野菜を作ろう!
スプリヌ地方は天候に恵まれず、果物や野菜の育ちがいまいちらしい。
効果的な肥料や悪影響のない農薬などを開発して使うように指示しているようだが、ガブリエルが満足するレベルに至っていないようだ。
ガブリエルはスライム事業で多忙のため、農業にまで手が回らないのが現状らしい。
ならば私が何かしてみよう、と思い立ったわけだ。
『プルルンも、手伝うー』
「ありがとう。心強いわ」
そんなわけで始まった私とプルルンの、スプリヌ地方での農業。
最初に植えたのは、初心者向きのニンジンとナス。
これは下町時代、庭で育てていた野菜でもある。
さほど手間がかかることなく、実ってくれるのだ。
プルルンと一緒に毎日お世話をしていたら、雨期に事件が起こる。
順調に育っていた野菜に、ナメクジが大集合していたのだ。
「なっ――!?」
『酷い~~』
たった一晩で葉は食べ尽くされ、小さく実っていた野菜もところどころ囓られていた。
「こ、これがスプリヌ地方の農業なのね」
『ナメクジきら~い』
王都では一年のうちにナメクジを一匹見かけるか見かけないか、くらいの頻度だった。
けれどもスプリヌ地方ではあちこちでナメクジが這っていた。
なんなら、家の中でも見かける。
これまで気にしていなかったが、スプリヌ地方はナメクジ大国だったようだ。
ナメクジが葉や実を食べたニンジンとナスは最終的に枯れてしまった。
見るも無惨な状態となってしまったわけである。
二度と同じ失敗を犯したくない私は、プルルンと一緒にスプリヌ地方の農業地帯を視察する。
そこで、驚くべきものを目にした。
「あ、あれはなんなの!?」
『野菜のお家、かな~?』
「野菜の家!?」
畑に細長い温室のようなものが建てられていたのだ。
見た感じ、ガラスではない。透明だが、布のように柔らかいのだ。
すぐに近くで作業をしていた領民に声をかけてみる。
「お仕事中にごめんなさい。あの畑に建っている温室みたいな物は、なんでできているの?」
「〝スライム・ビニール〟です」
「スライム・ビニール!?」
なんでもスライム・ビニールはガブリエルが提供しているものらしい。
「スライム・ビニールをかけていると、害虫や害鳥、害獣などの被害を抑えられるんです」
「もしかして、ナメクジも?」
「はい。侵入を許しません」
画期的な道具を、ガブリエルは開発していたようだ。
いい情報を得た。
帰宅後、さっそくガブリエルに相談する。
「スライム・ビニールですか? いいですよ」
「ありがとう!」
ガブリエルは快く、スライム・ビニールを提供してくれた。
なんでもスライム・ビニールというのは、野菜を害する存在を遠ざける魔法がかけられているらしい。
スプリヌ地方での農業にかかせないアイテムというわけだ。
「プルルンと農業をしていたのですね」
「ええ、そうなの」
すごい野菜を作ってガブリエルを驚かせようとしていたのだが、結局泣きついてしまった。
スプリヌ地方のことをよくわかっているガブリエルでさえ実現できないのに、よく知らない私ができるわけがないのだ。
なんて弱音を吐くと、ガブリエルはそんなことはない、と否定してくれた。
「私は長年スプリヌ地方にいて、頭が凝り固まっている状態なんです。フランみたいな柔軟な考えを持つ人の力も必要なのですよ」
「ガブリエル、ありがとう」
彼はいつもいつでも、私を否定せずにやりたいことを応援してくれる。
感謝しても仕切れない。
「もう一回、頑張ってみるわ」
「楽しみにしています」
そんなわけで、スライム・ビニールを使って野菜のお家を作り、ナメクジ対策を完全なものとした。
ニンジンとナスの栽培を再挑戦したのだが、見事に成功した。
しかしながら、日照不足もあるのか、小ぶりで少し味が薄い気がした。
やはり、太陽の光というのは万能の肥料なのだろう。
こうなったら、野菜について徹底的に調べるしかない。
そう思って王都から野菜についての資料をかき集め、勉強した。
結果、アスパラの栽培がスプリヌ地方に向いているのではないか、と閃いたのだ。
アスパラは他の野菜同様に、太陽の光を好んでいる。
けれども順応性があるので、スプリヌ地方でも育ちやすいのではないか、と思ったのだ。
ただ、アスパラは植えてから収穫できるまで、一年から二年ほどかかるらしい。
栄養が行き渡るまで、長期間かかるようだ。
他の野菜みたいに、数ヶ月で採れるようになるわけではないとわかり、がっくりと肩を落とす。
けれどもここでへこたれる私ではない。すぐにガブリエルに相談してみる。
すると魔石肥料という、普通の物よりも強力な肥料を作ってくれたのだ。
プルルンと一緒に魔石肥料を撒いてアスパラを栽培すると、みるみるうちに生長し、一年目で収穫することができた。
魔石肥料で栄養をたっぷり含んで育ったアスパラは、やわらかく、甘みも強くてとてもおいしい。
大成功だったわけである。
そんなアスパラを使って、私はスコーンを作ってガブリエルにふるまってみた。
「これは、甘くない軽食のスコーンですか」
「ええ、そうなの」
アスパラを細かくカットしたものを、甘さを控えめにした生地に混ぜて焼いたスコーンである。
「ハーブバターを塗って食べてみて」
「はい、いただきます」
通常のスコーンはクロテッドクリームで食べるのだが、今回はしょっぱい系のスコーンなので、それに合うバジルを混ぜたバターを用意してみた。
「これは――おいしいです!」
ガブリエルのお墨付きをいただいたので、私も食べてみる。
ハーブバターを塗って頬張った。
「んん!」
生地はサクサク、ホロホロ、アスパラの甘さが際立ち、ハーブバターとの相性の抜群だった。
想像していた以上に、おいしく仕上がっていた。
「フラン、このアスパラはスプリヌ地方の名物になりそうです」
「よかったわ!」
その後、スプリヌ地方で本格的にアスパラの生産が始まる。
魔石肥料でたっぷり栄養を得たアスパラは、領民だけでなく観光客にも好評だった。
以上が、スプリヌ地方に名物野菜が誕生したときの話である。




