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没落令嬢フランセットは、二十万フランを請求される

 声がした方向には、誰もいなかった。数秒遅れて、生け垣がガサガサと音を立てて揺れる。

 髪に葉っぱを付けた男性が、のそのそ這い出てきた。

 立ち上がると、背の高い年若い青年であることがわかる。

 パールホワイトの長い髪を三つ編みにまとめ、胸の前から垂らしていた。

 年頃は二十歳前後か。銀縁の眼鏡をかけ、知的な雰囲気を漂わせている。


「ん、なんだあ、お前は」

「あなた方に名乗る名前は持ち合わせておりません」

「なんだと!?」


 気の短い男が、青年に殴りかかろうとする。しかし、近づく寸前で体が吹き飛んだ。


「え、どうして!?」


 蹲る男の腹には、薄紅色のスライムが跳ねていた。


『悪人成敗!』


 腹部を殴るような勢いで跳びはねているので、男は「うっ!! ぐっ!!」と引き続き苦しんでいる。


 ここで、プルルンが叫ぶ。


『あ、ガブリエル』

「あの人が、プルルンのご主人様?」

『うーん、そう!』


 無頼漢の男達の注目は、謎の青年ガブリエルに移ってしまった。


「なんだお前、突然邪魔しやがって」

「そんなひょろいなりだから、魔物なんぞ使役しているんだな」

「とっちめてやる!!」


 五名ほどの無頼漢が、ガブリエルに襲いかかる。だが、先ほど同様、接近する前に弾け跳んでいった。

 大柄な男達を襲ったのは、色とりどりの五色のスライム達。


『よわっちいな、おい!』

『くちほどにも、ないやつめ!』

『ぷぷぷ、くすくすくす!』

『まだあそぼうよ』

『つまんないのー』


 ガブリエルが片手を挙げると、スライム達は細長い縄状に変化する。くるくると巻きつき、身動きが取れないような状態にしていた。

 あっという間に、無頼漢の男達を制圧してしまった。


 プルルンが私の腕から飛び出し、ガブリエルのほうへと跳んでいく。私も、あとを追いかけた。


『ガブリエルだー!』


 プルルンはガブリエルの胸に飛び込む。が、勢いがよすぎたのか、「ウッ!!」といううめき声を上げ、その場に膝をつく。


 追いついた私は、彼を見下ろす形となった。

 ついでだと思い、頭についていた葉っぱを落としてあげた。


 ガブリエルはギョッとしていたが、はらはら舞う葉っぱを見て私が何をしたのか察してくれた。


「あの、ありがとうございます」

「それは私の台詞よ。助けてくれて、ありがとう」

「べ、別に、私は、あなたを助けようとしたわけではなく――」

「そういえば、生け垣付近で何をしていたの?」

「それは!」


 ガブリエルは突然その場に膝を突き、キョロキョロと挙動不審な様子で周囲を見渡す。いったい何を探しているのか。


「えー、えー、えーっと、ですね……」

『プルルン、探していた?』

「そ、そうです! このスライムを、探していました」

「そうだったの」


 両手を差し出すと、キョトンと見上げてくる。


「お手をどうぞ。そこにずっと座っていたいのならば、話は別だけれど」

「ありがとう、ございます」


 ガブリエルの手を取って、ぐいっと引っ張る。

 プルルンはガブリエルの頭によじ登り、ベレー帽みたいな形状になっていた。

 それが面白くて、笑ってしまう。


「な、なんですか?」

「ごめんなさい。プルルンが、面白くて」

「あ、なっ、こいつ、何を――」


 と、笑っている場合ではなかった。無頼漢の男達をなんとかしなくては。

 このまま庭に転がしておくわけにはいかないだろう。


「騎士を呼ばなければいけないわ」

「ああ、それならば、私にお任せを」


 ガブリエルは懐から紙を取り出し、指先でさらさらと何か書いている。よくよく見たら、指先に嵌める形のペンを装着していた。どんな仕組みでインクが出ているのか、わからない。

