没落令嬢フランセットは、スライム大公の再従姉妹に驚く
彼女らは鮮やかな赤と青のドレス姿で現れる。胸には大粒の宝石が燦々と輝いていた。夜会にでも行くのかと聞きたくなるほどの、完璧な装いだった。
夜会が開催される大広間の照明は明るくないので、派手な装いでも浮かない。けれども、明るい食堂では、彼女らの装いはけばけばしく映ってしまう。
アクセル殿下がスライム大公家にやってきたと聞いて、いてもたってもいられなくなったのだろう。アクセル殿下のもとへまっすぐ突き進み、ドレスのスカートを軽く摘まんで跪礼した。
ガブリエルと義母は、眉間に皺を寄せ、怒りの形相でいる。アクセル殿下がいる手前、姉妹を怒れないのだろう。義母の扇を掴む手は、ブルブルと震えていた。
食事の場に突入してくるなど、無礼でしかない。けれどもアクセル殿下はディアーヌとリリアーヌのために立ち上がり、ガブリエルに紹介を求めた。
「彼女らは、遠縁の娘達です」
「遠縁ではありません。再従姉妹ですわ!」
「ガブリエルお兄様、きちんと紹介してくださいませ!」
「大きいほうがディアーヌ、小さいほうがリリアーヌです」
ガブリエルは負けじと、情報量が少ない紹介を続けた。ディアーヌとリリアーヌは悪魔の形相で、抗議しているように見えた。けれどもガブリエルは、気づかないふりを続けている。
アクセル殿下は失礼でしかない姉妹を前にしても尚、紳士の態度を崩さなかった。本当に、立派な御方だ。その対応を、悪くないものと捉えたのだろう。調子に乗った姉妹は、アクセル殿下の隣の席に腰を下ろしたのである。
「ディアーヌ、リリアーヌ、あなた方を招いた覚えはないのですが」
「あら、ガブリエルお兄様、よいではありませんか」
「あとは、デザートを残すばかりでしょう? まあ!!」
アクセル殿下の前に置かれた、ニオイスミレの砂糖漬けケーキを見たリリアーヌが眉をひそめる。
それにディアーヌも気づいたのだろう。わざとらしく、追及する。
「リリアーヌ、どうかなさいましたの?」
「ディアーヌお姉様、ごらんになって! 雑草が飾られたケーキが、アクセル殿下の前にありますの!」
「まあ、なんてことですの! 間違って、使用人用のデザートが運ばれてきましたのね!」
ニオイスミレの砂糖漬けを見て、私が焼いたケーキだと確信しているのだろう。こちらを勝ち誇ったような表情で見つめている。
「アクセル殿下、我が家ではこのような粗相はいたしませんの」
「ここの家の人達は、少々気が利きませんので」
私だけでなく、ガブリエルや義母までも批判の対象とした。それはあまりにも酷い。
一言物申そうとしたが、隣に座る義母から扇で制される。何も言うな、ということなのか?
次の瞬間には、意味を理解する。
「ニオイスミレの砂糖漬けは、ここでは雑草なのか?」
アクセル殿下が真顔で質問を投げかける。
「ええ、そうですの!」
「どこにでも生えている、とるにたらない雑草ですわ!」
「そうなのか。私は好きなのだが」
ディアーヌとリリアーヌの表情が、凍り付いた。アクセル殿下が好きだというニオイスミレの砂糖漬けを、雑草などと言ってしまったのだ。しまった、という顔のまま、動かなくなってしまう。
「ディアーヌ、リリアーヌ、ニオイスミレを雑草と批判しましたが、今、王都ではニオイスミレで作った香水や菓子が王侯貴族の間で流行っているのですよ。勉強不足なのでは?」
ぐうの音も出ないような状態まで、姉妹は追い詰められる。
そんな彼女らに助け船を出したのは、意外や意外、義母だった。
「ガブリエル、誰にだって、間違いはありますわ。そんな怖い顔で責めたら、ディアーヌとリリアーヌが可哀想でしょう」
「しかし母上、あの遠縁の娘達は、アクセル殿下が好むニオイスミレを雑草と申したのです」
「きっと、言い間違ったのでしょう」
ディアーヌとリリアーヌは、義母の言葉にこくこくと頷く。
「私も気にしていない。これ以上、責めないように」
アクセル殿下の寛大な言葉で、姉妹は救われた。だが、これで終わるわけがなかった。
「そうだ。アクセル殿下は明日、ガブリエルやフランセットさんと一緒に、釣りに行くようです。ディアーヌとリリアーヌも、同行されたらいかが?」
義母の提案に、ディアーヌとリリアーヌは笑みを浮かべながら同行すると言った。
果たして、大丈夫なのか。
義母は釣りとしか言わなかったが、釣るのはカエルだ。怖がらなければいいが……。
私は気が利かないので、教えてあげない。
ガブリエルも義母の意図に気づいたからか、顔を背けて笑っている。
どうやら、スライム大公家の者達は総じて、少々気が利かないようだ。
これ以上、アクセル殿下に失礼を働いてもらったら困る。ガブリエルは本人達を前にはっきり苦言を呈し、家に帰るように命じた。
ディアーヌとリリアーヌはここに泊まりたいと主張したものの、ガブリエルは許さなかった。
ただ、明日の約束を取り付けただけでも大きな収穫だったのだろう。強く食い下がらずに帰っていった。
ガブリエルは深く長いため息をつき、嵐が去ったと言ったのだった。




