没落令嬢フランセットは、事件の真相を知る
騎士が駆けつけ、騒ぎはあっという間に収拾する。
父がルイーズと呼ぶマイヤール夫人が慌てた様子で駆けてきた。だが、すぐに騎士に保護されていた。
夫であるマクシム・マイヤールが捜索願いを出していたからだろう。
それに待ったをかけたのは父だった。けれども、父も捜索願いが出されていたので、一緒に保護されてしまう。
そんなわけで、父やマイヤール夫人と一緒に騎士隊の詰め所へと向かった。
父は騎士の前で、事情を話すこととなる。
騎士隊の詰め所では、私の恰好を気の毒に思ったのか、女性騎士が備品の制服と下着を貸してくれた。心から感謝する。
身なりが整ったところで、父の事情聴取が始まるようだった。
私やガブリエルも、当事者として同席を許された。父は遠い目で、詳しい話を語り始める。
今回の事件の最大の悪事は、マクシム・マイヤール自身の違法薬物の取り引きであった。地下と山奥、二カ所で栽培し、余所の国にいる顧客に向けて販売していたらしい。
マイヤール夫人は夫の悪行を把握しており、離縁しようと決意。けれども、情報を握る妻との離縁をマクシム・マイヤールは拒否したという。
マイヤール夫人は一度単独で夜逃げしようと画策したものの、失敗。発見され、連れ戻されてしまったのだとか。
その後、マイヤール夫人は何度も何者かに命を狙われていたらしい。
犯人は定かではなかったが、マクシム・マイヤールが暗殺を仕掛けているという確信があったようだ。
このままでは殺されてしまう。
そんなふうに危惧したマイヤール夫人が頼ったのは、結婚前に関係があった父だった。
なんと、かつてのマイヤール夫人は父の愛人のひとりだったらしい。
マイヤール夫人は父のお気に入りだったようで、少々泣きつかれた程度で正義感が燃えてしまったようだ。
すでに、財も仕事も奪われているような状況である。父にはなくすものがなかったのだろう。
娘である私にも事情を説明せずに、マイヤール夫人の手を取って王都から逃げた。
そして、遠く離れた地でふたり、静かに暮らしていたらしい。
マイヤール夫人は娼館で春を売り、父は用心棒として働いていたようだ。
下町にはふたりの借家があり、貧しいながらも幸せに暮らしていたという。
「――というわけで、フランセット、本当にすまなかった」
「私、マクシム・マイヤールに二十万フランを要求されたうえに、無頼漢に襲われたんだけれど」
「悪かったと思っている」
父は深々と頭を下げ、私に右回りのつむじを披露していた。
実の娘に情けなく謝罪する父親なんて、見たくなかったというのが本音だ。
心の中のモヤモヤは、真実を知って尚渦巻いている。
そんな私の肩に、ガブリエルが優しく触れてくれた。モヤモヤが少しだけ薄くなったような気がする。
父は重要参考人として、騎士隊に残らなければならないようだ。
騎士達がいなくなったあと、震える声で物申してくる。
「フランセット、その、私を満足いくまで殴ってくれ」
「暴力で解決するつもりなの?」
「いや、その……そうだな。その通りだ」
私に叩かれて、罪の意識から逃れようとしているらしい。そういうふうに楽をするなんて、絶対に許さない。
「私は今回の件を、水に流す気はないから。お母様には報告するし、お姉様にだって密告するわ」
「うっ!!」
「新聞社の取材がきたら、包み隠さずお父様の愚行を話すつもりだし、サロンにお呼ばれしたら、涙ながらに語るから」
「うううっ!!」
私が叩こうが殴ろうが、父がした行いが帳消しになるわけではない。暴力で解決しようと思うこと自体、間違っているのだ。
「これから先、お父様の誠意を、見せていただこうと思います」
「そう、だな。フランセット、お前の言う通りだ。長い時間をかけて、お前や家族に対して、償わせていただこう」
騎士がやってきて、面会時間の終了が告げられる。ガブリエルと共に、とぼとぼと騎士舎の外に出た。
外套のポケットから、プルルンがひょっこり顔を覗かせる。
『おはなし、おわった?』
「ええ、おわったわ」
『だったら、かえろうよお』
「そうね」
ガブリエルは私の両手を握り、頭を下げる。
帰りは転移魔法で一瞬らしい。ガブリエルが「帰る前にいいですか」と申し出る。
「何かしら?」
「大叔父が、取り返しのつかないような行為を働きました」
「ああ――そうだったわね」
父の懺悔を聞いて事件が解決したように思っていたが、そうではなかった。
私はガブリエルの大叔父に捕まり、娼館へと売り飛ばされていたのだ。
「どうしてあなたの大叔父が犯人で、かつ娼館に売り飛ばしたってわかったの?」
「庭で草を食んでいたスライムが、大叔父やフランの会話を聞いていたのです。プルルンよりも言葉遣いが拙かったので、正確には伝わらなかったのですが、大叔父があなたを攫い、プルルンがあとを追いかけたという話だけは把握できました」
それから大叔父を捕まえ、拘束したという。どうせ話を聞いても事情を話さないだろうからと騎士隊に突き出し、ここまでやってきたのだという。
「トンペットに辿り着いた瞬間、フランは娼館に身柄を引き渡されたのだろうと、予想がつきました。早い段階で見つかって、本当によかった」
「ええ、ガブリエル、ありがとう。あなたが来てくれて、本当によかっ――」
涙がポロリと零れた。平気なフリをしていたけれど、ずっと怖かったのだろう。
ガブリエルが私をぎゅっと、抱きしめてくれる。
もう大丈夫だと耳元で囁かれると、胸の中にあった不安の塊はきれいに消えてなくなった。




