1番を歌ったのは私。で、2番を歌っていたのは…楓?
「<そろそろ七夕。なにお願いする?>」
「<楓?七夕知ってるの?>」
「<うん、知ってる。毎年やってるから。>」
なんということでしょう。
こんなところに七夕を知っている人が。
私は思わず楓の手を取り、感動に浸った。
嗚呼、我が故郷よ。
自国愛なんて崇高な理念は持っていなかったけれど、いざ離れてみると日本が恋しい。
「<七夕について知っていることを詳しく教えて。あと、笹の葉とかどうしているかも。>」
「<うん。でも、飾りとかは佐助の方が詳しい。>」
「<知っていることだけでいいから。佐助には後で聞くから。>」
私は嬉しくて、テンションが上がっていた。
だから、気付かなかった。
「姉さん、何言っているか分からないよ?授業の計画なら僕も参加させて。」
ずっと日本語で会話していることに。
楓もおそらく気づいていなかったのだろう。
私たちは佐助も呼び出して、授業計画を立て始めた。
「私からの提案は一つ。七夕に合わせて1年目と2年目で合同授業を行うこと。だから、七夕について知識が欲しい。そしてもう一つ。これは七夕当日にやるべきか、事前にやっておくべきか、ということだ。」
「我は興味が薄かったから七夕についても詳しくはないが、授業の日程なら事前じゃな。飾りは飾っておく期間が必要じゃ。セシル、肝心な部分を説明していないぞ。ノエルよ。七夕とは7月7日に行われる行事のことじゃ。短冊という細長い紙に願い事を書いて飾るという部分からセシルは授業に使えると思ったのではないか。」
瑞稀の考えは概ねあたり。
文字を書くということに楽しさを感じてほしいということだ。
毎年、文字を書く行事があるのなら、それは文字を学ぶ理由となりうる。
「なるほど。確かに、いい行事だね。1年目はまだ完全に書けないかもしれないけど、いくつか選択肢を作ってみよう。そうでなくとも、名前だけ書けばそれだけで上出来だろう。僕は賛成。」
うん、ノエルはそう言うと思った。
「セシル、歌の意味、分かって歌ってた?」
「いや、あまりわかってなかった。」
唐突に楓に尋ねられて私は正直に答えた。
「<漢字で歌詞を書くとこうなる。>」
[笹の葉さらさら
軒端に揺れる
お星さまきらきら
金銀砂子
五色の短冊
私が書いた
お星さまきらきら
空から見てる]
漢字で書くと見えてくる意味ってあるよね。
軒端って軒下とかと似たような意味かな?とかって。
五色の短冊ということは短冊の色は5色なんだとかってね。
「<軒端は屋根の端で壁からせり出した部分。金銀砂子は金箔や銀箔を細かく砕いて蒔絵や襖絵などを装飾するときに使う粉のこと。五色の短冊の五色は緑・赤・黄・白・紫の5色。黒が紫に置き換わった五行の色。>」
なるほど。
五行はおそらく陰陽五行思想ってやつのだろうな。詳しくは知らないけど。
木・火・土・金・水だったはず。
十干十二支の十干もそれに倣っていたと思う。
「短冊の色にはそれぞれ意味がある。」
楓はこの世界の言葉でそう言った。
この世界の文字で色を書き連ねた後、漢字でも書いて、その隣にさらに漢字を1字ずつ書いた。
[緑ー仁
赤ー礼
黄ー信
白ー義
紫ー智]
「ざっくりこんな意味だった筈。」
ここから読み取るのはキツい。
私は日本人としてなんか、わかるけど、ノエルには通じないよ。
「緑は…徳を積むとかかな?<仁愛とか…>」
「礼は恩だった筈。身近な人への感謝。」
楓が言った。
まぁ、それも読み取りやすいな。
「信は、まぁ、人を信じる気持ち。で、義は、微妙。わかるようで分からない。」
