没落令嬢フランセットは、お菓子を作る
先ほど摘んできたスミレを、砂糖漬けにする。
ココが手伝ってくれるようだ。
お揃いのエプロンを身に着け、台所に立つ。
「フランセット様……こちらの花を、召し上がるのですか?」
「ええ。王都の貴婦人のなかで、流行っているのよ」
「甘い花……なのですか?」
「甘くはないわね。どちらかと言えば、見た目と香りを楽しむものかしら?」
「花の見た目と香りを……食べて楽しむ、ですか?」
ココは戸惑いを覚えているのか、眉尻を下げ、首を傾げていた。
「これまで気にしたことはなかったけれど、別に食べなくても、花は見た目と香りを楽しめるわよね。不思議だわ」
なんだか笑ってしまう。ココも、おっとり微笑んでくれた。
「ココはニオイスミレ、好き?」
「物心ついたときからたくさんあるもので……。私にとっては、雑草と変わりない花……です」
「ふふ、そう」
お喋りばかりしている場合ではない。作業に取りかからなくては。
「食用花の砂糖漬けには、〝クリスタリゼ〟という伝統技法が使われているの」
クリスタリゼ――結晶化させるという意味である。
難しそうに聞こえるものの、調理工程自体は実にシンプルだ。
「まず、ニオイスミレをきれいに洗って、乾燥させるの」
この作業はプルルンがしてくれたので、今回はしなくてもいい。
「お花の美しさを保ったまま、きれいに洗うのって大変なのよね」
「こちらの花はとても状態がいいのですが……どのようにして洗ったのですか?」
「魔法の力ね」
「そういうわけ……でしたか」
嘘は言っていない。嘘は。良心がジクジク痛んだものの、スプリヌの人達はスライムにいい印象を抱いていないというので、黙っていたほうがいいのだろう。
「まず、刷毛を使ってニオイスミレに溶いた卵白を塗っていくの」
「卵白……ですか」
「ええ。なるべく当日に産んだ、新鮮な卵がいいわね」
裏表、丁寧に卵白を塗ったあとは、グラニュー糖を全体にまぶしていく。
「これにて、ニオイスミレの砂糖漬けの完成。簡単でしょう?」
「はい……!」
ちまちまと地味な作業を、ココと共に繰り返す。
一時間半ほどで、摘んできたニオイスミレの砂糖漬けが完成した。
「と、こんなものかしら」
ココが額に浮かんでいた汗を拭ってくれた。
「ねえ、ココ。ひとつ味見してみる?」
「よろしいのですか?」
「ええ、どうぞ」
ひとつ摘まんで、ココに食べさせてあげた。
口に含んだ瞬間、ハッと驚いたような表情を浮かべる。
「いい香り……!」
「でしょう?」
けれども、次なる瞬間には、顔を顰める。
「いかが? 正直に言っていいわよ」
「砂糖まぶしの雑草をいただいている……気分です」
ココの率直な感想に、笑ってしまったのは言うまでもない。
「あの、見た目は……大変可愛らしいです。その、テーブルの上に置かれていたら……愛らしいと、思います」
「そうなのよね」
花瓶に活けられた花とは異なる可愛さがあるのだ。
「これを、スプリヌの名産にしようと思っているの」
「名産……ですか」
「ええ。缶に入れて、ニオイスミレの絵を描いたものを貼ったら可愛いと思わない?」
「可愛い……と思います」
「でしょう?」
どこかに絵が描ける人はいないだろうか。ココに聞いてみたら、彼女は控えめに挙手する。
「私、絵、描けます。その、上手くはないのですが」
「本当!?」
「はい。毎晩練習しているのですが……上達はいまいちで」
「もしかして、夜更かしは絵を練習するためなの?」
「はい」
ならば、ニオイスミレの砂糖漬け缶に使う絵は、ココに頼みたい。
「あの、何枚か描いてまいりますので……決定はそれからのほうが、よいかと」
「それもそうね。今からお願いできる?」
「はい」
ココは深々と頭を下げて、去って行く。その後ろ姿は、どこか嬉しそうだった。
パッケージ問題はどうにかなりそうだ。
次なる問題は、ニオイスミレの保存について。
見た目が美しく、味も保証できるのはせいぜい二日間くらいだ。それを過ぎると、花の色が褪せる上に、香りや味も落ちる。
ニオイスミレの砂糖漬けは、鮮度が命なのだ。
この辺は、料理人やガブリエルに相談してみよう。
ひとまず、今日摘んだニオイスミレは上手くできた。これで、お菓子を作ってガブリエルや義母に食べてもらおう。
何を作ろうか考えていたら、プルルンがやってくる。
『フラー、何をしているのー?』
「お菓子作りよ」
プルルンはひと息で跳躍し、調理台の上に乗る。
「これ、さっきプルルンが浄化してくれた、ニオイスミレで作った砂糖漬けなの」
『はな、たべるの?』
「食べるのよ」
スプリヌの人達はニオイスミレを食べるのに抵抗があるという。それならば、砂糖漬けは飾りに使ったらいい。間違っても、貴婦人が好んで食しているような、ビスケットに生クリームを絞り、ニオイスミレの砂糖漬けを載せたものなど出してはいけない。
『フラ、なに、つくるの?』
「ブルーベリーのジャムを挟んだケーキを作って、ニオイスミレの砂糖漬けを飾ろうかしら」
『プルルンも、てつだう!』
「ありがとう」
そんなわけで、調理開始だ。
プルルンは伸ばした触手で泡立て器を握り、卵白を低速で混ぜてくれる。ゆっくり混ぜたほうが、生地のきめが細かくなって舌触りがよくなるのだ。
私はボウルに入れた砂糖と卵を泡立てていく。
ふわふわに泡だった卵白に卵黄を加え、ここでもゆっくり混ぜる。これに小麦粉、溶かしバター、バニラビーンズを加えて、生地のきめを壊さないように慎重に撹拌。
この生地を、油を塗った型に流し込み、温めた窯で三十分ほど焼く。
これまでだったら、生地を焼いている時間は家事をしていた。
精を出すあまり、焦がしてしまったことは一度や二度ではない。
今は、台所にある椅子に座り、のんびり過ごせる。
プルルンを膝に載せ、お菓子が焼ける匂いをかぎつつ、本を読むという贅沢な時間を過ごす。
ケーキはいい感じに焼き上がった。
『フラー、プルルンも、なにかお手伝いするう』
「だったら、生クリームを泡立ててくれる?」
『くれる!』
粗熱が取れたあと、上下半分に切り分けてデコレーションする。
先ほどプルルンが泡立ててくれた生クリームを、ケーキに塗っていく。
生クリームの上には、ブルーベリーのジャムを重ねた。スプリヌ産のブルーベリーで、ちょっと前に味見をしてみた。少々酸味が強いものの、甘い生クリームとの相性は抜群だろう。
ケーキを二段にし、さらに生クリームを塗っていく。
生クリームを絞り、その上にニオイスミレの砂糖漬けを飾った。
「できた!!」
ニオイスミレとブルーベリーのケーキの完成だ。プルルンは伸ばした触手で、拍手をしてくれた。




