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スライム大公と没落令嬢のあんがい幸せな婚約  作者: 江本マシメサ
第二章

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没落令嬢フランセットは、お菓子を作る

 先ほど摘んできたスミレを、砂糖漬けにする。

 ココが手伝ってくれるようだ。

 お揃いのエプロンを身に着け、台所に立つ。


「フランセット様……こちらの花を、召し上がるのですか?」

「ええ。王都の貴婦人のなかで、流行っているのよ」

「甘い花……なのですか?」

「甘くはないわね。どちらかと言えば、見た目と香りを楽しむものかしら?」

「花の見た目と香りを……食べて楽しむ、ですか?」


 ココは戸惑いを覚えているのか、眉尻を下げ、首を傾げていた。


「これまで気にしたことはなかったけれど、別に食べなくても、花は見た目と香りを楽しめるわよね。不思議だわ」


 なんだか笑ってしまう。ココも、おっとり微笑んでくれた。


「ココはニオイスミレ、好き?」

「物心ついたときからたくさんあるもので……。私にとっては、雑草と変わりない花……です」

「ふふ、そう」


 お喋りばかりしている場合ではない。作業に取りかからなくては。


「食用花の砂糖漬けには、〝クリスタリゼ〟という伝統技法が使われているの」


 クリスタリゼ――結晶化させるという意味である。

 難しそうに聞こえるものの、調理工程自体は実にシンプルだ。


「まず、ニオイスミレをきれいに洗って、乾燥させるの」


 この作業はプルルンがしてくれたので、今回はしなくてもいい。


「お花の美しさを保ったまま、きれいに洗うのって大変なのよね」

「こちらの花はとても状態がいいのですが……どのようにして洗ったのですか?」

「魔法の力ね」

「そういうわけ……でしたか」


 嘘は言っていない。嘘は。良心がジクジク痛んだものの、スプリヌの人達はスライムにいい印象を抱いていないというので、黙っていたほうがいいのだろう。


「まず、刷毛を使ってニオイスミレに溶いた卵白を塗っていくの」

「卵白……ですか」

「ええ。なるべく当日に産んだ、新鮮な卵がいいわね」


 裏表、丁寧に卵白を塗ったあとは、グラニュー糖を全体にまぶしていく。


「これにて、ニオイスミレの砂糖漬けの完成。簡単でしょう?」

「はい……!」


 ちまちまと地味な作業を、ココと共に繰り返す。

 一時間半ほどで、摘んできたニオイスミレの砂糖漬けが完成した。


「と、こんなものかしら」


 ココが額に浮かんでいた汗を拭ってくれた。


「ねえ、ココ。ひとつ味見してみる?」

「よろしいのですか?」

「ええ、どうぞ」


 ひとつ摘まんで、ココに食べさせてあげた。

 口に含んだ瞬間、ハッと驚いたような表情を浮かべる。


「いい香り……!」

「でしょう?」


 けれども、次なる瞬間には、顔をしかめる。


「いかが? 正直に言っていいわよ」

「砂糖まぶしの雑草をいただいている……気分です」


 ココの率直な感想に、笑ってしまったのは言うまでもない。


「あの、見た目は……大変可愛らしいです。その、テーブルの上に置かれていたら……愛らしいと、思います」

「そうなのよね」


 花瓶に活けられた花とは異なる可愛さがあるのだ。


「これを、スプリヌの名産にしようと思っているの」

「名産……ですか」

「ええ。缶に入れて、ニオイスミレの絵を描いたものを貼ったら可愛いと思わない?」

「可愛い……と思います」

「でしょう?」


 どこかに絵が描ける人はいないだろうか。ココに聞いてみたら、彼女は控えめに挙手する。


「私、絵、描けます。その、上手くはないのですが」

「本当!?」

「はい。毎晩練習しているのですが……上達はいまいちで」

「もしかして、夜更かしは絵を練習するためなの?」

「はい」 


 ならば、ニオイスミレの砂糖漬け缶に使う絵は、ココに頼みたい。


「あの、何枚か描いてまいりますので……決定はそれからのほうが、よいかと」

「それもそうね。今からお願いできる?」

「はい」


 ココは深々と頭を下げて、去って行く。その後ろ姿は、どこか嬉しそうだった。

 パッケージ問題はどうにかなりそうだ。

 次なる問題は、ニオイスミレの保存について。

 見た目が美しく、味も保証できるのはせいぜい二日間くらいだ。それを過ぎると、花の色が褪せる上に、香りや味も落ちる。

 ニオイスミレの砂糖漬けは、鮮度が命なのだ。

 この辺は、料理人やガブリエルに相談してみよう。


 ひとまず、今日摘んだニオイスミレは上手くできた。これで、お菓子を作ってガブリエルや義母に食べてもらおう。

 何を作ろうか考えていたら、プルルンがやってくる。


『フラー、何をしているのー?』

「お菓子作りよ」


 プルルンはひと息で跳躍し、調理台の上に乗る。


「これ、さっきプルルンが浄化してくれた、ニオイスミレで作った砂糖漬けなの」

『はな、たべるの?』

「食べるのよ」


 スプリヌの人達はニオイスミレを食べるのに抵抗があるという。それならば、砂糖漬けは飾りに使ったらいい。間違っても、貴婦人が好んで食しているような、ビスケットに生クリームを絞り、ニオイスミレの砂糖漬けを載せたものなど出してはいけない。


『フラ、なに、つくるの?』

「ブルーベリーのジャムを挟んだケーキを作って、ニオイスミレの砂糖漬けを飾ろうかしら」

『プルルンも、てつだう!』

「ありがとう」


 そんなわけで、調理開始だ。

 プルルンは伸ばした触手で泡立て器を握り、卵白を低速で混ぜてくれる。ゆっくり混ぜたほうが、生地のきめが細かくなって舌触りがよくなるのだ。

 私はボウルに入れた砂糖と卵を泡立てていく。

 ふわふわに泡だった卵白に卵黄を加え、ここでもゆっくり混ぜる。これに小麦粉、溶かしバター、バニラビーンズを加えて、生地のきめを壊さないように慎重に撹拌。

 この生地を、油を塗った型に流し込み、温めた窯で三十分ほど焼く。


 これまでだったら、生地を焼いている時間は家事をしていた。

 精を出すあまり、焦がしてしまったことは一度や二度ではない。

 今は、台所にある椅子に座り、のんびり過ごせる。

 プルルンを膝に載せ、お菓子が焼ける匂いをかぎつつ、本を読むという贅沢な時間を過ごす。


 ケーキはいい感じに焼き上がった。


『フラー、プルルンも、なにかお手伝いするう』

「だったら、生クリームを泡立ててくれる?」

『くれる!』


 粗熱が取れたあと、上下半分に切り分けてデコレーションする。

 先ほどプルルンが泡立ててくれた生クリームを、ケーキに塗っていく。

 生クリームの上には、ブルーベリーのジャムを重ねた。スプリヌ産のブルーベリーで、ちょっと前に味見をしてみた。少々酸味が強いものの、甘い生クリームとの相性は抜群だろう。

 ケーキを二段にし、さらに生クリームを塗っていく。

 生クリームを絞り、その上にニオイスミレの砂糖漬けを飾った。


「できた!!」


 ニオイスミレとブルーベリーのケーキの完成だ。プルルンは伸ばした触手で、拍手をしてくれた。

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