スライム大公二巻発売記念SS『フランの母が来た!』
今日、母が私とガブリエルに会いにやってくる。
最初はスプリヌ地方を訪問してもらう予定だったのだが、雨期に入ってしまったのだ。
去年よりも十日ほど早かったようで、ガブリエルは頭を抱えながら、「スプリヌ地方にフランのお母様を招待するのは止めましょう」と決断したようだ。
梅雨の初めに降るスプリヌ地方の雨は、霧のようにサラサラの雨で美しい。
母も気に入るだろうが、ガブリエルと義母は揃って憂鬱な表情でいた。
彼らが自信を持って招くことができるシーズンに来てもらったほうが、精神的にもいいのだろう。そう思って、王都で会うことを勧めたのだった。
義母も紹介する予定だったのだが、今回はひとまず、ガブリエルとだけ会ってもらおうという話になった。
あっという間に当日を迎え、私はガブリエルと共に転移魔法で王都に出かける。
プルルンも同行したのだが、ガブリエルから大人しくするように、と噛んで含めるように言われていた。
プルルンは『わかっているよーだ』と言っていたものの、ガブリエルは「怪しいものです」とため息をつく。
「フラン、母君と会うのは久しぶりなんですか?」
「ええ。二年以上ぶり、かしら?」
ずっと会いに行くとか、帝国に来いとか言われていたものの、だんことして断っていたのだ。
「また、どうして断っていたのですか?」
「お母様、強引なところがあるの。私がくたびれたエプロンドレスを着て、食べる物にも困っているような暮らしをしていると知ったら、強制的に帝国へ連行していたはずよ」
あの当時の私は、誰の手も借りずに暮らしてみたい、と考えていたのだ。
「今はガブリエルのおかげでいい生活をさせてもらっているから、きっと帝国に連れて帰るとは言い出さないはずよ」
「だといいのですが。その話を聞いたら、恐ろしくなりました」
「心配しなくても大丈夫よ。私は今、人生の中で一番幸せだから」
「フラン……ありがとうございます」
約束していた喫茶店で待っていたら、母が大勢の取り巻きを連れてやってきた。
「フランセットさん、お久しぶりねえ」
「お母様!」
母はおっとりとした様子で近付き、私をぎゅっと抱きしめる。
「会いたかったわあ」
「わ、私もです」
「嘘よお。こっちが会いたいって言っても、来ないで~~って言っていたじゃない」
「そ、それはそうだったけれど」
さっそく、会いたくないと言った過去を責められる。
言い訳をする前に、ガブリエルを母に紹介した。
「お母様、彼が婚約者のガブリエルよ」
「あら、あなたがそうなの」
「はい。ガブリエル・グリエット・ド・スライムと申します」
「はじめまして」
ガブリエルはガチガチだった。
母が隣国の皇帝陛下の妹なので、余計に緊張すると話していたのを思い出す。
「フランセットさんがあなたに大切にされているのが、一目でわかったわ。本当にありがとう」
「彼女を世界一大切にし、幸せにするのは当然のことです」
母はガブリエルのことを気に入ったようで、ニコニコしながら話しかけている。
「そういえばガブリエルさんはスライム大公、なのよねえ?」
「ええ」
「領地のスライムを支配下に置いているの?」
「それは――」
『そうだよ~~!』
私の膝の上で大人しくしていたプルルンが、突然跳び上がり、母の疑問に答えた。
至近距離でスライムを初めて見た母は、目を丸くしていた。
「まあ! この子が使役しているスライムなのねえ」
『プルルンだよお』
プルルンが伸ばした手を母に差しだすと、握り返していた。
怖がるかと思っていたが、面白がっているようだ。
母はプルルンを興味深そうに指先で突いていた。
「スライムってかわいいのねえ」
『そう! かわいいんだよお』
ガブリエルはプルルンの突然の登場に肝を冷やしていたようだが、母とのやりとりを見て安堵したようだ。
「その、スライムを怖がらないなんて、御義母様は度胸があられるのですね」
「あらそう? 普通の魔物は恐ろしいけれど、プルルンはかわいいから」
すっかりプルルンのことを気に入ったようだ。
プルルンは母の膝に乗って、嬉しそうにプルプル震えていた。
思いのほか、顔合わせは和やかな雰囲気となった。
それもプルルンのおかげだろう。
「今度はアデルと一緒に、スプリヌ地方を訪問するわ」
「ええ。お姉様にも会いたいです」
母はこのあと取り巻き達と一緒に、王都観光するのだと言う。
楽しげな様子で、私達のもとを去ったのだった。
「ガブリエル、プルルンのおかげで、なんとか終えることができたわね」
「本当に」
感謝の印として、プルルンにおいしい蜂蜜水を作ってあげよう。
そんなことをガブリエルと話したのだった。
スライム大公と没落令嬢のあんがい幸せな婚約 2(ホビージャパンHJノベルス)が明日、5月19日に発売します。
本編はオール書き下ろしです。(番外編の『フランセットの日記帳』のみ、ウェブから収録)
セイレーン大公の登場で婚約中の二人が大慌て!? スライム大公との溺愛ファンタジーラブコメディ!
スライムを偶然拾ったことをきっかけに始まった、フランセットとガブリエルの婚約生活。
フランセットの父親のせいで結婚こそまだなものの、二人はその仲を順調に深めていた。
そんなある時、ガブリエルと同じ魔物大公の一人、セイレーン大公・マグリットが突如領地にやってきてしまう。ガブリエルと親しげに話す美女・マグリットの登場にフランセットは気が気でなくて――
魔物大公会議の準備に、新商品の開発など、フランセットは大忙し!
スライム大公の領地を舞台に、相性抜群な二人の幸せな婚約生活&領地改革、第2弾!
どうぞよろしくお願いします。




