没落令嬢フランセットは、来客の対応をする
今日は義母も朝から出かけてしまった。
なんでも、出て行った夫の愛人の家に行き、生活費を渡すというなんとも微妙なイベントだった。子どもがいるらしく、放っておけないらしい。
ついて行こうかどうしようか、迷ったものの、今回は見送った。
残った私は、ニコやリコと一緒にニオイスミレの砂糖漬けを作る。
「ココが、フランセット様に感謝していました。毎日、夜更かしすることなく絵が描けるので、嬉しいって」
「そう。ココの絵はすばらしいから、たくさんの人達に見てもらいたいの」
先日、アレクサンドリーヌの絵を描いて贈ってくれた。ニコがお金を出しても欲しいというほど、美しく優雅に描かれていた。
私室に飾り、毎日愛でている。それを見た義母は、自分達の肖像画を描いてほしいと言うほど、他の人達にも好評だった。
ニオイスミレの砂糖漬けは現在、五十個くらい作ったか。
ココが作ってくれたパッケージの絵を印刷するよう、村の新聞社に発注している。
一週間後には完成するという。ソリンの菓子店にも、納品について話をつけていた。
店に置いてくれるというので、ありがたい。ココの絵も、飾ってくれるという。
何もかも、順調だった。
もうひと頑張りしよう。そう思っていたところに、家令のコンスタンスがやってきて来客を告げる。
「旦那様の再従姉妹である、ディアーヌ様とリリアーヌ様がいらっしゃいました」
「え!?」
ガブリエルの再従姉妹というのは、何度か話題に出ていた食わせ物の大叔父の孫娘だろう。なんでも、私に会いにきたらしい。いったい何の用事なのか。
「ディアーヌ様とリリアーヌ様……。わかったわ」
「客間にご案内しました」
「すぐ行く」
ニコとリコが、同じ方向に首を傾げている。私同様、なぜ彼女らがやってきたのかわからないらしい。
「お二方とも、めったにここへはいらっしゃらないのですよ」
「辺鄙な場所にあるからと、ぶつくさおっしゃっておりました」
「そう」
ガブリエルが結婚すると耳にして、どんな女性かと気になり、やってきたのかもしれない。
エプロンを取り、ニコとリコを引き連れ、少しだけ身なりを整える。
昼寝をしていたプルルンが、こちらへやってきた。
『フラー、どこかに、でかけるのお?』
「いいえ、お客さんがきたの」
『そうなんだあ』
プルルンも会うというので、肩に乗せておく。
化粧もしなおしたいところだが、あまり待たせるのもよくないだろう。
口紅だけ塗って、客間を目指した。
「お待たせしました」
私が入ってくるのと同時に、双子のようにそっくりな姉妹が立ち上がる。
ひとりは、雪白の髪を優雅にまとめあげた、十八、九歳くらいの美女。
もうひとりは、雪白の髪を上品に巻き上げた、十五、六歳くらいの美少女。
美貌の姉妹が、にっこりと微笑んでいた。
「はじめまして、私はガブリエルお兄さまの再従妹、ディアーヌですわ」
「私はその妹、リリアーヌです」
美女がディアーヌ、美少女がリリアーヌらしい。笑みを浮かべ、名乗る。
「私はガブリエルの婚約者、フランセットです」
「どうぞよろしくお願いいたします」
「仲良くしていただけると、嬉しいです」
「ええ、よろしく」
ひとまず長椅子を勧め、腰かける。
メイドが紅茶とニオイスミレの砂糖漬けクッキーを運んでくれた。
姉妹は初めて見るであろうクッキーを前に、表情を引きつらせる。
「な、なんですか、この、雑草が貼り付けられたクッキーは!」
「なんて下品ですの!?」
突然叫んだので、びっくりしてしまう。
だが、よくよく考えると、その通りだと思った。スプリヌ地方でのニオイスミレは、どこにでも咲いている雑草扱いなのだ。
「ごめんなさい。王都ではニオイスミレの砂糖漬けが流行っていて、喜ぶかと思い、用意するよう命じたのだけれど」
「まあ! 私達を、都会の流行を知らない田舎者だと言いたいと?」
「失礼です!」
どうやら、おもてなしは失敗してしまった。少し考えたらわかることなのに、判断力が鈍っていたようだ。
「本当に、他意は無いの」
「ふうん」
「どうだか」
第一印象は最悪になってしまったようだ。どうしてこうなったのか……。
「ガブリエルお兄さまが結婚すると聞いて、どんな素晴らしい女性か気になって見に来たら、大した御方ではないようで」
「ええ、ええ。ガブリエルお兄さまの人を見る目も、落ちたものです」
ガブリエルは関係ない。これは私自身の落ち度だ。けれども、言い返したらますます不興を買ってしまうだろう。今はただ、黙って耐えるほかない。
「婚約すら結んでいないのに、大公家で大きな顔をされているようで」
「図々しいお話ですわね」
それに関しては、否定する言葉が見つからない。父さえ見つかったら、すぐに婚約するというのに。
国内にいない母の承認では、婚約も結婚も認められないのだ。
姉妹は指摘を続ける。
「噂では、あなたのお姉様は、マエル殿下から婚約破棄と国外追放を言い渡されたとお聞きしたのだけれど」
「ご実家も、凋落したのですって?」
「それは――事実よ」
「下品な一族ですわねえ」
「そんな女性がスライム大公の妻になるなんて、ゾッとしますわ」
私のせいで、ガブリエルだけでなく、姉や実家についても悪く言われてしまった。
こういうとき、どうやって対処すればいいものかわからなかった。
言葉を探していたら、急にプルルンが喋り始める。
『フラは、げひんじゃないよお。どっちかといえば、そっちがげひん』
「プ、プルルン!?」




