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スライム大公と没落令嬢のあんがい幸せな婚約  作者: 江本マシメサ
第三章

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没落令嬢フランセットは、身なりを整える

 朝食の席には、アレクサンドリーヌに追いかけられて若干くたびれている印象があるディアーヌとリリアーヌ姉妹が末席に腰かけている。

 私はいつも通り、義母の隣だ。ディアーヌとリリアーヌに睨まれてしまったが、知らんぷりを決め込んだ。

 まだ身内でもないのに図々しい、親の顔が見てみたいと囁いている。だが、義母に「口を慎みなさい!」と一喝されると、黙り込む。

 不満そうに頬を膨らませていたが、アクセル殿下やガブリエルがやってくると、華やかな微笑みを浮かべた。

 なんていうか、強い。社交界では、これくらい切り替えが早くないとやっていけないのかもしれない。私には、彼女達のようなしたたかさが欠けていたのだろう。


 朝食には、焼きたてのパンが並ぶ。今日はパイ生地にチョコレートチップをたっぷり練り込んだ〝パン・オ・ショコラ〟がある。嬉しくてついつい口にしそうになったが、飛び出す寸前で口を閉ざした。落ち着いてから、給仕係に話しかける。


「今日は、〝ショコラティーン〟があるのね」

「ええ、おいしく焼けておりますよ」


 王都で〝パン・オ・ショコラ〟と呼ばれているパンは、スプリヌ地方では〝ショコラティーン〟と呼ばれている。

 なんでも、スプリヌ地方でショコラティーンを食べたパン職人が、王都で作ったものがパン・オ・ショコラらしい。地元民は別の名で呼ばれるショコラティーンが気の毒だと嘆き、パン・オ・ショコラと呼ぶと悲しそうな表情を浮かべるのである。


「ショコラティーンをいただこうかしら」

「かしこまりました」


 白磁の皿に、四角く整えられたショコラティーンが置かれた。チョコレートとバターの豊かな匂いがふんわり漂う。


 おいしそうな朝食を前にしても、ディアーヌとリリアーヌはアクセル殿下に夢中だった。義母が咳払いし、注意を促す。


「そういえば、ガブリエルお兄様、なぜ、城の中でアヒルを飼っているのですか?」 

「とても獰猛なアヒルで、驚きました」


 追い出してくれという懇願に対し、ガブリエルは冷静な言葉を返す。


「あれは私達の家族です。あなた方にいろいろと言われる筋合いはありません」

「家禽が家族ですって!?」

「ガブリエルお兄様、変わっていますわ」

「そうなのか?」


 アクセル殿下が、小首を傾げながら問いかける。ディアーヌとリリアーヌの表情が、一瞬で引きつった。


「実を言えば、私も幼いころ、ガチョウを飼育していた。家族だと思って、可愛がっていた。スライム大公も同じように、家禽を家族だと考えていると知り、親近感を覚えた」

「アクセル殿下、光栄です」


 ちなみにそのガチョウは、ある日、マエル殿下の銃の練習をするために殺されてしまったらしい。何も言わずに夕食に出し、食べたあとで可愛がっていたガチョウだと白状したようだ。なんとも酷い話である。


「悲しかったし、怒りも覚えた。しかしながら、愛情込めて育てたガチョウは信じがたいほど美味で……。すまない、朝から血なまぐさい話をしてしまった」

「いいえ。これからも自信を持って、アヒルのアレクサンドリーヌは家族だと、皆の者に伝えたいと思っています」


 アクセル殿下の家禽愛のおかげで、アレクサンドリーヌは責められずに済んだようだ。ホッと胸をなで下ろす。


 食後は、再び身なりを整える。ニコとリコ、ココの三人がかりで、準備に当たってくれた。


 ココが数着のドレスを寝台に並べてくれる。どれがいいかと聞かれ、葵色モーヴェインのドレスを選んだ。似合うかどうか当ててみたら、ココが頬を赤く染めながら感想を語ってくれた。


「ああ、こちらのドレス、フランセット様の藤色ウィステァリアの瞳と相性抜群です。とても、お似合いになるでしょう」

「ありがとう。だったら、これにするわ」


 朝の化粧を落としてから、ドレスをまとう。再びリコが化粧を施してくれた。今度は少し濃い目に。少し太陽が照るかもしれないと、日焼け止めをしっかり塗ってくれた。

 髪はニコが編み込みのフルアップを、丁寧に結う。


「こちらのバレッタですが、旦那様からの贈り物だそうで」

「まあ!」


 ニコが木箱に収められた、スミレの花があしらわれた銀細工のバレッタを見せてくれた。


「日々、頑張っているご褒美にと、おっしゃっておりました」

「そうなの」


 指先でそっと摘まむ。透かし細工がなされたバレッタは、とても美しい。ほう、と熱いため息がこぼれる。


 ガブリエルは私の働きを認め、こうして労ってくれた。これ以上、嬉しいことはないだろう。胸がじんわりと温かくなる。


「ニコ、これを、髪に飾ってもらえる?」

「はい!!」


 合わせ鏡にして、バレッタで飾った髪を見せてくれた。


「まあ、世界一お似合いです!」

「ニコ、ありがとう」


 リコやココも、口々に似合っていると賞賛してくれた。

 あとで、ガブリエルにお礼を言わなければ。


「ねえ、プルルン、見て――あら?」


 ふと、周囲を見渡して疑問に思う。


「フランセット様、いかがなさいましたか?」

「いえ、プルルンがいないなと思って」

「プルルン様は、お仕事があるようで、旦那様のもとで作業をしているようです」

「そうだったの」


 カエル釣りにも同行しないらしい。

 ずっと、私がプルルンと一緒にいたので、仕事が溜まってしまったのかもしれない。

 悪いことをした。

 

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