「そりゃぁ、テメェ、他人に対して守るべきうんたらかんたらってやつだろ。正義とかそーいうやつじゃねぇの?」
相変わらずの言葉遣いで佐助が言った。
正直、その言葉遣いで正義とか語られても、グッと来ないよね。
「智は学業の向上。一番わかりやすい。」
なるほどね。
私は、もう面倒だから好きな色で書けばいいのにと思い始めている。
「チッ。面倒になることはわかってたんだ。ほら、これでも見ろ。これまでの短冊保存してあった分だ。幾分わかりやすいだろ。」
「佐助、すごい!!」
「ッタリメェだ。」
佐助の機転のおかげで何とかなりそうだ。
紫の短冊には"試験でいい点が取れますように"や"勉強ができるようになりたい"が書かれている。
赤の短冊には"いつもありがとう"や"元気でいてね"が。ありがとうは願いなのか、とも思った。
白の短冊には"寝坊しないように"と書かれていた。頑張ってほしい。
黄の短冊には"友達が欲しい""人見知りが治りますように"と書かれていた。
青の短冊には"嘘をつかない"などが書かれていた。
なんか、願いって感じのもあるけど、どちらかというと決意のような雰囲気もあった。
「なんか、分かってきたかも。」
そして、漢字かな混じり、そしてカタカナも付け加えられたそれらを見て、鼻の奥がツンとした。
「読めない…」
「疎外感を感じるか?ノエル。あれは、心の奥深くで通じ合うものがあるんだろうよ。」
私の知らないところで瑞稀がノエルを慰めていたが、私はそんなことに気づくことはなく、短冊に見入っていた。
…?
「ねぇ、これナニ?5色以外の色で"世界平和"とか"彼氏欲しい"とか書いてあるけど。」
欲がありありと記されていたそれらの短冊は上記の色以外の短冊に書かれていた。
それを尋ねると楓は目を逸らした。
「そりゃぁ、真面目で堅っ苦しい決意ばっかり書けるわけねぇだろってこった。」
…まぁ、そうだよね。
でも、彼氏が欲しいなら、人間関係みたいだから黄色の短冊に書けたと思うな、良縁に恵まれますように、とかね。
「私はいつも真面目に書いてるけど、それが少数。許せない。」
楓は真面目派だった。将棋とかそういう伝統とか好きそうだもんな。
私も幼少期は"プリキ●アになりたい"とか書いてたと思うし、"クワガタになりたい"、"カブトムシになりたい"、"パンダになりたい"、他にも"日曜朝のヒーローになりたい"という願い事を多数見てきた。
「私は当然、将棋の上達を願う。」
楓は本当にブレない。
「俺はなぁ、どうすっかなー。楽に生きたいとでも書くかな。あ、惰眠を貪りたい、の方がいいかもな。」
佐助は怠惰だ。
「我は酒の湧く泉でも見つけたいものよ。」
そして瑞稀、それは実現不可能だと思うが。
「私は面白みがないけど、学業の上達を祈るよ。英語も数学も、できたらサエラさんに薬学系統も習いたい。」
本当に面白みのかけらもない。
ツマンナイ奴ってことだよな。
「僕は…、学業の上達、と思ったけど、家族と身の回りの人の健康を祈るよ。元気に暮らしてほしい。」
天使がいた。
やばい、一番大人な答えだ。
「ノエル〜!!」
ノエルに抱きついてしまった。
なんていい子なんだろう。
(姉さんがこの調子じゃ、また倒れてしまう…。)
家族を大事になんて教育したことないのに、天才か?天才な上に人格者なのか?
「で、姉さん、どうするの?その、色に分けられない願いをなしにする?それとも、アリにする?」
ノエルは核心をつくような質問をしてきた。
「うーん…。アリにしようか。小さい子で分からない子もいるだろうし、制限しない方が面白い願い事も出てくるでしょう。」
そうして、5色プラスその他という短冊を採用した。