 それを丁寧に折りたたむと、鳥の形となった。ふっと息を吹きかけると、本物の鳥のように空を飛んでいった。


「あれは――?」

鳥簡ちょうかん魔法です。騎士隊に通報したので、すぐにこいつらを連行するかと」


 お礼を言おうとしたら、家の前に大きな馬車が停まる。

 騎士ではないだろう。こんなに早く来るわけがない。


「あれは、ファストゥ商会の商業印ですね」

「あ――!」


 父が手を出したのは、豪商の奥方である。

 豪商――ファストゥ商会なんて、世界的に有名な商人ではないか。

 なんてことをしてくれたのか。頭を抱え込む。


 馬車の扉が開き、中から熊みたいにずんぐりむっくりとした中年男性が出てきた。

 年齢は五十前後か。目の下にはくっきりと黒い隈が浮かんでいて、目つきは鋭い。立派な鷲鼻に、きつく結ばれた口元――目にしただけで震え上がるような、威圧感を放っていた。

 私を見るなり、スッと目を眇める。値踏みされているようで、恐怖よりも腹立たしい気持ちがこみあげてきた。


 のし、のしとやってきた男性は、自ら名乗る。


「俺はファストゥ商会の商会長、マクシム・マイヤールだ。ここは、メルクール公爵の家で間違いないか?」

「ええ。申し訳ないけれど、父は不在よ」

「おお、そうだったか」


 周囲に男達が倒れているのは一目瞭然。それなのに、気づかないふりをして話を続ける。

 マクシム・マイヤールは大商人。とんだ食わせ物なのだろう。

 弱みなど絶対に見せてはいけない相手だ。


「話は、聞いているだろうか。父君の悪行を」

「全部は知らないけれど、少しだけ。そこに転がっている人達から聞いたわ」

「そうか、そうか。ああ、こいつらは、うちの若いのがけしかけた。悪かったな」

「いいえ」


 悪いのは父だが、私は関係ない。認めて、謝るつもりなんてなかった。


「まさかメルクール公爵が、愛する我が妻を連れて駆け落ちするとは、思わなかった」

「え!?」

「家には、帰っていないのだろう?」

「え、ええ」


 てっきり、ひとりで逃げたのかと思っていた。まさか、一緒に姿を消していたとは。


「こちらも一生懸命探しているが、見つからん。俺は酷く傷ついている。誠意を、示してもらおうと思ってな」

「賠償金の二十万フラン?」

「そうだ」


 私が一生お菓子を焼いても、稼ぎきらないような金額だ。

 先ほど無頼漢の男達が話していた、娼館ならばどうにか工面できるかもしれないが。


 マクシム・マイヤールは、選択肢をふたつ提示する。


「そうだな……ひとつめは、娼館で稼ぐか。ふたつめは、三日以内に父を探すか」


 三日以内に見つからなかったら、娼館行きである。酷い話だ。


「好きなほうを、選ぶといい」


 喉がカラカラで、声が出ない。

 三日以内に逃げた父を見つけるなんて、無謀だろう。

 どちらにせよ、私を娼館へ売り飛ばすつもりなのだ。


「さあ、どうする?」

「みっつ目の選択を、選びます」


 ガブリエルが、まさかの発言をする。


「なんだ、みっつ目の選択とは?」

「私が二十万フランを払います」

「どうして、他人である貴殿が、そこまでする?」

「他人ではありません。私は彼女の婚約者です」

「何!?」


 私も、マクシム・マイヤールに続いて声をあげそうになった。

 いったいどういうことなのか。ガブリエルを見る。

 何も喋るなと、瞳で訴えているようだった。


「実は私、彼女の父親から、持参金の二十万フランを受け取っているんです。それを、立て替えておきましょう。いいですよね?」

「いや、まあ、二十万フラン、受け取れるのならば、なんでもいいが」


 ガブリエルは胸ポケットから小切手を取り出し、サラサラと記入していく。


「こちらでよろしいでしょうか?」

「ああ、たしかに」

「もう、これで問題は解決したということで、よろしいでしょうか?」

「そういうことだな」


 マクシム・マイヤールは小切手を握った手を軽く掲げ、帰っていった。

 入れ替わるように、騎士達がやってくる。

 無頼漢の男達は連行され、ガブリエルとスライム達だけが残った。

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