没落令嬢フランセットは、帰宅したスライム大公と話をする
ディアーヌ、リリアーヌ姉妹から手紙の返信や、新たな贈り物は届かなかった。このまま何事もなければいいと思っているところに、ガブリエルが帰宅する。
リコから報告を聞いたとき、胸が大きく跳ねた。
まだ、怒っているだろうか。
気まずい気持ちを引きずったまま、ガブリエルの執務室に向かった。
まずは、アクセル殿下へ贈り物を渡してくれた件のお礼を言って、謝ろう。
なんて考えつつ、執務室の扉を叩いた。すると、すぐに扉が開かれる。
「フラン!!」
扉を開いたのはガブリエルだった。笑顔で迎えてくれたので、張り詰めていた気持ちはほろりと解けていく。
「クッキー、ありがとうございました。プルルンの顔が描かれていて、とても驚きました。嬉しかったです」
「あ、えっと、そう。よかった」
私がぎこちない反応をしたからか、ガブリエルはハッとなり、気まずそうな表情を浮かべる。
「あの、すみません。まずは、帰宅の報告をしなければならなかったのに」
「いいえ。その、おかえりなさい」
「ただいま、帰りました」
どうしてだろうか。ただいまとおかえりの言葉を交わしただけなのに、酷く恥ずかしい気持ちになるのは。ガブリエルも同じように、照れているように見えた。
立ち話もなんだからと、部屋に招き入れてくれた。
コンスタンスが淹れてくれた紅茶を飲み、心を落ち着かせる。
「フラン、すみませんでした」
「なんの謝罪?」
「出発前に、子どもみたいに拗ねてしまった件です」
「それは、私も悪かったわ。個人的な贈り物をあなたに頼むなんて、してはいけないことよ」
「あの贈り物は、私が運ぶのが最適だったでしょう。アクセル殿下は大変喜ばれていました。話の種にもなりましたし」
「話の種?」
「ええ。フランが作ったニオイスミレの砂糖漬けがあしらわれたクッキーを、アクセル殿下は魔物大公の会議の茶請けとして出すよう命じたようで」
「なっ!?」
個人でこっそり楽しんでくれるかと思いきや、私の作ったクッキーはとんでもない晴れ舞台に立っていたようだ。
「皆、おいしいと絶賛しておりまして、思いがけず、ニオイスミレの砂糖漬けを宣伝する場となりました」
なんでも、セイレーン大公であるマグリット様が、ニオイスミレの砂糖漬けのクッキーを注文したいとおっしゃっていたという。
「急ぎではないので、引き受けていただけますか?」
「え、ええ。もちろん!」
自分が作ったお菓子が認められる場がくるなんて、嬉しくて胸がいっぱいになる。
「会議のあと、私もクッキーをいただこうと思ったのですが、蓋を開いて驚きました。プルルンの顔を描いたクッキーでしたので」
「あれは、あなたのためだけに作った、特別なクッキーなの」
「そうだと思い……。とても、嬉しかったです」
喜んでくれてよかった。気持ちは通じていたのだ。
「それはそうと、速達で母から手紙が届いていたのですが――」
なんでも、スプリヌ地方から王都まで半日で届けることを可能とする宅配業者がいるらしい。
「ワイバーン便って、知りませんか?」
「いいえ、初めて聞いたわ」
なんでも、テイムさせたワイバーンに騎乗し、遠く離れた場所でも素早く届けるのだという。
「ただ、届け物の扱いはイマイチなので、まだ貴族層には浸透していないようですね」
「ふうん」
そのワイバーン便を使って、義母はディアーヌ、リリアーヌがやってきた話をガブリエルに報告していたそうだ。
「再従姉妹が大変な失礼を働いたようで、申し訳ありませんでした」
「いいえ、大丈夫」
「抗議文を送りますので」
「しなくてもいいわ」
「しかし、彼女達は、フランを愚弄しました。絶対に許せません」
私のせいで、分家との仲が悪くなるのは困る。この件は私に任せてくれないかと、ガブリエルに頭を下げた。
「女の問題は、外野が絡むとややこしくなるの。お願いだから、手を出さないでちょうだい」
「私は外野ですか……」
「女の敵は、同じ女なのよ」
「そういうものですか」
「そういうものなの」
「わかりました。しかしながら、これ以上フランの名誉を傷つける行為を働いた場合は、彼女らを修道院に送りますので」
「そうならないように、慎重に戦うわ」
どういうふうに決着を付ければいいのか、正直わからない。
けれども、同じ地方に住む女性同士、仲良くしたいと思っている。
難しいかもしれないけれど……。
「あと、こちらをフランに」
テーブルの上に、紙の束が置かれる。いったい何かと覗き込むと、〝メルクール公爵に関する調査結果〟と書かれていた。
「探偵とスライムを使い、調査したものです。騎士隊からの報告も、あります。どうぞ、確認してください」
「あ、ありがとう」
アクセル殿下から、報告書を預かっていたらしい。それ以外にも、ガブリエルが個人的に父について調べていたようだ。
震える手で調査報告書を手に取り、表紙を捲る。
父は依然として、行方不明らしい。けれども、各地で足取りを残しているようだ。
問題は、連れ去ったマクシム・マイヤールの妻について。
親しい友人に、「殺されるかもしれない」と話していたらしい。
命の危機を感じて、王都から逃走していたとしたら――?
父は人助けをしていたことになる。
ただそれも、確証はない。
本人達から事情を聞くしかないようだ。
「核心に迫る情報は得られなかったのですが」
「いいえ、ありがとう」
騎士隊や探偵、スライム達は引き続き調査をしているようだ。今後は範囲を広げるというので、さらなる情報が届くかもしれないという。
「お父上、早く見つかるといいですね」
「ええ」
自由奔放の父だが、犯罪に手を染めるほどの悪人ではない。
そう信じたいので、一刻も早く見つかってほしい。
どうか、無事で。今はそう祈るばかりだ。
 




