没落令嬢フランセットは、スライムの話に耳を傾ける
事の発端は、夜中に訪問してきたガブリエルの大叔父だったという。
私と会ったときは早朝にやってきたような口ぶりだったが、実際には昨日のうちにスライム大公家に辿り着いていたようだ。
『じじい、ガブリエルに、いじわるいった!』
「大叔父ね」
『くそじじい!』
「悪化したわ」
なんでも、ガブリエルの大叔父は、彼にも私との婚約を止めて孫娘と結婚するように言ったのだとか。最初は拒否していたようだが、あれよあれよと口車に乗せられたらしい。
『くそじじい、フラが、ガブリエルとけっこんしないほうが、しあわせっていった!』
スプリヌ地方のような田舎の領地に嫁がせるのは気の毒だとか、王都育ちの者はきっと、いつかここを捨てるだろうとか、財産目当ての結婚だとか、好き勝手言ってくれたようだ。
驚くべきことに、ガブリエルの紅茶に薬が盛られていたらしい。それで、だんだんと反抗しなくなっていったようだ。
プルルンが気づいたときには遅かった。すでに、薬の効果が効いて、私との婚約予定を解消するとまで言いだした。
ただそれは、薬だけのせいではないとプルルンは言う。
『ガブリエル、フラとのけっこん、ふあん、だった。フラにふさわしくない、ずっと、かんがえていた』
「どうして?」
『ガブリエルは、じぶんに、じしんがないから』
「彼は立派な男性だわ。どうしてそんなこと思うの?」
『かぞくが、ガブリエルのがんばりを、みとめなかったから』
「そんな……!」
『フラはやさしいから、ガブリエルを、ほめたとおもっている』
きっと、アクセル殿下のお言葉も、社交辞令か何かだと感じているのだろう。
もっと、過剰なくらいに、ガブリエルの頑張りを称えておけばよかった。
私が感じていた以上に、彼は後ろ向きだったようだ。
『そのあと、プルルンとガブリエルは、けんかした』
殴る、蹴るの壮絶な喧嘩だったらしい。
『いつもは、プルルン、まけてあげるの。でも、きのうのけんかは、まけてあげられなかった』
私と結婚しないのならば、プルルンはガブリエルとの契約破棄する。そう宣言し、喧嘩は始まった。
ガブリエルは負け、プルルンが勝利を収める。
そして、ふたりの友情とも言える契約は破棄された。
ここにいるプルルンは、テイムされていない状態。すなわち、ただの魔物である。
それでも、人を襲わずに変わらない状態を保っていた。
昔、何かの本で読んだことがあるのだが、長い間テイムを維持し、契約者から多くの魔力を得た善良な魔物は〝精霊化〟すると。
もしかしたらプルルンは、精霊になっているのかもしれない。この辺は、精霊に詳しい者でないと、判別は付かないだろうが。
『プルルン、しってる。ガブリエル、ずっとずっと、フラ、すきだった』
「ずっと?」
『にねんまえ、くらい』
やはり、私達はプルルンを拾った以前に出会っていたらしい。なんとなく、ガブリエルの言動が怪しいと思っていたのだ。
いつどこで出会ったのかは、私が思い出さなければならないのだろう。
今のところ、まったく心当たりはないのだが……。
『ガブリエルは、ぜったい、フラとけっこんするのお』
「うん」
『だからフラ、プルルンといっしょに、ガブリエルのいえに、かえろう』
「ええ。みんな心配しているから、早く帰りましょう」
プルルンは眦から涙を流す。つられて、私も泣いてしまった。
この場にプルルンがいてよかった。独りだったら、絶望していただろう。
「プルルン、付いてきてくれて、ありがとう」
『いいえ』
まずは、ここからどう脱出するか考えなければならないだろう。
窓を覗き込む。ここは建物の二階のようだ。外はすでに真っ暗。魔石街灯に照らされた街は、多くの人達が行き来していた。
娼館の周囲には、武装した強面の男達がうろついている。彼らが用心棒なのだろう。
窓は蝋で固められ、開けられないようになっていた。
扉も鍵が掛けられていて廊下には出られないようになっている。
服も、朝着ていたモーニングドレスではなく、生地が薄い膝丈の肌着だった。
これも、逃亡防止の策なのだろう。
下着から何から、私が身に着けたものではない。全部、ここで脱がされ、着替えさせられたようだ。
「服は勝手に脱がされたのね」
『ぬがしたの、ここの、おんなのひとだったよう』
プルルンは必死になって、結び目が解けないようにしていたらしい。かなり長い時間引っ張られていたようだが、最終的にはプルルンの粘り勝ちだったようだ。
「このままの恰好では、脱出できないわね」
『プルルンが、ドレスになるー』
そうだ。プルルンはさまざまなものに擬態できる。ここで、ピンと閃いた。
「プルルン、ドレスではなくて、男性が着ているような服に変化できる?」
『もちろん、できるよお』
ドレスでは身動きが取りにくい。それに、貴族の娘が逃げたとひと目でわかるだろう。
男装姿であれば、発見される可能性も低くなる。
『どんな、ふくがいいの?』
「庭師のおじさん達が着ているような作業服、わかる?」
『わかるう』
「それを、お願い」
『りょうかいっ!』
プルルンは跳び上がり、私の肩に張り付いた。そして、一瞬にして服に擬態する。
これで、服装はどうにかなった。




