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スライム大公と没落令嬢のあんがい幸せな婚約  作者: 江本マシメサ
挿話

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28/65

スライム大公の恩返し 前編

 国の北東部に位置する湖水地方スプリヌ。

 言わずとしれた、領民よりもスライムが多い呪われた地だ。

 私はスプリヌの領主の長男として生を受け、ガブリエルと命名される。

 物心ついたときから、両親は顔を合わせるたびに喧嘩ばかりしていた。

 領地を飛び出して慈善活動に勤しむ父と、領地に引き留めようとする母。

 父はここにいたら視野が狭くなる。外に出かけて見聞を広げるべきだと言う。

 母はここにいないと領民を裏切ることになる。領地に止まり、土地について学ぶべきだと言う。

 両親は私を味方に引き入れようとするものの、どちらの意見にも同意できなかった。


 私が興味を抱いたのは、スライムだった。

 彼らは長い間領地の敵として在った。

 けれども、何かに利用できるのではないかと気づいたのは、スライムが畑に繋がる水路をせき止めたとき。

 スプリヌの湖の水質は、あまりよくない。浄化しないと、生活用水として使えないのだ。

 けれども、スライムを通して流れた水は、明らかにきれいになっていた。

 もしかしたら、スライムは水を浄化する能力を持っているのではないか。

 可能性に気づいてからの行動は早かった。

 地下にあった魔法書で魔物の使役――テイムについて学び、試してみた。

 魔物の中でも最弱といわれるスライムをテイムするなんて、極めて容易だと思っていた。

 しかしながら、何度試してもスライムにそっぽを向かれる。

 当時七歳の私に従うスライムなんぞ、一匹もいなかった。


 そんな私が、最初に契約を交わしたスライムと出会ったのは八歳の夏。

 商人の馬車にひかれ、乾燥し、息も絶え絶えになっているスライムを発見したのだ。

 このスライムならば、使役できるかもしれない。

 魔法を試したものの、スライムは拒絶した。

 死にそうになっているくせに、従わないというのだ。

 腹立たしくなり、地面からスライムを剥ぎ取って家に持って帰る。

 桶に張った水にスライムをぶちこみ、回復薬も振りかけた。

 すると、スライムはぷるぷるになって、元気になる。

 そこで再度使役するために魔法を発動させた。

 しかしながら、スライムは拒絶したのだ。

 腹が立った私は、スライムと殴り合いになる。

 実力は互角だった。

 最終的に勝ったのは、私だった。

 くたくたになったスライムにテイムの魔法をかけると、服従の意思を見せた。

 スライムには、プルルンと名付けた。


 プルルンには魔力を与え、知識を与えた。すると、人間の言葉を解するようになり、言葉も喋るようにもなった。

 そしてプルルンの口から、スライムには浄化能力があることを聞く。


 スライムの力を借りたら、領地の作物はこれまで以上に多く育つかもしれない。

 これまで、この地は土壌が痩せているから、作物がうまく育たなかった。

 けれども、原因は水にあったのかもしれない。


 すぐに、両親に相談を持ちかける。

 けれども、取り合ってもらえなかった。

 こうなったら、自分ひとりでやるしかない。

 家を抜け出し、使役するスライムの数を増やして、農業用水として利用する湖を浄化していった。


 すぐに効果がある、というわけではなかった。

 少しずつ、少しずつ、湖はきれいになっていった。

 成果を両親に報告するも、湖の水質がよくなったのは、去年よりも雨量が多かったからだと言われてしまう。

 頑張りは、認めてもらえなかった。


 別に、いい。

 誰かに認められたくて、やっているわけではないから。


 それからというもの、誰かに知られるわけもなく、スライムを利用して領地をよくしようと奔走した。

 将来、私が領する場所だ。よくしていって、損はない。

 それに、まったくの孤独というわけではなかった。

 スライム達がいる。

 だから大丈夫。いくらでも頑張れた。


 そうこうしているうちに、数年が経つ。父親が失踪し、爵位を継いだ。

 仕事については一通り習っていたので、父がいなくともまったく問題なかった。

