没落令嬢フランセットは、身なりを整える
朝食の席には、アレクサンドリーヌに追いかけられて若干くたびれている印象があるディアーヌとリリアーヌ姉妹が末席に腰かけている。
私はいつも通り、義母の隣だ。ディアーヌとリリアーヌに睨まれてしまったが、知らんぷりを決め込んだ。
まだ身内でもないのに図々しい、親の顔が見てみたいと囁いている。だが、義母に「口を慎みなさい!」と一喝されると、黙り込む。
不満そうに頬を膨らませていたが、アクセル殿下やガブリエルがやってくると、華やかな微笑みを浮かべた。
なんていうか、強い。社交界では、これくらい切り替えが早くないとやっていけないのかもしれない。私には、彼女達のようなしたたかさが欠けていたのだろう。
朝食には、焼きたてのパンが並ぶ。今日はパイ生地にチョコレートチップをたっぷり練り込んだ〝パン・オ・ショコラ〟がある。嬉しくてついつい口にしそうになったが、飛び出す寸前で口を閉ざした。落ち着いてから、給仕係に話しかける。
「今日は、〝ショコラティーン〟があるのね」
「ええ、おいしく焼けておりますよ」
王都で〝パン・オ・ショコラ〟と呼ばれているパンは、スプリヌ地方では〝ショコラティーン〟と呼ばれている。
なんでも、スプリヌ地方でショコラティーンを食べたパン職人が、王都で作ったものがパン・オ・ショコラらしい。地元民は別の名で呼ばれるショコラティーンが気の毒だと嘆き、パン・オ・ショコラと呼ぶと悲しそうな表情を浮かべるのである。
「ショコラティーンをいただこうかしら」
「かしこまりました」
白磁の皿に、四角く整えられたショコラティーンが置かれた。チョコレートとバターの豊かな匂いがふんわり漂う。
おいしそうな朝食を前にしても、ディアーヌとリリアーヌはアクセル殿下に夢中だった。義母が咳払いし、注意を促す。
「そういえば、ガブリエルお兄様、なぜ、城の中でアヒルを飼っているのですか?」
「とても獰猛なアヒルで、驚きました」
追い出してくれという懇願に対し、ガブリエルは冷静な言葉を返す。
「あれは私達の家族です。あなた方にいろいろと言われる筋合いはありません」
「家禽が家族ですって!?」
「ガブリエルお兄様、変わっていますわ」
「そうなのか?」
アクセル殿下が、小首を傾げながら問いかける。ディアーヌとリリアーヌの表情が、一瞬で引きつった。
「実を言えば、私も幼いころ、ガチョウを飼育していた。家族だと思って、可愛がっていた。スライム大公も同じように、家禽を家族だと考えていると知り、親近感を覚えた」
「アクセル殿下、光栄です」
ちなみにそのガチョウは、ある日、マエル殿下の銃の練習をするために殺されてしまったらしい。何も言わずに夕食に出し、食べたあとで可愛がっていたガチョウだと白状したようだ。なんとも酷い話である。
「悲しかったし、怒りも覚えた。しかしながら、愛情込めて育てたガチョウは信じがたいほど美味で……。すまない、朝から血なまぐさい話をしてしまった」
「いいえ。これからも自信を持って、アヒルのアレクサンドリーヌは家族だと、皆の者に伝えたいと思っています」
アクセル殿下の家禽愛のおかげで、アレクサンドリーヌは責められずに済んだようだ。ホッと胸をなで下ろす。
食後は、再び身なりを整える。ニコとリコ、ココの三人がかりで、準備に当たってくれた。
ココが数着のドレスを寝台に並べてくれる。どれがいいかと聞かれ、葵色のドレスを選んだ。似合うかどうか当ててみたら、ココが頬を赤く染めながら感想を語ってくれた。
「ああ、こちらのドレス、フランセット様の藤色の瞳と相性抜群です。とても、お似合いになるでしょう」
「ありがとう。だったら、これにするわ」
朝の化粧を落としてから、ドレスをまとう。再びリコが化粧を施してくれた。今度は少し濃い目に。少し太陽が照るかもしれないと、日焼け止めをしっかり塗ってくれた。
髪はニコが編み込みのフルアップを、丁寧に結う。
「こちらのバレッタですが、旦那様からの贈り物だそうで」
「まあ!」
ニコが木箱に収められた、スミレの花があしらわれた銀細工のバレッタを見せてくれた。
「日々、頑張っているご褒美にと、おっしゃっておりました」
「そうなの」
指先でそっと摘まむ。透かし細工がなされたバレッタは、とても美しい。ほう、と熱いため息がこぼれる。
ガブリエルは私の働きを認め、こうして労ってくれた。これ以上、嬉しいことはないだろう。胸がじんわりと温かくなる。
「ニコ、これを、髪に飾ってもらえる?」
「はい!!」
合わせ鏡にして、バレッタで飾った髪を見せてくれた。
「まあ、世界一お似合いです!」
「ニコ、ありがとう」
リコやココも、口々に似合っていると賞賛してくれた。
あとで、ガブリエルにお礼を言わなければ。
「ねえ、プルルン、見て――あら?」
ふと、周囲を見渡して疑問に思う。
「フランセット様、いかがなさいましたか?」
「いえ、プルルンがいないなと思って」
「プルルン様は、お仕事があるようで、旦那様のもとで作業をしているようです」
「そうだったの」
カエル釣りにも同行しないらしい。
ずっと、私がプルルンと一緒にいたので、仕事が溜まってしまったのかもしれない。
悪いことをした。




