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スライム大公と没落令嬢のあんがい幸せな婚約  作者: 江本マシメサ
第三章

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没落令嬢フランセットは、スライム大公と毎日の習慣を決める

 至近距離でガブリエルの匂いを吸い込んだ上に、微動だにしない様子に気づいてハッとなる。すぐに、ガブリエルから離れた。

 彼の耳が真っ赤になっていた。本当に、申し訳ない。


「あ――ご、ごめんなさい」


 我に返ったら抱きついていた、なんて言えない。まだ婚約すら交わしていないのに、はしたない行為だっただろう。


「いいえ、お気になさらず。私達はいずれ、夫婦となる身。この程度のふれあい、なんてことありません」


 そう言って、振り返ったガブリエルの顔は真っ赤だった。私も、同じくらい赤面しているだろう。顔が、燃えるように熱いから。


 彼に、好きだと言いたかった。けれども私はまだ、一人前ではない。

 ガブリエルから借りたお金を返し終えて、父が結婚を認めてくれたら、気持ちを伝えたい。

 今はまだそれができないから、体が勝手に動いてしまったのだろう。

 未熟者だ。本当に恥ずかしい。


「あの、フラン。こういうのは、滅多にしないことなので、恥ずかしいと思うんです」

「え、まあ、そうよね」

「毎日したら、恥ずかしくなくなるのでは?」

「え?」

「抱擁を、習慣にするんです」

「そ、そう、なのかしら?」

「そうだと思います」


 私が恥をかかないように、提案してくれているのか。

 たしかに、毎日当たり前のように抱擁していたら、恥ずかしく思わなくなるかもしれない。


「わかったわ。やってみましょう」

「よろしくお願いします」


 そろそろ出発の時間だ。カエルが釣れる湖へは、男女別れて馬車に乗りこむ。

 ここでいったん、ガブリエルと別れなければ。

 プルルンに一言声をかけ、執務室をあとにする。


 ディアーヌとリリアーヌ、義母と馬車に乗りこんだ。男性陣の馬車は、先陣を切っている。もう一台、ニコ、リコ、ココなどの使用人が乗った馬車があとに続く。

 ガタゴトと揺られる中で、私は気づいた。


 一日一回抱擁するなんて、おかしくない!?


 まだ、婚約ですら交わしていないのに……。

 先ほどはガブリエルを抱きしめてしまった手前、混乱していたのだろう。

 彼もまた、混乱していてあのような提案をしたのだろうか。

 わからない。

 おかしいと思ったら、ガブリエルのほうから断ってくるだろう。

 そうだ。そうに違いない。

 必死になって、言い聞かせる。

 私のほうから抱きしめてしまった手前、毎日抱擁するのはおかしくないか、などと言えるわけがなかった。


 うだうだと考え事をしている間に、カエルが釣れる湖へと辿り着く。

 窓を覗き込んだディアーヌとリリアーヌは、「ヒィッ、あ、あれはなんですの!!」と悲鳴を上げていた。


 カエルが好んで棲んでいる湖は、全体的に濁っている上に周囲は霧が深い。

 おののく姉妹に、義母が物申す。


「いいですか、あなた達。殿方は遊びに夢中になると、周囲が見えなくなるものです。この辺りには、凶暴なスライムがいるという話です。自分の身は、自分で守ってくださいね」

「せっかく国内最強と言われるアクセル殿下がいらっしゃるのに、守ってくれないなんて」

「強い女性なんて、男性は嫌がるという話なのに」

「つべこべ言わずに、護身用の武器を持っておくのです!」


 私も座席の下に押し込んでいた、護身用の傘を手に取る。義母の武器は外側に縛り付けていたようだ。ちょうどリコが、取り外して差し出していた。


「お、お義母様、それは……?」


 義母は槍のような、細長い武器を手にしている。


「これは、連接棍フレイルですわ!」

「フ、フレイル!?」


 それは柄の先端に棍棒がぶら下がった、打撃に特化した武器らしい。脱穀を行う農具からヒントを得て、完成したようだ。

 このフレイルで、スライムを猛烈に殴打するという。


「女性は傘でスライムと戦うのが一般的ですが、リーチが短いでしょう? フレイルならば、十分に離れた位置から戦えますので」

「な、なるほど」


 フレイルを手に持つ義母は、勇ましかった。さすが、スプリヌの地で生まれ、育った女である。


 ディアーヌとリリアーヌは、傘を手に馬車から下りてきた。


「なんですの、この不気味な湖は」

「こんなところで、何が釣れるというの?」

「それは、釣れてからのお楽しみですわ!」


 義母の言葉に、笑いそうになってしまう。まだ、カエル釣りをすると説明しないようだ。


 使用人達が地面に魔物避けの聖水をまき、日よけの大型日傘パラソルを立てていた。敷物を広げ、寛げるような場所を作ってくれる。


 ガブリエルとアクセル殿下は、湖のほとりに魔物避けの魔法陣を展開させているようだった。

 椅子を設置し、釣り竿に餌を付けているようだ。

 ディアーヌとリリアーヌが、嬉々としてアクセル殿下に話しかける。


「アクセル殿下、何を餌にしているのですか?」

「教えてくださいませ」


 アクセル殿下は無言で、地面を掘って得たミミズを差し出していた。それを見た姉妹は、悲鳴をあげる。


「きゃあ!!」

「な、なんですの!?」


 すぐさま、ディアーヌとリリアーヌを義母が叱咤する。


「なんですか! アクセル殿下に対して、その態度は!」

「だって、変な虫がいたから」

「動きが、気持ち悪くて」


 そのミミズを、私に贈ってきたのはどこの誰だったのか……。

 ディアーヌとリリアーヌの悲鳴と共に、カエル釣り大会はスタートした。

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