 母は意気消沈しているようだが、すぐに元気になるだろう。変なところで、前向きだから。


 しばらく無難にこなしていたものの、問題が発生する。

 それは、大叔父だった。

 私がスライムの研究に没頭する変人だと愚弄し、挙げ句、爵位を寄越せと言ってきたのだ。

 結婚もできないような男に、スプリヌを任せていられないとバカにされる。

 先代に比べてスプリヌでの暮らしが快適になっているのに、気づいていないのだろう。説明しても、無駄だから言わないが。


 皆、口を揃えて結婚、結婚、結婚と言う。

 結婚がなんだ。そんなの、スライムを使役するよりは簡単だろう。

 腹を立てつつ、花嫁を探すために王都の夜会へ参加した。


 結果、大失敗だった。

 狭い中に押し詰められたような空間に酔い、田舎者のスライム大公がいるという心ない悪口に死にそうになり、会場を逃げるように去る。


 こんな場所に、私の花嫁になるにふさわしい女性なんぞいるわけがない。

 帰ろう。

 ふらふらと廊下を歩いていたら、急に具合が悪くなる。

 胃の中のものが急にせり上がってきて――そのまま吐き出した。


 最悪だ。こんなところで吐くなんて。

 掃除をするよう、誰かに声をかけなければいけないのに、目眩がして立ち上がることすらできない。


 廊下を歩く者達の、悪態が聞こえる。

 汚い、何をしているのか、恥ずかしい、きっと田舎者よ、と。


 王都で嘔吐……最悪だ。


 もう、死んでいなくなりたい。絶望に支配される中、声がかかった。


「あの、大丈夫?」


 駒鳥ロビンのさえずりのような、美しい声だった。

 目の前に、精緻な刺繍がなされた絹ハンカチが差し出される。

 ありがたく受け取り、汚れた口元を拭って顔をあげた。


 子鹿の毛皮色フォーンの髪を持つ、麗しい乙女が立っていた。

 藤色の瞳が、心配そうに私を覗き込む。

 純白のドレスをまとっているということは、社交界デビューをした娘だろう。


 私なんぞに構っている場合ではない。そう思って出た言葉は、最悪としか言いようがなかった。


「私に構うな。あっちへ行け」


 親切に声をかけ、ハンカチまで貸してくれたのに、なんて酷い物言いをするのか。

 自分自身の発言なのに、腹立たしくなる。

 普通だったら、立ち去るだろう。けれども、彼女は違った。


「医務室まで、一緒に行きましょう。顔色がとっても悪いわ」

「いいと言って――」

「ねえ、そこの騎士様。お願いがあるの。ここを掃除してくださる?」


 通りかかった騎士に掃除を命じ、私の腕を引く。幸い、服に汚物は付いていなかった。

 彼女は私を引きずるようにして医務室に連れて行く。それだけではなく、看護師に顔色が悪い。吐いたので、診てくれないかと頼みこんでくれた。


 ハッと我に返ったときには、女性の姿はなくなっていた。

 あとを追おうとしたものの、医者に休めと言われる。

 体は疲労しきっていたものの、休めるわけがない。

 心の中は、助けてくれた女性への罪悪感しかなかった。

 三十分ほど休み、会場へ戻った。心優しい女性に、一言謝罪し、礼を言いたい。

 大勢の人達の中で、見つけられるか心配だった。

 けれども、彼女はすぐに見つかった。

 会場の雰囲気はおかしなものとなっていた。

 王太子マエル殿下が庇うように女性を抱き、指差した女性に婚約破棄と国外追放を言い渡していた。

 婚約破棄と国外追放された女性はたしか……、マエル殿下の婚約者であるアデル嬢だろう。

 真面目で品行方正、王妃として完璧な女性だと噂されていた人物がなぜ、このような目に遭っているのか。

 そして私を助けた女性は、アデル嬢の妹、フランセット嬢だった。

 マエル殿下から婚約破棄と国外追放された者の妹として、周囲から蔑んだ視線を一気に集めている。

 なぜ、彼女までもそのような扱いを受けるのか。

 今すぐ駆け寄って、助けたい。

 それなのに、足が一歩も動かなかった。

 人の目が恐ろしくて、二度とその中に飛び込もうとは思えなかったのだ。

 とんでもない意気地なしである。

 そうこうしているうちに、フランセット嬢は人込みに呑まれ、姿を消した。

 恩を受けていながら、彼女を助けることができなかったのだ。

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